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Restaurant JULIAに見るレジリエンスの築き方

世界に未曾有の危機が訪れる中、話題のレストラン「JULIA」のシェフ、nao氏がTwitterに呟かれた「本当の意味で“強い店”を作りたくて」という言葉が印象に残りました。それはきっと大企業が発揮してきた強さとは違って、高いレジリエンスを誇るということ。最近の出来事から、資本主義経済の隙間で過去より続く「贈与」の風習に、そのヒントがあるように思えるのです。

 最近よく耳にするレジリエンス(resilience)という単語は、困難な状況に対応する能力やプロセスを意味する。従来から心理学の分野では一般的な用語のようだけれど、そこから転じて今は、不確実な社会で生き残るために、個人や組織に求められる力の一つとして取り沙汰されている。弾力性や回復性というと分かりやすい。気象異常や地政学リスクの高まる現在に、地球環境やセキュリティの観点からもレジリエントさが求められている。

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の終息が見えない日々は、このレジリエンスの重要性を改めて意識させる。感染拡大を防ぐために講じられた、人々の移動や集合を制限する策は、観光業界や飲食業界に大きなダメージを与えている。例えば全日本空輸(ANA)は人員余剰を背景に、今後5,000人の従業員に一時帰休を与えるという。内部留保の少ない中小企業にとっては、より危機的な状況に違いないだろう。

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 そんな小規模企業の一つ、渋谷の神宮前にあるレストラン「JULIA」はカウンターに僅か10席の小さな名店だ。シェフのnao氏とオーナーソムリエである本橋健一郎氏が二人三脚で創り上げるOMAKASEコースが唯一無二で、東京に星の数ほどあるレストランの中でも、特に予約の取りにくい一軒となっている。その人気店が、今の非常事態の影響をまだそれほど大きくは受けていないように感じるのは、日頃から抱える多くのファンが高いレジリエンスを醸成しているからに他ならない。

 3月16日、nao氏がTwitterで「小さくても本当の意味で“強い店”を作りたくて」と呟いた数時間後のこと。本橋氏がお店のトイレットペーパーを「まだ買えていない」と呟くと、すぐに予約客や関係者らがそれを持ち寄り、30分後には十分な数が集まったという。同氏は「ミシュランの星を獲ることで」この恩を返すと発信したけれど、きっと持ち込んだ人々は普段のJULIAの素晴らしい料理に対する謝意として、当然のことをしたまでだ、という意識だろう。

 気鋭の哲学者、近内悠太氏は著書『世界は贈与でできている』にて、「交換」を前提とした資本主義経済の隙間にある「贈与」こそが世界の倫理観を支えると論じたけれど、JULIAに見返りを求めないトイレットペーパーの寄付はまさに贈与にあたる。この背景には信頼関係があって、互いに支え合おうとする人間本来の感情が機能しているのだ。大企業が得意とする資本主義の論理でレジリエンスを築こうとすると、リスクに対する投資対効果の枠を越えられないのだから、この一件を見倣って、私たちはもっと本質的なところに答えを探す必要があるのかも知れない。

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 その後、いよいよ東京でも本格的に外出自粛が要請されると、JULIAはテイクアウト商品の販売を始める。レストランを休業したわけではないのだから、追加でこれらの料理を作る負担は相当なものだろう。それでも、外食を控える顧客のために、今、自分たちにできることを考えた上での前向きな判断なのだと思う。人の感情は経済的合理性を超えて、ここでも贈与の精神を垣間見ることができる。この貴重な弁当を食べることができた人々は、世界が落ち着いた後に、今度はゆっくりとレストランで食べたいと思ってしまうのだ。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「7章 内と外 ー境界」において、予測できないリスクに対して、小さく柔らかく対応しようとする思想について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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