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ZOZOが越える時間、越えられない時間

何かと話題の絶えないZOZOより、ZOZOMATが届きました。ZOZOSUITによって、僅か1年の間に数十万件の体型データを収集した同社は、その範囲をより精度の求められる足にまで広げようとしているのです。圧倒的なスピード感で巻き起こされるパラダイムシフトに、過去からの時間の連なりはどう影響するのでしょうか。長く続けてこそ意味を持つこともあると思うのです。

 2018年、米TIME誌のベストイノベーションにも選ばれたZOZOSUITは、開始から僅か1年足らずで配布を終えた。現在はZOZOSUITによる計測を行わずとも、当時と同じ商品を買うことができる。当初の開発遅延の印象からか、これをZOZOの失敗と感じている人も多いようだ。しかし実際にはそうではない。数十万件に及ぶ日本人の標準的な体型データが集まり、現状においては、もうこれ以上のデータを採集する必要がなくなったのだ。

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 結果として、身長、体重、年代、性別という基礎データを入力するだけで、例えばデニムであれば数千のパターンの中から、その人にぴったりのサイズのものを選び出すことが可能になった。体型的な多様性の低い日本人だからこそ、という事情はあるにしろ、AIによる機械学習の効果を如実に表す好事例だ。

 そのZOZOが今度はひっそりと、足のサイズを測定するZOZOMATの配布を始めた。2019年6月の予約開始から半年以上が経って、また忘れた頃に、というのがいかにも同社らしい。計測の仕組みはZOZOSUITと同様だ。スマートフォンのカメラを使った三次元計測によって、本格的なレーザースキャナとの計測誤差を1.4mmにまで抑えたという。そのためのAIのチューニングに、予約開始からの数ヶ月を要した考えるのが自然だろう。計測範囲が足に限定されるために、全身を対象とするZOZOSUITと比べると簡単に測ることができる。

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 靴は服よりも選ぶことが難しい。服のサイズが多少合っていなくとも、格好悪いだけで済むけれど、靴が足に合っていないと歩くのも辛くなる。だから靴はサイズが5mm刻みで用意されている筈なのに、メーカーやシリーズによってその基準が違っていたりもする。そもそも甲高だったり、幅広だったり、人の足の形は千差万別で、その長さだけでサイズを判断するのは困難なのだ。だからZOZOMATは三次元計測の結果をもとに、その人に最適な靴を提案してくれる。

 ZOZOSUITがパターンオーダーで服を作るのに対し、ZOZOMATはあくまで既製品の中からセレクトする。足に合う靴というのはサイズだけではなく、例えばソールの厚さや硬さなども影響するのだから、この仕組みは実用的でありがたい。一方で、ZOZOSUITの様に、大量のデータを集めることができたから、以降は測定不要、とはならない気がする。いくらAIを使っても、基礎データと足の形の関係性が見つけられると思えない。

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 このシステムで最も恩恵を受けるのは、子ども達だろう。成長の早い子どもは、自分でも気がつかないままに小さな靴を履いている。ZOZOMATはまだ15歳以下に対する靴の提案に対応していないけれど、測定は可能。加えて、成長を時系列に記録する機能があれば面白いと思う。情報はフローとストックという概念に表される通り、その時点の「断面」だけではなく、長期間にわたる「変化」も意味を持つ。例えば、本当に体に合っている靴は、正しい姿勢での成長を助けるだろう。でもその場合の「合っている」は成長を見届けてはじめて分かるのだ。

 だから女性下着メーカーのワコールは、1964年の創業当時から一貫して女性の体型情報を集めている。中でも同じ女性を30年以上にわたって測り続けたデータは他に類を見ない。構造化されてはいないというから、すぐに解析できるわけではないけれど、過去に遡って、ZOZOのようなスタートアップが採ってくることのできないデータは、老舗にとっての優位性を作り込むことだろう。いかに長期的な視点に立ってデータを収集できるのか。知財経営が着目される中、保有データが財務諸表に表れる時代が来るのかも知れない。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「2章 暗黙知と形式知 ー他人との情報の共有」において、企業内の情報をAIが管理する将来について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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