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「車椅子のうんてんしゅ」~難病になった喜劇作家の"再"入院日記12

某月某日

入院から4カ月。髪の毛は白髪交じりでボサボサ、プレドニンで抜け毛も激しく、病人みたいな風貌に。病人だけど。

介護入浴を遠慮したため、週に一度ほど、優しくて心配りも知識も安心感もある病棟一美しいチェ・ジウ看護師の気まぐれにしてくれるシャンプーだけが癒しの時間。

   *

朗報。新薬ゼルヤンツが効果を発揮、肺炎の進行が止まった。死への直線ルートはひとまず回避。もやのかかっていた行先に光明が差す。来月になったら、一時帰宅(外出)という話も出てきた。素直に嬉しい。この夏の酷暑を知らずに夏が終わった。「知らなくて良かったよ」と妻は慰めてくれるが、ずっと引きこもってると、なんでも外の空気を感じたいのだ。

ソーシャルワーカーと話し、要介護認定は現状なかなか取るのが難しいと知る。それならそれでむしろ良し、自分はリハビリを頑張るのみ。代わりに車椅子の無償レンタルや、購入時に市の助成があることを教えてもらう。

   *

その車椅子のリハビリが結構ハードで。足で床を蹴って進むのはまだしも、腕だけで車輪を回そうとすると大変。皮膚筋炎による筋肉ダメージもあるし、酸素も苦しくなるから、廊下を少し行くだけでもゼエハア。TVで車椅子バスケの映像を見たことがあるが、あれ、常人のなせるわざじゃないぞ。

右、左、バック、180度回転。エレベーターに乗る。スロープを登る、降りる。訓練をしながら、日常のいろんな場面を想像する。怖さもあるが、楽しみもある。

   **

「しゅっぱつ、しんこー!」

運転手から声がかかり、バスがゆっくりと動き出す。

「つぎは、えきです~えきです~」

「おおりのかたは、ぶざーをししてくださぁい!」

息子は今、バスに夢中だ。入院中に送ってあげた「バス図鑑」を毎日のように眺めているらしい。

「パパ、これはなにバス?」
「これは特別なバスだぞ。車椅子バス」
「くるますすばす。プップー!」

ようやく許可された1歳9か月の息子との面会。車椅子のパパの膝の上に彼を乗せ、病棟フロアをぐるりと一周。運転気分をあげるため、手作りのハンドルも用意しておいた。

「まもなく終点でーす。ご乗車ありがとうございました」
「もっかいやる、もっかい、もっかい!」

苦笑。リハビリよりきつい。モニターを見やる。酸素SpO2が90をきり、心拍数が130を超えると看護師が駆けつけてくるが、大丈夫かな?

「よし。あともう一回だけな。出発進行!」
「ぜんぽーよーし!」

私の負担を減らすべく、妻がそっと背後から手押ししてくれる。家族そろってのバス旅行だ。途中、ナースステーションを横切ると、チェ・ジウがこちらをあたたかく見守っていた。大丈夫です、と目で答える。

「次、右に曲がりまーす」
「みぎよーし!」

この4ヶ月で体重もぐっと重くなった。息子を抱きながら、おもう。この日のことは忘れない。ことあるごとに彼にも語って聞かせよう。あの日、どれだけの力を君からもらったことか。どん底から一つ一つのぼっていくことが出来たのは、その出発点は、この車椅子ブーブーだよってこと。

終着駅について、妻を振り返ったら涙ぐんだ様子だった。ごまかすように写真を撮り始める。息子はまだ名残惜しそう。彼自身の葛藤と闘いながら、ポツリと声に出す。

「……もっかいは?」

駄目だよ、約束したでしょ? パパ疲れちゃうから今日はおしまい。妻に諭されて渋々うなづくも、パパがありがとねと言ったら、泣き出しちゃった。

「パパのくるますす、うんてんしたいの!」

可愛らしさと頼もしさに、私も笑いながらもらい泣き。家族みんなで泣いて笑った。

視界不良により、車庫に戻りまーす!


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