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循環する デザインと知的財産

 デザインと知的財産。
 両者の関係性について、今日は思考の整理をしておきたいと思います。

1.デザインと知財はリニアな関係か?

 経済産業省・特許庁が推進するデザイン経営、政府の知財戦略本部が提示した価値デザイン社会経営デザインなど、数年前から知財界隈でも「デザイン」という言葉を見かける機会が増えています。デザインって、意匠=モノの外観のことでしょ、と狭義に理解されている場面に出くわすことはさすがに減ってきたように思いますが、その領域が広がれば広がるほど、「デザイン」は捉えにくい概念になっています。

 そんな中、デザインと知的財産はどういう関係にあるのか?
 政府の知財戦略本部と経済産業省・特許庁という2つのルートから、ほぼ同じタイミングで「デザイン」のキーワードが登場してきた事実を考えると、その背後には何らかの必然性があるはずです。その一方で、「デザインの成果は意匠権で保護されます」で済ませてしまうことなく、詰めて考えていくと、これがなかなか難解なテーマで、特許庁が発行しているデザイン経営に関するハンドブック類にも、デザインと知的財産の関係は明示されていません。
 そうした中、デザイン経営宣言の政策提言(デザイン経営宣言の9ページ目)では、「知財」の切り口が「意匠法改正/保護の拡大,意匠権取得手続きの改善」に止まっていることや、一部の記事(連載:デザイン経営の「正体」後編etc.)にも表れているように、これまでのところ、知的財産とデザインは、

 デザイン = 創造 → 知的財産 = その成果物の保護(+その戦略的活用)

という、デザインが前工程で知的財産は後工程というリニアな関係で説明されることが一般的であるように見受けられます。

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2.「デザイン」はどのように機能するのか?

 デザインと知財の関係を考える前に、それぞれの基本的な機能を整理しておきましょう。

 まず、デザインですが、デザインは現実世界に存在する、人間をはじめとする具体的な対象を観察し、問いかけ、五感を駆使して、いろんな角度から様々な情報を収集します(観察やデプスインタビューなどのデザイン・リサーチ)。市場や競合の数字を集めて分析するのではなく、対象をじっくりと深く掘り下げていくことがリサーチ段階での特徴です。
 そうした情報から抽象的な概念を抽出し、思考とプロトタイピングを繰り返す、すなわち、概念(抽象)と現実(具体)の世界を行ったり来たりしながら、最終的には現実世界で使えるカタチに仕上げていくのがデザインの真骨頂です。その成果物が、CIを含むビジョンだったり、プロダクトだったり、サービスだったりするわけですが、こうしたプロセスによって現実世界に新しい何かを提示し得るものであれば、その対象がプロダクトに限定される必要はなく、デザインの対象は情報、経営、政策や社会といった領域にまで拡張を続けています。

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 この中でも従来のビジネスメソッドと比して特徴的なのは、デザイナーはリサーチにおいて、その人や会社の「らしさ」を表現するために、人の想いとか主観的な部分をすごく大切にすることです。ライバルはどうだとか、他との違いはどこだとか、デザイナーの方々はそういうことをあまり気にしないみたいですが(「他者との差異は考えないんですか?」とか質問しても、そもそも話が噛み合わないことが多い印象です)、その根底には、意識しているかいないかは別として、人は一人ひとりが(会社は一社一社が)異なるのだから、その人(会社の経営者)の内面を追求して、それをしっかり表現していけば、自ずから個性的なもの=他とは違うものが生まれる、という考えがあるのではないかと推測します。
 実際のところ、外部環境や他者の動向ばかり気にしていると、結局は皆が同じ方向に収束して同質化する結果になりかねないから(山口周さんが仰られる「正解のコモディティ化」というやつですね)、差異化の本質はそこにあり(差異化は目的ではなく結果)、デザイナーやクリエイターの皆さんは、それを肌感覚で身につけておられるのだと思います。博報堂・ミライの事業室の吉澤室長も、以下のように書かれていますので(「新規事業に必要な『内省』の力」より引用)。

 どうすれば競争を避けることができるのだろう。それが、内省することだ。内省により自分たちが価値と思うもの、自分たちらしいやり方に気づくことができる。自分たちらしくあることが、差別性を生み、競争の死の海から我々を救うのだ。そして社会やテクノロジーの激しい変化に翻弄されることもなくなる。

 デザイナーはあまり知財権の取得を意識しない傾向があると言われるのも、そういうふうに理解すれば納得感が得られますし、その一方で他人の権利を侵害するリスクについて指摘されると、表現が制限されてしまうから困るということで、リアルな問題と捉えられやすい。
 だから、デザイナーの方々に知財について伝える際には、侵害リスクや事前調査の必要性に重点を置かれがちになるのでしょうが、そういう制限的な文脈だけで知財が理解されるっていうのも、なんだかクリエイティブのお目付役みたいで、知財側にいる人間にとってはちょっと寂しいところです。

3.「知的財産」はどのように機能するのか?

 さて、もう一方の知的財産です。
 デザインと同じように、概念(抽象)と現実(具体)というフレームワークで考えてみると、知的財産は、現実の世界から「要素分解」→「差異分析」というプロセスを経て、そこにしかないオリジナリティが、客観性のある概念として抽出されるものです。対象をよく観察するというアプローチはデザインと共通しますが、デザインに比べると観察の範囲が限定的であること、類似する比較対象を見つけて差異分析を行うこと、その分析を要素分解して精緻に行うことが、知的財産を抽出する際のデザインとは異なる特徴です。
 そして、このようなプロセスで概念として抽出された知的財産が活用される場面になると、侵害対応、ライセンス、価値評価・・・と、概念の世界での空中戦が繰り広げられていきます。
 これが現実世界との翻訳者である知財部員を抱える大企業であれば、その意味や効果がまだ現場に伝わりやすいのですが、知財担当のいない中小企業では、まさに空中戦そのものです。賠償金や和解金、ライセンス料がチャリーンと入ってきたりすれば、その効果を感じられることもあるのでしょうが、まぁそういう機会がかなり限定的であることは否めません。

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 こうした状況に問題意識を持ち、何とかしたいと考えるようになったときに(「知的財産の重要性を認識すべきだ!」とちょっとカルト的に聞こえてしまったりすることもあるやつですね)、ありがちなのが、概念の世界をますます高く登っていこうとするパターンです(観念的な「知財コンサル」や「知財戦略」、定量的な「知財価値評価」etc.)。知財の仕事には、現実→概念(具体→抽象)という方向のスキル(概念化する力)を求められるので、どうしてもそちらの方向に慣性が働いてしまいやすいのではないかと思います。
 そうした中、「知財に関する取組みを現実世界にフィードバックする方向にも向かわせよう」という文脈で登場してきたのが、デザイン経営や経営デザイン。
 そのように考えると、知財界隈でデザインがキーワードの一つになっている事情が、腑に落ちやすくなるのではないでしょうか。

 デザインの意味や働き自体には大企業も中小企業も違いがないはずですが、こうした知的財産との関係を考えると、より現実世界へのフィードバック機能を強める必要がある中小企業において、デザインへの期待値が高まることになるであろうと考えられます。

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4.ビジネスの目、デザインの目、知的財産の目

 ここでデザインと知的財産について、それぞれに携わるエキスパートはどういうものの見方をするのか、ビジネスパーソンにありがちな見方も含め、ビジネスの目、デザインの目、知的財産の目を比較してみることにしましょう。(これはみんながみんなそうだと言っているわけではなく、そうなりやすい傾向があるのでは、という個人的な見解であるとご理解ください。)

 まずは「ビジネスの目」ですが、会社等の現実世界の存在から、一定のフォーマットに従って情報を抽出することが多い。極端な例をあげると、チェックリストとか、ヒアリングマニュアルとか、なんちゃら評価シートがそれに当たります。経営コンサルで使われるフレームワークとかもそうですね。
 その結果何が起こるかというと、枠に当てはめながら情報を集めるので、その枠にはまらないものには関心がいかない。つまり、ある部分が見えてない状況が生じやすくなります。
 例えば、(まさに銀行勤務時代の自分がそうであったように)従業員は何人ですか?50人?そのうち営業は?20人?技術は?・・・という客観的な数字ばかりをヒアリングで収集していると、その技術部門にはどういう人がいて、楽しそうに仕事しているか、営業の人たちと仲よく交流しているかとかいった会社の実態が、なかなか目に入って来なくなってしまう。
 実はそういう情報ってとても大切で、自分がVC勤務時代に投資したあるベンチャー企業は、毎月出資者向けに経営状況を報告する会議を開いていたのですが、あるVCの担当が「社長、事務担当者の比率が高すぎませんか?もうちょっと減らして...」と発言したところ、「いや、そこは営業で頑張ってる若いメンバーが、経理の○○さんにいいところを見せたくて頑張っているとか、いろいろあるんです。そういうのも考えながらやってますから、そこは私に任せて欲しい」なんて返されていたことを思い出しますが、まぁ、そういう話です。ちなみにその会社、出資時には経常赤字だったのに、3年も要することなくIPOに到りました。
 会社が深刻な状態にあれば、従業員はそれを敏感に感じとっています。特に会社が小規模である場合には、そういった会社の空気をどうやって感じられるかが、会社を理解する上でとても重要な要素であり、それは決められた枠に合わせて収集された情報から読み取れるものではありません。

 これに対して「デザインの目」は、先入観を持たずに、対象を広く、深く、いろいろ角度を変えながら観察します。
 このあたりの話は、ノンデザイナーである自分がゴチャゴチャ書くよりも、イノベーション・スキルセットを読んでいただくのが早いです。普通のビジネスパーソンに理解しやすいようにわかりやすく書かれていて、ほんとに良い本です。

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 最後に「知財の目」ですが、知財のエキスパートである弁理士や知財部員は、現実世界である会社の中から、他にはなさそうなものを探し出し、それを似たようなものと比較して、差異点を客観的に抽出します。
 それをアバウトなイメージで語るのではなく、現実世界の対象物を概念的な要素に分解して、精緻に差異分析を行うところが、知財の目、知財的思考の特徴です。

 例えば、下の絵みたいに目の前にポンと青っぽい立方体を置かれた場合、それぞれこんな感じで見るイメージです。

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5.デザインの目に、知財の目を加える

 なぜ今、デザインなのか。
 こうした見方の違いを整理してみると、新しい価値の創出が求められる今の時代において(「価値デザイン社会と知的財産」の記事に詳しく書きました)、視点が固定されがちな「ビジネスの目」から、自由に・柔軟に発想する「デザインの目」に期待が集まるようになる理由も、理解しやすいのではないかと思います。

 では、もう一つの「知財の目」はどうなのか?
 デザインが、多様な視点で抽出した要素から、現実の世界に新しいものを創造するための素材として、「知財の目」で抽出した知的財産という固有の要素を活かすことはできないものでしょうか?

 先ほど、デザイナーは他との違いをあまり意識しない傾向があるとか書きましたが、それは別に差異化を否定しているわけではない。客観的な他との差異=知財を使ってはいけない、ということにはならないはずです。
 いや、むしろデザイナーこそが他にはないオリジナリティを追求しているはずであり、客観的な他との差異=知財を素材として使うことによって、その会社「らしい」ものに、その会社「だから」できる(=他にはできない)というスパイスを加えることができるのではないか。

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 つまり、新しいものを創り出すデザインのプロセスに対して、「知財の目」で抽出した素材を加えることで、デザイナーが生み出すビジョンやプロダクトに、より強い個性を加えることができるはずです。
 例えば、ものづくり系の中小企業を対象にプロが作った会社紹介の動画を見て、とてもエモくていい会社だなぁなんて惹き込まれることがありますが、ものづくり中小企業の動画を他にも何本か見てみると、「お客様のために」「一つひとつに思いを込めて」「この道○十年、職人のこだわりが作る」とか、結局は同じようなメッセージに集約されていて、どれも似たようなものに感じてしまいがちです。ここでそれぞれの会社の個性を際立たせるのに役立つのが、客観的に抽出された素材である知的財産ではないでしょうか。

 喩えれば、デザインを料理とするならば、知的財産はそこに使われる素材や調理法、なかでも他にはない固有の素材や調理法です。
 地鶏や地元でとれる野菜を探してきて、美味しい鍋をつくる。それは、現実に存在している様々な要素を探し出し、それを融合させて現実に表現する、デザインのプロセスに見立てることが可能です。いい素材を上手に料理すれば美味しい鍋ができあがりますが、それが「鶏なべ」というだけなら、人目に付きにくいし、記憶にも残りにくい。ところが、そこで使われる素材が「比内地鶏」だったり、「きりたんぽ」が入ったりすることによって、グッと個性的で印象に残る、秋田ならではの「きりたんぽ鍋」に仕上がるわけです。
 他と違う固有性があれば、比内地鶏やきりたんぽのような素材だけでなく、藁を燃やして炙るカツオのたたきのような調理法や、割子に入った冷たいそばにつゆをかけて食べる出雲そばのような提供法についても、同じことが言えるはずです。

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 もう一点、知財の目によって客観的な他と差異を見出すことには、差異自体がデザインの素材になるというだけでなく、その差異を起点にして、会社の歴史や働く人々の想いなどの「らしさ」を示すエピソードを抽出できる可能性もあると考えられます。
 先ほどの例の「きりたんぽ」であれば、美味しい米が収穫されるという地理的意味や、冬期に保存食として猟師(マタギ)が携行したといった歴史が、きりたんぽという固有の素材の背景に存在していたりして、客観的に抽出した差異点である知財を掘っていけば、いろんなものが出てくるはず。
 なぜならば、人々(会社)のこだわりの集積が知財を形成しており、知財の周辺には、そこにこだわってきた人々(会社)の想いや周囲からの期待が、たくさん埋まっているはずだからです。

 概念の世界に止まっている知財を現実世界に戻すという意味では、川崎モデルに代表される知財マッチング(大企業の開放特許を活用した新製品等の開発)も、中小企業における知財活用の課題に向き合った活動と考えられます。
 ただ、対象となる知的財産が中小企業自身の内面から湧き出たこだわりの蓄積ではなく、外部から導入する大企業等の知的財産であること、スパイスとなるべき知財がど真ん中に置かれていることが、デザイン経営のフレームワークと相違しています。知財マッチングの仕組みにデザイン経営の考え方を融合させると、より面白い取組みになっていくのではないでしょうか。

 知的財産はデザインを際立たせる素材になる。
 すなわち、知的財産はデザインの後工程に限定されるものではなく、前工程にも活きてくる。どちらが先でどちらが後という分離された関係ではなく、両者は非分離の関係で、新しい価値を創出していくということです。
 そう捉えることによって、デザイナーと知財パーソンが協働することに、大きな可能性や意味を見出せるのではないでしょうか。

6.関係性のデザイン

 さらに後工程においても、デザインによって様々な知的財産が生まれてくるわけですが、その知的財産を真似されないように保護する=独占する、と限定的に解釈してしまうのも避けたいところ。というか、そういった側面はあまり強調しないほうがよいとに思います。
 なぜならば、デザインの世界では「共感」「共創」という要素をとても大切にしているし、出来上がった製品を独占的に販売するという考え方って、モノ中心の20世紀的なグッズ・ドミナント・ロジック的な発想から抜け出せておらず(グッズ・ドミナント・ロジックについては「サービス・ドミナント・ロジックと知的財産」の記事に書きました)、これからの時代は、顧客との間に、生産者⇔消費者の二項対立ではない、共創的な関係性を作り出すことが求められると考えるからです。

 つまり、競合を意識した競争優位性の獲得を目的化して、知財で参入障壁を築いて顧客の選択肢を排除するという発想から、共感や共創に基づくエコシステムを形成し、顧客を含むステークホルダーと非分離の関係を構築して、結果的に他が参入困難な競争優位性が形成されているという世界観への転換です。
 そのあたりの考え方は「知的財産(知的資産)はどこに在るのか?」の記事にも書きましたが、もはや参入障壁とか競争優位性とか、そういう言葉や概念自体が、これからの価値デザイン社会には適合的ではないのかもしれません。

 そう考えた場合に、デザインの成果を知的財産というカタチにすることによってできること、目指すべきことは、知的財産の保護による他者排除、独占的な地位の確立ではなく、ステークホルダーとの関係性の構築に基づく、強固で持続的なエコシステムの形成です。
 そうした企業像は、将来のあるべき姿の予測というわけではありません。これまで接してきた中小企業について考えてみても、この会社はすごいなぁと感じさせられる中小企業の強さの根源は、X製品がA社やB社より優れているといった他者に対する優位性よりも、業界や地域においてステークホルダーと良好で強固な関係を築き、「なくてはならない存在」になっている要素が大きいように思います。
 強い中小企業は強い関係性の中で生きている。それが実際の姿ではないでしょうか。

 その上で、そうした関係性の構築に、デザインと知的財産で何ができるのか。
 知的財産には、独占権による競合の排除だけでなく、パートナーとの関係をつなぐ、顧客にオリジナリティを伝える、従業員のモチベーションを高めるなど、様々なはたらきがあります。知財活用事例集「Rights」の「6つの知財力」に関するコラムなど、これまで様々な場面で述べてきましたが、その知的財産のもつ多様なはたらきが関係性の構築に役立つはずです。

 この知的財産を核に据えて、ステークホルダーとの関係性を描いていく関係性のデザインも、デザインと知的財産の組み合わせでできることの一つであると考えています。ここは、これまでも「知財活用モデル」という形で取り組んできたところで、今年もいくつかのセミナーで実践しながら、ブラッシュアップさせていこうと思っています。

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7.循環する デザインと知的財産

 いろいろ書いてきましたが、デザインと知的財産についてわかってきたのは、両者はリニアな関係にあるのではない、ということです。
 知財はデザインの素材となり、デザインの成果から新たな知財が生まれる。その知財がまたデザインの素材となり、そのデザインの成果からさらに新たな知財が生まれる。デザインと知的財産は相互に作用し、循環しながら、新しい価値を生み出していくものであり、その過程においてステークホルダーとの強い関係性を作り出していくことが、企業の存在意義と持続性を高めることにつながる。
 それがこれからの時代における、デザインと知的財産の望ましいあり方ではないでしょうか。

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