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『名著から学ぶ創作入門』刊行

 note をはじめてみました。しばらくはココログの「翻訳百景」と同内容になると思います。

名著から学ぶ創作入門 優れた文章を書きたいなら、まずは「愛しきものを殺せ!」』(ロイ・ピーター・クラーク、フィルムアート社)が刊行されました。国弘喜美代さんとの共訳です。
 アメリカで最も影響力のある文章執筆のエキスパートが、文章術に関する本1,500冊の中から約50冊を厳選し、それらの本のエッセンスを抽出した本です。
 この本のまえがきは、フィルムアート社のウェブマガジン「かみのたね」で公開されています。
 この記事では、フィルムアート社の承諾を得て、訳者あとがきの全文を掲載します。興味のあるかたはぜひこの本を読んでください。

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 これは本の書き方、文章の書き方について書いた本だ。四十年にわたって文章術の指導にあたってきた専門家、ロイ・ピーター・クラークが文筆にまつわる名著五十点以上を厳選して引用し、読むことや書くことについてわかりやすく解説している。And other gentle writing advice from Aristotle to Zinsser という原著のサブタイトルのとおり、古代ギリシアの哲学者アリストテレス(A)から、ジャーナリストで作家のウィリアム・ジンサー(Z)まで、時代を問わず多岐にわたる著作家の作品を採りあげている。
 邦題のサブタイトルにある『愛しきものを殺せ』は、原著のタイトル Murder Your Darlings を訳したものだ。もとはイギリスのアーサー・クィラ・クーチ教授のことばで、「惚れこんで書いたことばを削除せよ」という意味を持つ。少々物騒な響きを持つこの原題について、著者は本書がデンマークと日本で翻訳されることをSNSの投稿で読者に知らせ、「まさかミステリと勘ちがいしていないだろうね」と冗談混じりに述べていた。
 著者のロイ・ピーター・クラークは、ニューヨーク市に生まれ、ロードアイランド州のプロヴィデンス・カレッジで学位を取得、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で博士号を得たのち、アラバマ州のオーバーン大学モンゴメリー校ではじめて教鞭をとった。一九七七年に「セント・ピーターズバーグ・タイムズ」紙(現「タンパベイ・タイムズ」紙)に記者の指南役として雇われ、一九七九年からはアメリカのジャーナリズム研究機関ポインター・インスティテュートで文章術を教えている。これまでに、読み書き、言語、ジャーナリズムに関する十八作の書籍を執筆、編集し、本書は十九作目にあたる。ユーモアで知られるコラムニスト、デイヴ・バリーはロイ・ピーター・クラークを評して、「自分の知る存命の人物のなかでだれより文章術にくわしい」と語る。
 書くことについて書いた本にはふたつあって、ひとつは「おもに文章術、すなわち書く方法に焦点をあてた本」、もうひとつは「アイデンティティ、すなわち物書きとしての生き方を語る本」である、と本文中にあるが、本書はその両面を兼ね具えている。以下の六部から成る。

1 ことばと文章術
2 声とスタイル
3 自信とアイデンティティ
4 ストーリーテリングと登場人物
5 レトリックと観客・読者
6 使命と目的

 これらのテーマに沿って、各章ごとに小説家、ジャーナリスト、詩人、哲学者などの作品を採りあげていく。第一部では、著者自身が影響を受けた名高い著述家、ジョージ・キャンベルやジョン・マクフィーの作品を引いて、文章をうまく書くための秘訣と具体的な手法を説明し、またウィリアム・ストランク・ジュニアとE・B・ホワイトによる『英語文章ルールブック』など、自身がたびたび人に勧めてきたガイド本を紹介する。第二部では、アーシュラ・K・ル=グウィンやアーネスト・ヘミングウェイの文章には「声」があることを述べ、作家がどんなふうに文を磨くか、文章作成のプロセスと推敲について多くの例をあげてみせる。そして第三部からは、作家のスティーヴン・キングやアン・ラモットなどのことばを引用し、物書き「になる」ための心構えや習慣を説くと同時に、物書き「である」ための姿勢をも示している。
 注目すべきは、作家になりたい人のために、著者がきびしくも励みになることばを選んでいる点だ。「執筆が楽しいことは、ごくまれにしかない」というマクフィーの言を引いて執筆の苦しみを語る一方で、書くことにはそれ以上の意義があることを繰り返し強調する。「とにかく書きはじめよう」「最初がひどくても気にするな」「書く習慣を身につけよう」と終始力づけてくれるのだ。
 さらにこれを単なるハウツー本ではない独創的な案内書にしているのは、文章の技巧面、精神面でのアドバイスにとどまらず、著者自身が物書き「である」ための覚悟や矜持や使命にまで踏みこんでいる点だろう。長年ジャーナリストとして活躍すると同時に、多くの優秀な人材を育ててきた著者が、作家としての信念を熱いことばで読者に訴えかけている。プロパガンダについて述べたサミュエル・I・ハヤカワ、苦難に満ちた人生を糧にしたカート・ヴォネガット、ディストピアで未来を予言したオルダス・ハクスリー、政治におけることばの濫用について書いたジョージ・オーウェル、戦時下で目撃したことを報道したエドワード・R・マロー。こうした先人たちの作品を引用しつつ、著者はことばの持つ力と、それを使う者の責任を力説する。そして、どう書くかだけではなく、なぜ書くかを自問し、読者にもその問いを投げかける。
 ロイ・ピーター・クラークは〝アメリカのライティングのコーチ〟と呼ばれ、本書についても多くの賛辞が寄せられている。ピューリッツァー賞を受賞した「ボルチモア・サン」紙のジャーナリストであるダイアナ・サグは、本書について「技巧と文章術の精髄のみならず、作家の声とアイデンティティ、使命と目的に焦点を合わせた本」であり、「すべての物書きに勧めたい」と述べている。
 この本には学びを通じた出会いの精神がある、と著者は言う。そして執筆者の仲間に加わるよう読者を招き、「いつからでもいいから書きはじめよう」「書きつづけよう、そうすれば、だんだんよくなる」と勇気づける。この本を読むことで「読者のみなさんにも、書きたいと感じてもらえたらと願っている」とも語っている。
 なお、各章で採りあげた作品だけでなく、本文中に言及されている多くの書籍を一覧にして巻末に掲載した。邦訳がない本もあるが、ブックリストとして役立てていただけたらうれしい。ここはやはり、著者のことばを引いて締めくくろう。「ぜひそちらも読んでもらいたい!」


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