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帰郷|ショートショート

 高速バスの窓から見える景色が、ビル群から田んぼに変わり、だんだんと見覚えのあるものに変わってきた。バスを降りて、少し歩く。近所にあった雑貨屋さん、本屋さん、畳屋さん……当たり前のようにあった景色は、もうない。20年という月日は、いろいろなものを変えてしまった。

 ――この様子だと、お気に入りだったパン屋さんも、もうないだろうなぁ。

 中学の時、部活帰りに寄ると、おじさんがとびっきりの笑顔で「内緒だぞ」と言いながら、焼きたてのあんパンやカレーパンをくれたっけ。内緒も何も、みんなに配ってるからバレバレなんだけどね。

 懐かしい思い出と一緒に歩いていると、煙突から煙を吐き出している、三角屋根の建物が見えて来た。

 ――まだあったんだ!

 嬉しくなって建物に駆け寄ると、ドアが開いて「久しぶりだね!」と、あの時と同じ笑顔でおじさんが顔を出し、焼きたてのパンをくれた。

 僕はパンを受け取ると、涙をこらえて空を見た。

 おじさん! ありが――。

 視線を戻すと、そこにはおじさんの姿はなく、朽ちた建物があるだけだった。

 ありがとう……ただいま。

 僕は懐かしいパンの味をかみしめながら、しばらくその場にたたずんでいた。

(了)


ネットラジオ「大原さやか朗読ラジオ 月の音色~radio for your pleasure tomorrow~」の「月の文学館」に応募したものです。
今回のテーマは「焼きたてですよ」でした。


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