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Into the Blue|掌編小説

 ――誰だ?

 いつも学校帰りに寄り道する場所に、知らない人がいた。ぼーっと立って、海を見ている。

 海が見える場所なんて他にいくらでもあるのに、なんでここに立っているんだろう。よりによって、私の一番のお気に入りの場所に……。

 私の視線が背中に突き刺さったのか、その人は振り返った。お父さんよりもずっと年上の、男の人だ。ただ、猫背のお父さんとは違い、背筋がすっと伸びている。

「おや。ここは君の特等席かな?」
「いや……まぁ」

 さすがに「ええ、そうです」とは言えず、私は視線を下に向けた。どいてくれることを密かに期待する。

「ここには、いい風が吹いているね」

 男性はそう言って顔を上に向けた。お互い、無言の時間が流れる。この人は一体何がしたいんだろう。

 ――はぁ、帰るか。

 そう思った瞬間、男性は突然私の目を真っすぐに見た。私は警戒心をむき出しにして睨み返す。

「そうだ。君にあげよう」
「え? 何を……ですか?」

 少しだけ後ずさった私の様子を気にすることなく、男性は両手を前に出した。見えない何かを抱えるように。

「受け取れ。青き風だ」

 ――うわ!?

 風が私の全身を駆け抜け、思わず目を閉じる。

 ゆっくり目を開けると、そこに男性の姿はなく、ただ青い海が広がっているだけだった。

(了)


バナー写真は2018年に雄武町おうむちょうから撮ったオホーツク海。


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