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美しいと認識する力・7:バレエ「くるみ割り人形」

一昨日 (2022年10月21日)に、去年に引き続いて友人がダンススクールの発表会に出演するということで、見に行ってきた。今年の演目は「くるみ割り人形」だ。

今回も予習は万全である。イギリスのロイヤル・オペラ・ハウスの DVD を Amazon で購入し、2-3回は見た。

「くるみ割り人形」には何種類か演出の版があり、それぞれダンサーへの役の割り振りやストーリーが若干異なるということだ(*1)が、ロイヤル・バレエ団はピーター・ライト版だ。

英国ロイヤルバレエ団のDVD
美しい。そして青いマントのドロッセルマイヤーが雰囲気たっぷりだ。

このDVDの第二幕後半の見せ場、金平糖の精とお菓子の国の王子が二人で華やかに踊るパ・ド・ドゥが ロイヤル・バレエ団公式からYouTubeに上がっている。

あらすじをちょっと書いておこう。

19世紀初めのドイツのニュルンベルク、シュタールバウム家のクリスマスパーティに招かれたドロッセルマイヤーがシュタールバウム家の少女・クララにクリスマス・プレゼントとしてくるみ割り人形を託す。

そのくるみ割り人形は、呪いをかけられたドロッセルマイヤーの甥なのだ。くるみ割り人形はおもちゃの兵隊を率いてネズミの王と闘い危く倒されるところだったが、ネズミの王はクララの靴の一撃で倒される。二人は雪の精に導かれてお菓子の国に行き、金平糖の精とお菓子の国の王子に祝福を受け様々な踊りを楽しむ。こうして呪いが解けて、それまで人形となっていた甥はドロッセルマイヤーの家に帰るのだった。


ドロッセルマイヤーは機械仕掛けの人形や時計などを作る手品師か魔術師のような威風堂々のおじさんで、物語の見せ場の軸をつなぐ役割となっているし、実際、ロイヤル・バレエ団の演出では、ほぼ主役級だ。そして、クララとくるみ割り人形、お菓子の国で二人を迎える金平糖の精と王子の二人、この4人が主役をはる。

第一幕は、他にクリスマスパーティのシュタールバウム家のご夫婦、使用人やおつきのもの、招かれたお客たち、年寄り、若夫婦、そしてクリスマスパーティの主役はもちろん子供たち、機械仕掛けの人形たちやネズミの軍団、など、バラエティに富んだ登場人物が速い場面切り替えで現れ、緩急、飽きさせない。

第二幕になると、スペイン風の踊り、アラビア風の踊り、中国風の踊り、ロシア風の踊り、葦笛の踊り、キャンディの踊り、花のワルツ、とそれぞれ2分から6分程度の踊りが次々と続き、楽しい。

そのぶん、スターの大技を楽しむ見せ場が短いように思うかもしれないが、バレエは曲芸とは違うし、体操競技でもない。

それぞれの役割全員が作り上げるバレエという作品なのだ。

「くるみ割り人形」で面白いと思ったところは、小さな子供から老人まで、脇役から主役まで全員がそれぞれ、それなりの見せ場があり、年齢も力量も異なるそれぞれのダンサーが全員参加で作ることができる、という点だ。

実際、上の DVD についていた解説を読んでみると、小さい子供のときに子供やネズミの役から入り、次第に技と年齢を重ねるにつれてクララになり、妖精になり女王になり、そして当主夫人、指導者を兼ね、年よりの客人、と積んでいくダンサーもいるようだ。

そう、毎年、クリスマスのころは世界中のあちこちで「くるみ割り人形」が上演され、多くのダンサーが、初夏のころからくるみ割り人形のレッスンをするのが毎年のルーチンになっている、とどこかで読んだ。


見に行ったのは、NYDCバレエスクールの発表会だったわけだが、舞台装置や大道具小道具、照明もしっかりと作りこまれていて、なかなか見ごたえもあった。

教室だからダンサーそれぞれの技量はまちまちだし、年齢も幅ひろい。しかし全員参加の「くるみ割り人形」ならではの、なるほどの配役と演出は教室のダンサーや先生方にうまく合わせて作ってあって、とても感心し、それだけにどの場面も楽しむことができた。特にご家族の方は存分に楽しめたことだろう。

それぞれのダンサーがそれぞれの役割で自分の持てるところを精一杯発揮してひとつの舞台を作り上げていく、そういう姿を目にすることができて、はじめから終わりまで前に身を乗り出して観ていた。

それにしても、トータル2時間くらいの発表会、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


美しいと感じるのは理屈ではない。

自然の姿のありようの理解と照らし合わせてどう、というものではない。また、道徳的にどうあるべきかと照らし合わせてどう、というものでもない。合理性や経済性や合目的性、そういったものではないし、美しさを感じるには採点基準は必要はない。

しかし、評価基準がないからといってなんでもいいわけではない。美しさには美しいと感じる型と形式があって、その形式があることでかえってそこにそれぞれのダンサーの創造の自由が生まれる。その時と場を共にすることで、演じる者はもちろん、観る者にとっても喜びが生まれてくるのだろう。

また、踊りは、指の先など細部にいたるまでの身体の形や表情など静的な断面ももちろん大事だが、一連の動きがより大事であることを改めて認識できた。緩急、バランス感覚、メリハリ、と要素にわけて列挙してしまうと、一連の動きが大事という言葉と矛盾してしまうかもしれないが、言葉にするとそういうことだろう。踊りは、不連続で静止している作られたコマ1枚1枚の集合ではなく、一連の動き全体を持続する創造として捉える必要があるのだ(*2)。

逆にそれだから、入門したての子供の踊りであっても、歳を召した方の踊りであっても、バレエの役を演じることでそこにある一種の美しさが必ず宿るのだ。


去年は「ドン・キホーテ」、ストーリー展開も場面の切替えもメリハリが合ってバレエ鑑賞への入門第一弾として非常によかった。今回の「くるみ割り人形」は、クリスマスの演じ物としてリラックスした楽しさ、バラエティにとんだ小さなおもちゃをたくさんプレゼントしてもらったような気分で、バレエ鑑賞への入門第二弾として、楽しさをもう一つ知ることができた。

ある芸術分野で、美しさを知り楽しさを味わえるようになるには、よき出会いが大事で、ほどよい出会いの場が大事なのだとつくづく思う。よき出会いを導いてくれる友人には感謝しかない。


■注記
(*1) 参考:くるみ割り人形 - Wikipedia

(*2) 今、ベルクソンの「創造的進化」を読んでいるところなので、少々それにかぶれた表現になっている。しかし、静的な断面で切り取らずして私たちが言葉や記号を使って「一連の動き全体」そして「持続」を捉えることなどできるのだろうか。

■関連 note 記事

なぜ一流の経営者や世界のエリートが「美しいかどうか」を大事にするのか、アートを学ぶのか、美意識を鍛えることが大事だというのか、そのことについては以前に書いた。

本文の最後の段落はこの記事の一文を下敷きにしている。


■関連リンク:「くるみ割り人形」動画など

いくつかの版があって、それぞれ配役やストーリーもけっこう違う。今回は予習として、本文紹介の DVD の他、下記の1,2,も通しで見た。同じ主題で異なるものを見ることでより理解が深まった。・・・・気がする。

1.Mariinsky Theatre
https://youtu.be/xtLoaMfinbU

2.Swedish National Ballet School

3.Classical Ballet & Opera House

4.チャイコフスキーの音楽について触れなかったが、バレエに興味なくてもクラシック音楽として楽しむこともできる。それぞれのシーンは大半が5分以下、長いものでも6分強程度だし、どこかで聴いたことがあるものが多いことだろうし、聴きやすく楽しめる。



■追記

今回も亀有のホールでの開催だったので、終了後、友人を囲んでの打ち上げを軽くしてから終電をつかまえて新横浜に戻った。京浜東北線が遅れたし、寝不足気味の一週間だったので危なかったが今回は乗り過ごしはしなかった。


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