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Liu Cixin "The Three Body Problem" 「三体」


予定より数日早く読み終えた。途中イマイチのれない部分が、いくらかあったが、なかなか壮大で、新しい感覚の発想と独創的なストーリー、数々の専門用語を使った道具立てといい、楽しく一気に読んだ。

SFの面白さである "Sense of Wonder" を十分に感じることができる。未来や異世界を見事に描き出した物語の、現実や日常を描くだけでは表現できない不思議な面白さだ。

そして、感傷的なウェットなところがなく、どちらかというと、登場人物の言動や事件もドライで、淡々と描かれているし、全体細部にわたりシリアスなところも私の好みだ。また、そこここに中国の歴史と風景を感じさせ、異国情緒もたっぷりである。これは、私が、仕事で中国へ何度も出張したことがあり、現地の人との交流もあるから余計に感じるのかもしれない。

中国の小説なのに、なぜ英訳版を読んだのか、それについては、この間書いたばかりだ。

さて、最近、VUCAの時代であると言われる。

V - Volatility 変動しやすく不安定であること
U - Uncertainty 確実と言えるものがないこと
C - Complexity 事象や環境が複雑であること
A - Ambiguity 状況が曖昧であること

A: 現状が分析しがたく、これまでの理論や切り口では説明ができないうえ、C: 多くの利害関係者がかかわり影響範囲も大きいために、複雑な因果関係の中で、V:様々な要件が変動しやすく不安定であるため、U:予測がそもそも困難である、といったところだろうか。このような時代で先を読んで成果を出していくためには、そもそも予測ができないということを前提として、計画し実行していくことが求められる。

SF小説はその特質上、世界の中に潜む VUCA な部分に焦点をあてて描き出すところがあり、そのうえ未来を描くものとなる。ということで、ビジネスのヒントを求めてSF小説への期待が高まるわけだ (*1)。

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SF小説からビジネスのヒントを得る、先のシナリオのヒントをもらう、それがどれだけ有効か、まぁ、それはともかくとして、SF小説は、いろいろな種類があるので十把一絡げに論じることはできまい。

たいていの人は、SFというと、宇宙をまたにかけて活躍する英雄、戦隊、あるいは国の興亡といったスペースオペラを思い浮かべるのではないだろうか。私は小学生のころ、図書館で「キャプテンフューチャー」のシリーズを読みふけっていた。大学のころ、宇宙英雄「ペリー・ローダン」シリーズを読破しようと頑張る友人もいたが、私はあまり乗らなかった。Wikipedia(リンク)によれば、以下のような状況らしい。

2019年9月16日時点の最新刊は第600巻(ドイツ版ヘフトの第1199巻・第1200巻にあたる)。読者の高齢化に対応するためか、270巻より文字が大きくなり、1行当たりの文字数は変化していないものの、1ページ当たりの行数が17行とそれまでより1行減っている(約1万文字/巻の減)。1ページ当たり16行しかない巻もある。

ここまで続いているのは、ドイツの原作は複数作家によるリレー形式の小説だからだ。213巻まで日本語訳者は一人(松谷健二)で、その点がツボではあったが、さすがにそれ以降は複数訳者で対応しているということである。

私は、ジャンプに連載されていた漫画の寺沢武一の「コブラ」が好きだった。「宇宙戦艦ヤマト」はブラウン管に文字通りかじりついてみていたのだが、松本零士の作品は、それ以外はあまり好きでない。世界に広がりを感じなかった。ファンの人は気を悪くしないでほしい。あくまで好みの問題ではある。映画「スター・ウオーズ」もいいらしいが私は見ていないーへそまがりを気取っているせいかもしれない。

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ロボットやサイボーグをテーマにしたものは、手塚治虫や石森章太郎の素晴らしい漫画があるし、サイボーグ009について書いたら相当長くなるので好きを宣言するだけで、やめにしておくが、このあたりのテーマは、単なるエンターテイメントというよりも、人間とは何か、生きる意味とは、という根源的な問いかけが見え隠れしてくる。

近未来や人類の遠い将来を描いたものは、アーサー・C・クラーク「地球幼年期の終わり」、ロバート・A・ハインライン「夏への扉」、ジョージ・オーウエル「1984」、日本なら小松左京「日本沈没」もあるし、ギブソンの「ニューロマンサー」、それぞれ、もう今となっては古いのだが、このあたりが、創造的なビジネスを作るための想像力をSF小説で養おう、という考えにつながるのだろう。だから、皮肉なことにビジネス×SFというと、どうしても古典が多くなる。

ファンタジーや幻想小説、というような部類でも、未来の科学技術で実現されるカッコよく、ときに奇想天外な、小道具類や大道具類が物語を彩ると、それでSFとされることも多い。冷ややかな言い方をすれば、人間の想像力って知れてるよね、と Smart Watchの原型をガッチャマンに求めたりもするのだけれども、SFを読むときの楽しみでもある。

ハードSF、という言葉を聞いたことがあるだろうか。私も、実はあまりよくわかっていないのだが、現在正しいとされている科学理論にできるだけ忠実に破綻なく構成されているSF小説のことである。もちろん著者がどれだけ自身が言及している理論を正しく理解しているかということもあるし、また、本当に理論の枠内だけだと面白みが薄れるので、未来のことでもあるし、独自の解釈や拡張に基づいたり、あるいはあえて無視するなど、そういう部分は必ずあって、必ずしも厳密性が求められるわけではない。が、少なくとも、そのように考えて、サイエンスを、物語の中核あるいは重要な背景として用いているのがハードSFだ。ジェイムズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」などは有名だ。

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私自身は、科学的な考証がまったくなくても、ストーリーがおもしろく人間が書かれていて読ませるものなら楽しんで読むし、科学理論や技術が全面に出ていても、それが新しい発想で応用されていたり、わくわくするような道具が出てくれば、楽しく読む普通の読者だ。しかし、やっぱり理論や専門用語を駆使していても、誤りが目についたり、自分の常識では誤りに思えるけど自信がないような点があったり、そういう部分があると、興ざめしてしまう。

スペースオペラやファンタジー、特に、漫画や映画はともかくとして、やはりSFを読んで楽しむにはある程度の物理化学、あるいは生物などの知識は必要だろう。せっかく面白いテーマやビジネスのヒントがあっても、入口のところで「何がおもしろいのかさっぱりわからない」という人も多いような気がする。

そういえば、早川書房の「SFマガジン」という雑誌は、1959年創刊ということである。私が小学生のころ、42年かちょっと前くらいだろうか、本屋では「SMマガジン」の横にあったりして、ときに間違えて、ドキドキしながら立ち読みしていたことを思い出す。どちらも、小学生の私にとっては、こんな世界もあるのか、と、驚きの世界であり、Sense of Wonder だった。今でも、エロ本まがいの小説雑誌の中に、堂々と健在である。

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ともあれ、私が好きな神林長平やP.K. ディックといった作家の作品は、SFというしかけを用いて、私たちが当たり前だと思っている現実の世界を解体してみせ、 VUCA の部分を増幅し際立たせる、そんな物語であり、それにより私たちが生きる意味や、意識や自我そして人間とは何か、私たちの未来はどうなるのだろうか、といった部分を考えさせる。私は、SFと呼ばれるものの中では、そういうものを好む。

そういう観点では、この 「三体」,"The Three Body Problem"は少々物足りない気がした。またサイエンスや技術の部分で「これは違うな」と思うところがあったり「かえって理論に言及したり説明したりしないほうがいいのではないか、かえって興ざめ」と思わせる部分が私にはあった。このへんは好みが大きく左右するだろう。

VUCAな時代を生き抜くためにクリエイティブなビジネスのヒントを求めて読む SF としてはあまりお勧めできないと感じた。(*2 早川書房によるおすすめ)

SFファンのためのSFというところか。

なお、本書は三部作の1部めである。先の展開が楽しみである。2部と3部も、この第一四半期のうちに読んでみようと思う。また印象が変わるかもしれない。

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(*1) いくつか参考リンクを貼っておこう。

(*2)早川書房のおすすめ


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携帯サービスを支える基地局機器の開発をしている NOKIA で働いているR&DマネージャでRF系のアーキテクト、自称グルメにしてグルマン、しかしてその実態はBeer Hunter。 note は趣味の読書の感想を軸に、テーマは「よく考えることは、よく生きることである。」