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人間はどこへ向かうのか。

人工知能はどこまで進化するのか。
人間はどう備えておけばいいのか。
すこしだけアンテナを張っておくテーマ」のひとつです。
 
 
前に読んだ本から、メモ。
 
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・知的な行動は2つの行為を駆使している。「探索」と「評価」です。
・「目的を持つ」とは意味と物語で考えるということ。
 
コンピュータができることは2つだけ。「とても簡単な計算」と「覚えること」。
・コンピュータのリソースは限られており、すべての手を調べない。
 
・機械学習=値の調整そのものを、コンピュータに自動的にやってもらう。
・プログラマの主な仕事は、勉強そのものでなく、勉強の仕方を教える。
  
「知性」は目的を設計できる能力。「知能」は目的に向かう道を探す能力。
 
(『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』(山本一成)より要約)
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「そもそも、コンピュータとは何か」
「強いプログラムは強い指し手にしか書けないのか」
「人間の思考から離れることでAIは強くなった」
「なぜ囲碁だけが特別なゲームだったのか」
という構成で、読みすすむほどに惹き込まれる。
 
 
山本さんは将棋ソフト「Ponanza(ポナンザ)」の開発者。
 
・将棋だけでなく、ゲーム全般と人間と計算機の歴史
・「どうやって」だけでなく「なぜ」の疑問への答え

 
をやさしく解説している。
 
 
これまでの経緯」と「なぜそうなのか」、つまり「全体背景」を知ることはいつでも、理解を深め、興味を維持する二大要素だ。
 
 
将棋ソフトが強くなった要因を、ざくっと整理すると、
 
(1) 常に成長する。後戻りがない。

(2) 疲労しない。集中力が低下したりしない。

(3) ITコストの低廉化で、時間あたりの経路探索量が格段に増えた

(4) 複数のソフト間で公開しあい、真似しあって、成長しできる

(5) 内部で常時、何万回も対戦を行い、学習して強くなる
 
 
のようになる。
 
つまり、「人類はいつか追い越される」状況にあって、囲碁界も将棋界もしばらく気づいてなかった。
 
 
※将棋や囲碁ソフトは、単機能のプログラムであり、「人口知能」と呼んでよいかには議論があるらしい。
 
 
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人工知能が、自分が生きているあいだぐらいのスパンで、どこまでどのように進化するのか。
 
それを踏まえて、われわれ人間はなにを勉強して、何の能力を鍛えておけばいいのか。
 
 
将棋や囲碁のソフトから言えることは、
 
・量的な処理で、人間はコンピュータに勝つことはもうない
・ただし、現時点、きわめて限定的な機能にとどまっている

 
ということだ。
 
 
レイ・カーツワイルによると、
 
1.指数関数的な成長率そのものが、指数関数的に成長している。未来のテクノロジー予測は、「今日の予測」でしかない
2.人間のテクノロジーと人間の知能が融合する。人間の脳の限界を、人間と機械が統合された文明によって超越することができる
3.2030年代~40年代頃には、人類を超える人工知能が出現し得る。われわれはサイボーグ、「人体3.0」になる。
(『シンギュラリティは近い』より意訳)
 
つまり、生きているあいだに、シンギュラリティが実現する、ということになる。
 

※「成長率」は、「ムーアの法則」のような「●年で◆倍に性能が向上する」といった指標。
 
 
ひとつ勘違いをしていたのが、「人類vs人工知能」という構図を勝手に想像していたのだけど、カーツワイル氏は「人類+人工知能」だと言っている。
 
 
一方で、歴史上、あらゆる技術なり発見は、平等に提供されることがない。
 
4.公開される情報はつねに、実際の最先端技術よりは旧い。
5.はじめは例外なく高価である。または秘匿、独占される。

 
 
という法則も成立するはずだ。
 
文字も、活版印刷も、外洋船も、飛行機も、最初に使えるのは「権力者」か「お金持ち」だった。
どちらの法則が打ち克つのか、まだよくわからない。
 
 
 
このテーマについてはもう少し本を読んで、調べてみます。

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