薄皮一枚の倫理

 見たものを句にする、ということをこれまで僕はほとんどしてこなかったし、あまり関心を持って読んでこなかった気がする。それは、俳論だとか入門書だとかよばれる文章のなかで「写生」という方法が説かれるときの手つきの危うさを幾度も目にしてきたということに、原因のひとつがあるような気もする。でも、それ以上に、スナップショットみたいに見たものをすばやく切り取って、五七五定型と季語を利用して体よく展翅するようなやりかたに見えてしまって、その乱暴さに苛立っていたのである。見たものを句にするのは、いわば世界の薄皮を一枚剥いで提示するようなものではないのか。それは美しいけれど、薄皮には血が流れていないじゃないか。僕は切れば血の流れるような句を見たいのに―。
 とはいえ、この書きかたはとても便利だから、僕自身も俳句の書きかたを伝えるときに、目の前にあるものを句にすればいいのだ、と言ってしまうことがある。ただ、それはしばしば、ひどい虚しさとして跳ね返ってきた。本当は信頼していないくせに、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。でも、この「失敗」を繰り返すうちに、少しずつ学んできたこともある。
 以前、ある人に俳句を書いてもらおうとして、その時も僕はやはり、見たものを書けばいいのだと教えてしまった。たぶん、書きかたをうまく伝えられなくて、その場しのぎで言ったのにちがいない。その人はしばらく考えてから、遊園地の空を鳥が飛んでいく、というような句を書いた。いまひとつ具体性に欠けるので、いつどこで見たのかと尋ねると、今朝、家族に車でここに送ってもらうときに見たのだという。人混みが苦手なその人は、実は今この場所に来るのさえ、ひとりでは難しかったのである。おそらく、勇気を振り絞ってこの場所に来ることを決めたのだろう。ちゃんとした身なりをし、それなりにご飯も食べて、この場所に来ることにしたのだろう。そうして、たぶんいくらかは憂鬱だったはずのその人のまなざしが、偶然にも、遊園地とその上を渡っていく鳥をとらえたのだ。
 たしかに、薄皮一枚に血は流れていない。けれど、その薄皮一枚を剥がすとき、引き剥がされた身体には、しばしば血が滲んでいるものだ。そんな当たり前のことに、どうして僕は気づかなかったのだろう。
 その一方で、薄皮の一枚を幾層も重ねていくうちに、その堆積の果てに血が巡ることがあるのだと気づかされることもあった。

セイタカの伸びて曲がって枯れたまま   天野健太郎

 先頃、台湾文学の翻訳者として知られる天野健太郎の句集『風景と自由 天野健太郎句文集』(新泉社)が上梓された。天野は本書で「私が俳句にしているのは、風景でしかない」と語っている。最後の仕事となった『自転車泥棒』(呉明益著、文藝春秋、二〇一八)に至るまで、天野の訳書にはしばしば、ささいな決断や偶然の積み重なりが個人の生をかたちづくっていくさまが描かれていた。台湾という社会の奥行きに誰よりも寄り添おうとしていた天野が、しかし、俳句ではその奥行きをできるだけ排そうとしたのはなぜだったのか。
 僕ははじめ、〈セイタカの〉はなんとつまらない句だろうと思っていた。あまりにもそのままで、俳句史的に見てもいわゆる草の芽俳句そのものではないか。どうしてこんなことを今さら句にするのか。血も涙も流れない、劣悪なスナップショットにすぎないのではないか。
 だが改めて本書をひもとくと、天野はこんなふうにも書いていたのである。

 俳句を続けている、ということが我ながら不思議。自他とも認める飽きっぽさなのだが。
 三食をつましく作って食って、近所を散歩して俳句作って、あとは家にある本とCDを消化するだけの人生で別にいいのだが。

 〈セイタカの〉の句とは、こうした生の感覚のなかで書かれたものだったのだろう。というよりも、〈セイタカの〉の句を書くような一日一日の積み重なりこそが、「三食をつましく作って食って、近所を散歩して俳句作って、あとは家にある本とCDを消化するだけの人生」をかたちづくるのであり、それが天野にとって大切なことだったのだ。薄皮の一枚が堆積すれば、やがてその奥に血が流れ、体液が流れることがある。〈セイタカの〉はたしかにつまらない句だ、だからその意味では、かえりみるに値しない―ちょうど、古びた薄皮が垢となってぼろぼろと削げ落ちていっても僕らがまるで気にしないように。でも、それでよかったのだろうか。僕はあまりにも鈍感で、身体から血や汗が噴きだしているような句ばかりを待ってきたような気がする。でも、そんな待ちかたでよかったのだろうか。スナップショットにはスナップショットの倫理がある。薄皮一枚には薄皮一枚の倫理があるのだ。

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