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オリンピック小論#1

オリンピックはなんのために開催されるのか?

 ご存じの通り、今年は東京で夏季オリンピック競技大会が開催される予定だった。新型コロナ感染症の世界的な拡大を受けて、3月24日に延期声明が出て、3月30日に日程が2021年7月23日~8月8日と確定した。(なおパラリンピックは8月24日~9月5日)

オリンピックの開催をめぐってはいろいろな問題や課題が山積していた/いる。直近でいえば、延期分の費用負担をめぐるIOCと組織委員会、日本政府の攻防がある。
 こうした中、テレビや新聞、SNSなどでよく目にするのが「アスリートファースト」といった言葉だ。
 オリンピックの主役は選手である。その選手が不利益を被ってはいけない。4年に一度開かれるオリンピックを特別なものと考えている選手も多い。「オリンピックは特別な大会だ」。だからこそ選手たちがハイパフォーマンスを見せられるような環境を作ることが大会を掌るIOCや運営する組織委員会には求められる。選手のことを第一としない決定はあってはならないと、選手や識者、メディア、人々は語る。
 そして、実態として「アスリートファースト」な大会準備がなされているかといえば当然疑問符がつく。当初はコンパクトさがウリであった大会施設は日本全国に散らばった。大会日程は猛暑の可能性が高い8月から9月。マラソン会場変更。そして今回ギリギリまでIOCが粘った延期決定の経緯。。。
 どの問題もアスリートにとって100%の好影響をもたらすとは到底考えられない。「アスリートファースト」なら選手村や練習施設からなるべく近い場所に会場があった方がいいだろう。大会は真夏じゃない方がいいだろう。会場変更をやるんだったらもっと早い時期の方がいいし、延期決定ももっとスピディーに決めるべきだった。。。こんな意見を耳に、目にする。
 ではなぜ「こんな」ことになっているのか。IOCの強大な権力、現代オリンピックを掌握するメディアの影響、日本政府による推進など、テレビ、新聞、SNSなどで様々な要因が語られる。オリンピックを利用するある意味で「悪玉」の存在はオリンピックの東京開催が決まって以降、様々な媒体で注意喚起がなされている。 
 しかし、仮にそうした要因に問題があるとしたときに、なぜその諸要因がオリンピックに甚大な影響をもたらすことが可能となっているのか、という点についてはあまり語られていないように思う。上記のことは要因であり、原因ではないのだ。原因とはなんなのだろうか。おそらくその原因を探るのも一筋縄ではいかない。オリンピックはすでに120余年の歴史があり、多くの国や地域の人々を巻き込んでここまで歩んできたからである。その原因をこれから探っていくためにも、まずは「オリンピックとはなんのために開催されるのか」という点について考えてみたい。

「オリンピズムの根本原則」

 「オリンピックはなんのために開催されるのか」。その点が端的にあらわれているのが『オリンピック憲章』である。オリンピックに関わるルールの根本が記されており、要はオリンピックのルールブックである。
 この『オリンピック憲章』には「オリンピズムの根本原則」という章がある。長くなるが全文を掲載する。そして太字に注目して欲しい。

​オリンピズムの根本原則
1. オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。 オリンピズムはスポーツを文化、 教育と融合させ、 生き方の創造を探求するものである。 その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、 社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
2. オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
3. オリンピック ・ ムーブメントは、 オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、 協調の取れた組織的、普遍的、恒久的活動である。その活動を推し進めるのは最高機関のIOCである。活動は 5 大陸にまたがり、 偉大なスポーツの祭典、 オリンピック競技大会に世界中の選手を集めるとき、 頂点に達する。 そのシンボルは 5 つの結び合う輪である。
4. スポーツをすることは人権の 1 つである。 すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。 オリンピック精神においては友情、 連帯、 フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。
5. オリンピック ・ ムーブメントにおけるスポーツ団体は、 スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解し、 政治的に中立でなければならない。 スポーツ団体は自律の権利と義務を持つ。 自律には競技規則を自由に定め管理すること、 自身の組織の構成とガバナンスについて決定すること、 外部からのいかなる影響も受けずに選挙を実施する権利、 および良好なガバナンスの原則を確実に適用する責任が含まれる。
6. このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分などの理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。
7. オリンピック ・ ムーブメントの一員となるには、 オリンピック憲章の遵守および IOC による承認が必要である。

 太字の部分を要約すると次の様になる。オリンピズムとは「肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学」のことをいう。オリンピズムの目的は「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」にある。そしてこの目的を遂行するための「オリンピック・ムーブメント」といわれる「活動は 5 大陸にまたがり、 偉大なスポーツの祭典、 オリンピック競技大会に世界中の選手を集めるとき、 頂点に達する」のである。
 つまりオリンピックがなんのために開催されるかといえば、その目的は人類の平和に貢献するべくオリンピズムという理念を広めるためなのである。オリンピックは人類の平和、世界平和に貢献するためにあるといっていいだろう。至ってシンプルだが、『オリンピック憲章』に則ればこれこそが根本原則なのである。この意味で誤解を恐れずに言えばオリンピックは「アスリートファースト」を第一に謳っていないし、世界一を決める大会でもないということになる。あくまで最大の目的は、人類の平和、世界平和の推進なのだ。極めて聞き心地のよい言葉である。

 しかしこの最大の目的が十全に達成されているか、といえばその答えはNoであろう。延期分の費用負担を巡る攻防の先に直接的にではないにしろ、果たして人類の平和や世界平和があるのだろうか。このことに限らず、オリンピックが掲げる「目的」は諸要因の後塵に拝し、単なる「理想」となり、空念仏となっている様に思えてならない。

 


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スポーツ、アイドル、ヒップホップ、ゲームなど、、、観て、識って、考えるのがスキです。
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