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「「幸せ」をつかむ戦略」が出来るまでの僥倖ーその5ー

<前回までのあらすじ>
いくつもの思いつきや偶然が重なって、この10年間ずっと追いかけて来た行動経済学の巨星 ダンアリエリーと会えることになった漢。躁状態の極みとなった彼は、日本語が通じないことなど忘却の彼方。

かくして漢はトロントの空港に降りたった。さすがカナダが誇る多国籍文化都市、およそ考えられるあらゆる言語で「歓迎」「WELCOME」などと記されている。
自分だけかと思いきや、いつもクールな山下さんも躁状態であったのは、寝不足のせいではない。
まだ特段祝うアジェンダもないのに、クラフトビールで祝杯を上げ、出来るだけ珍しいものを食べよう!とペルシャ料理レストランに駆け込む。

翌朝。

山下さんと漢は、トロントの裏通りにある、BEworks社の前に佇んでいた。
BEworks社のBEは、言わずとしれるBehavioral Economics。つまり行動経済学は役に立つ、という社名を冠した、ダンの会社である。
一歩足を踏み入れれば、キッチンがあり、そこにはワイングラスが並び、居心地の良さそうなリビング的なスペースもある。
それだけならモダンな邸宅、という風情であるが、ポストイットがペタペタ貼ってあるホワイトボードは我は知の巨塔なり、と控え目に主張しているようでもあり、その奥のオフィススペースにはいかにも賢そうな若者やかつての若者がリラックスしながら談笑している。

松木さんがいた!
彼と会うのは変態飲み会以来2回目だが、このアウェイの地では10年来の親友のようである。熱い挨拶し、握手もそこそこのうちに、とてもあっけない感じでダンと共同経営者のケリーを紹介された。

「ほんじゃ始めようか。どこでやる?そのソファがいい?それとも奥の会議室?」

こうしなければならない、と予め決まっていることなど一つもない、自由な感じでインタビューは始まった。

ダンの話は、生き生きとしたエピソードに満ち、論理的でもありながら、寓話的でもある。話題ネットワーク状に膨らみ、文脈は縦横無尽に紡がれる。
準備していった質問で足りるかなー、などと心配していたが、むしろこれ全部聞けないかもしれない、と逆の心配を感じる豊饒なパロール。

インタビュアーでありながら、知のコクーンに包まれ、かつてない多幸感を感じる。

ダンの話はまた、茶目っ気の宝庫である。たとえば
「プップーの形してるチョコレートは食べられると思うか、トミナガ?」
「え、プップーってなに?」
「お前がバスルームで水面にひりだすアレだよ」
または、具体的な被災地名を引き合いに出して「綿密な調査をした結果、そこがイベントに最適であるという提案をした社員がいたが、地震で全部おしゃかになったとする。トミナガ、お前はその社員を罰するか?」などと、なんとも活字にしにくいことを聞いてくる。
その語り口はさながら、業界や社会のタブーに怯んだ腰抜けクライアントを焚きつけるクリエーターのようだった。

インタビューの3時間。時計は史上最速で駆け抜けた。
アインシュタインは正しい。

*つまりはこの本が出来るまでの物語です。今回はスズケンさんが書いてくれた骨太かつ愛のある書評でお届けします。

https://agenda-note.com/global/detail/id=2570

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