医師の勉強録；下腹部が痛い、宇宙で虫垂炎。対処法は？？

宇宙で虫垂炎になった症例はまだありませんが、今後出現する可能性があります。宇宙での課題としては、検査や輸血、手術器具、開腹により血液が飛散する可能性、誰が手術するのかなどがあります。解決手段としては、人工重力、遠隔医療、予防的切除などが考案されていまし。虫垂は小腸から大腸へ移行する最初にある臓器で、虫垂炎はその炎症で生じている疾患です。

右下腹部が痛い、、

数年、もしくは数十年後、
楽しみにしていた宇宙旅行、
しかし宇宙に到着すると、、、、、右下のお腹が痛い
そうです。虫垂炎です。
若い人でもなる虫垂炎、宇宙ではどうしたらいいのでしょうか？？

虫垂とは？？

消化管は口から順に、
口腔、食道、胃、小腸（十二指腸・空腸・回腸）、
大腸（盲腸、結腸、直腸）、肛門に分けられます。
 消化管の役割は、体に必要な栄養分を吸収することです。
 そのために、食物を吸収しやすい大きさに消化し、
吸収されないものを排出する働きがあります。
大腸は盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸から成り、
全長約170cmの管理臓器です。
虫垂は小腸から大腸へ移行する丁度間にある、尻尾のような臓器です。
虫垂の機能はまだ研究中ですが、現在は腸管免疫などに
関わっているのではないかと推察されています。

病気がみえるvol.1 消化器

虫垂炎とは

虫垂炎とは、何らかの原因で虫垂に炎症が起こる病態を指し、
一般的には「もうちょう」として知られています。 
糞石や食物残潜、リンパ組織の腫大、腫瘍などにより
虫垂の内腔が閉塞して二次的に感染が加わることで発症します。
強い腹痛が起こり、場合によっては腹膜炎、死亡することもあります。
保存的に抗菌薬で症状改善が得られる場合もありますが、
外科的緊急事態となることも多々あります。
虫垂炎は7人に1人まで発生し、年齢とともにリスクは減少します。
具体的には、30〜34歳の個人の100万人日あたり3.7人日
50〜54歳の個人の100万人日あたり1.8人日であると推定されています。

宇宙空間で虫垂炎へ対応するには

Br J Surg. 2018 Sep;105(10):1234-1243.
https://www.universetoday.com/146995/how-would-we-do-surgery-in-space/

虫垂炎の疫学から特定の年齢で特に重要となる可能性が高いです。
最近のISS乗組員の年齢は30歳から56歳でした。
急性虫垂炎の実際の症例は、宇宙飛行中に記録されていません。
しかし、ロシアの宇宙計画であったSalyut7号の宇宙飛行士（1985年）の
経験が最も近しい報告です。
具体的には、重度の右下腹部痛で発症、地上への帰還も検討されました。
しかし、飛行中では尿路結石症と診断、緊急帰還は中止となっています。
結局帰還後に前立腺炎と彼は診断されました。

長時間の宇宙飛行中の急性虫垂炎の真のリスクは不明ですが、
ロシアの宇宙ステーション、海軍潜水艦、南極遠征などの
近しい極限環境から類推することは可能です。
南極遠征では虫垂炎を発症し、死亡した症例の報告もあります。

宇宙で虫垂炎となった場合
・微小重力環境により、痛みの部位が地上とは異なる可能性があること
・無重力に関連する血行動態および体積状態の変化に対応し回復能力が地上と異なる可能性があること
・微小重力環境による免疫応答の変化と細菌の病原性の変化の可能性により
抗菌薬作用が地上と異なる可能性があること
など多様な違いが想定されます。
また、手術を行う場合にも
・造影CTなど検査
・輸血の問題
・手術器具が十分揃わない可能性
・開腹により血液が飛散する可能性
・誰が手術するのか
などの課題が想定されます。

これらの課題から
・エコー検査の精度の向上
・3Dプリンタで手術器具を作る
・人工重力を部屋やカプセル空間で生成してope室とする
・ロボット支援での遠隔医療
・内視鏡治療やカテーテル治療を行い、血液の飛散を防ぐ
・予防的に虫垂を摘出する
などが検討されています。

感想

宇宙だとその特殊環境故に困難を極めること、
いくつかのブレークスルーが必要なことなど、
非常に勉強になることばかりでした。
これらの課題解決は、災害医療や宇宙以外の極致医療など
地上でも適応可能なことであるとやはり感じられます。

【参考資料】
Can J Surg. 2012 Apr; 55(2): 125–131.
病気がみえるvol.1 消化器
Br J Surg. 2018 Sep;105(10):1234-1243.
https://www.universetoday.com/146995/how-would-we-do-surgery-in-space/