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諸外国の書店数が現状維持か微増の一方で極めて深刻な日本の書店事情・・・・街の書店が消えてゆく本当の理由
日本の書店の危機を書いた拙著「2028年街から書店が消える日」が、残念なことに現実になりつつあります。この原因が出版界では解決できないものであれば、それは時代の趨勢として受け入れる他ありません。
ここで明らかにしたいのは、諸外国の書店数は現状維持か微増であり、日本の書店が潰れつつけるのは、日本の出版界にその原因がある事です。
私は取次(トーハン)で長く働き、地方書店チェーンの経営者でもありました。本稿では、情緒を排しビジネスの観点から日本の書店が生き残る道を探りたいと思います。今の出版界への強い危機感をタブー無しで書いた「2028年街から書店が消える日」プレジデント社刊の一部を加筆再構成しています。
――書店が潰れれば、出版社も潰れるのは当たり前。
街の本屋さんの倒産も相次いでいても、世間一般の方々には何の興味もなく「本はネット書店で買える」という感覚なのでしょう。果たして、その感覚は正しいのでしょうか?
産業構造としての出版界のメインプレイヤーは、メーカーである出版社と問屋である取次と小売店である書店で成り立っています。
取次は既にトーハンも日販も大赤字(詳細は後述)です。主要書店の状況も表1の通り悲惨な状況にあります。 日本のネット書店の占有は3割程度です。今後も変わらず書店閉店が続けば、その在庫は出版社に返品されるので、書店が潰れたら出版社は大量の返品を被り、メインの売り先の書店も失い多くの出版社は倒産の憂き目に遭うことになるでしょう。
――海外の書店の状況は日本と同じなのか?
それでは、書店の危機は諸外国も同様な状況かと言うとそうではありません。2023年に経済産業省が作成した「国内外の書店の経営環境に関する調査」※shoten-chousa と言うレポートがありますが、諸外国の書店は日本とは事情が大きく異なる事が分かります。
「各国の出版業界の概況」があります。4Pは米国です。6Pはドイツです。この両国で書店数の微減は見られるものの市場規模は横ばいか微増傾向にあります。
9Pはフランスです。11Pは韓国です。この両国を見ると書店が増加している傾向が読み取れます。
一方で日本では書店数が急速に減っています。諸外国と日本の現状を見れば、日本の書店が潰れる理由にしばしば聞かれる「若者の活字離れ」や「ネット社会の進展」などのステレオタイプのコメントがどれほど陳腐なものかお分かりいただけるでしょう。
それでは、諸外国と日本を分けるものは何かを見てゆきましょう。対象国は米国、ドイツ、フランス、韓国、英国、日本の6か国です。
出版物の販売価格規制が存在する国はドイツ、フランス、韓国、日本ですが、日本以外は一定の期間が過ぎれば販売価格規制の対象外になります。ドイツは出版後18カ月、フランスは出版後2年、韓国は出版後12カ月です。日本の出版物の価格を書店が変えることは一切できません。
―――「諸外国における出版物の流通経路と取引形態」
これについても同レポートから引用します。
〇フランス・韓国・日本は取次経由が主流であり、その他の国は書店と出版社による直取引が主流である。
〇取引形態は、韓国と日本は委託販売が主流であるが、欧米は注文買切(条件付き返品許容)が主流である。
〇日本以外の国では、書籍と雑誌(中略)の流通経路は分かれているが、日本は書籍と雑誌が同一経路で流通しており、これにより流通コストが抑えられ、書籍の価格も諸外国と比較して安価に抑えられている。
――諸外国の出版業界の特徴と日本の出版界の課題は?
ドイツ:新刊書籍の仕入は年2回。出版社が翌シーズンに発売予定の書籍を案内し、書店は事前注文を行う。書店からの注文品は全国の書店に翌日届く。書店の返品率は10%未満。
フランス:書店に価格拘束はあるが、定価の5%までは割引が可能。但しオンライン書店には適用されず、送料無料も禁止して街の書店を守る「反アマゾン法」(通称)がある。
このレポートでは触れられていませんが、書店の粗利益率も国内外では大きな差があります。日本は23%~24%ですが、アメリカ、ドイツの書店は40%程度の粗利益率があります。韓国で特筆すべきは、日本の消費税にあたる「付加価値税」が韓国の出版物において免除されていて「出版文化産業振興法」では、公共図書館も地域書店から購買するよう強く推奨され、行政が地域の書店を守ろうとしている点です。
日本の出版界の課題は以下の3点です。
1.「流通側の利幅の薄さ」 2.「出版物物流の硬直性」 3.「体系的教育の不在」の3点。そして、そんな課題を誰にも忖度することなく自由に議論してこなかったことに出版界自身の課題があります。
――山積する課題は、何から手がけていくべきか?
なによりも出版界「昭和のビジネスモデル」から転換です。雑誌とコミックは書店だけでなく取次も雑誌流通が起点です。雑誌主体だった昭和のビジネスモデルから、書籍を中心としたモデルへ転換しなければ、書店も取次も赤字体質から抜け出せません。商材としての雑誌に期待できない以上、日本社会が守るべきは、書籍の売上が軸とした街の書店の構築ですが、残念ながら新たなビジネスモデルの構築は遅々として進んでいません。
――「流通側の利幅の薄さ」で産業構造が崩壊している書店業
街の書店は危機に瀕していて、その数は7千軒を切りピーク時の半分以下になり、地方自治体の四分の一には書店が無くなりました。それは何故なのか?解決の方策はあるのか?日本の書店の現状と課題についてお伝えしようと思います。
書店業は産業構造として成立していません。どんな業種も粗利益の範囲内にコストが収まらないと赤字になって倒産します。当然ながら書店も例外ではありません。
書店は再販制度で販売価格が決められていて自分で変えることはできません。仕入は本の問屋である取次のトーハンや日販から仕入れますが、トーハンの2023年度取次事業は13.6億円の赤字です。日販はさらに厳しくて36.3億円の赤字です。当然、取次は赤字部門である書店への卸値を下げることはありません。地方書店の平均的な営業総利益率(粗利率)は23%から24%ですが、書店は販売価格も仕入値も改善できないのですから、この薄い利幅が改善されることは決してありません。一方、経費である人件費、家賃、水道光熱費、電子決済手数料は増えるばかりで、経費が粗利益を超えてしまって赤字になっているのが、書店経営が置かれている厳然たる事実です。
「2028年街の書店が消える日」はブラフではなくて、現在起きつつあるファクトです。各地で書店の閉店が相次ぐのは、ビジネスとして従来型の書店経営が終わりを迎えたという現実です。その事に目を背けて「個性的な書店」だの「複合化」だのという議論をしても仕方ありません。書店の利幅改善がなければ、どんな施策も砂上の楼閣です。
一方で書店にも従来とは異なり、返品自由な委託制度に甘えず一定程度の注文買切りに対応できる仕入能力向上による返品減少への取り組みが強く求められます。
――出版物物流の硬直性改革は、何から手がけていくべきか?
2023年の経済産業省レポートにもあるように、日本の出版物流が優れているのは、雑誌と書籍が混載されて書店に配送されるので、全国各地に安価で運搬できていることにあります。しかしながら、その利点を台無しにしている出版界特有の謎のルールがあります。それが「雑誌発売日協定」です。
どんな業界でも出来上がった商品は一日も早く消費者に届けるようにしますが、出版界はコストと手間を掛けて「雑誌発売日の同一地区同一発売日」を死守しています。
週刊誌や月刊誌は誌名ごとに発売日が決められています。雑誌ごとに全国一斉発売日として決める場合と同一地区同一発売日(○○県は〇曜日発売)にする場合があります。これを新たに関東の出荷場所の近隣書店から順次届けてゆくようにすれば、発売日の乱れは一定程度起きるでしょうが、雑誌が今より遅くなることは無いでしょうし、出版配送業者は深夜の書店への配送から解放され、出版流通コストも下がります。何より出版界の長年の懸案である書籍流通の迅速化になる事は間違いないでしょう。
出版界には現行の「雑誌発売日協定」を遵守した流通ルートか「雑誌発売日協定」を破棄した流通ルートか全く新たに雑誌と書籍を別にした流通ルートを構築するかの選択が自覚的に求められているのだと思います。残念ながら、こういった主張をしているのは筆者を除いて皆無であることも付記しておきます。それは出版界が合成の誤謬に陥っていて全体を俯瞰することができていないからだと推察します。
日販は赤字部門であるローソン・ファミリーマートの雑誌配送を2025年に休止して、トーハンが引き継ぎます。トーハンも赤字部門はそのままにしておけないので、合理化してコンビニ1万軒への雑誌配送中止も含めた見直しを検討しています。
もし、この協定がなければ取次の赤字部門であるコンビニ雑誌の配送を雑貨と混載することも可能になり、大幅なコスト削減とCo2削減にも寄与できますが、その声は出版界から上がっていません。現在の雑誌と書籍の混載を基本として「雑誌発売日協定」を廃止すれば、時代遅れになっている出版物流通に大きな改革が起きることでしょうが、出版界では「雑誌発売日協定」の存否を議論することはタブーになっています。
――独占禁止法と改革が進まない出版界
流通側の粗利益率の低さは明白なのですが、それを具体的に改善する動きはありません。書店の声は小さくて出版社にと届きません。取次が主導して出版社と書店の利幅含めた交渉が必要でしょうが、寡聞にして取次が出版社に対して書店の分も含めた粗利率交渉をしている事を聞くことはありません。取次が出版社に条件交渉をするのは、独占禁止法「優越的地位の乱用」の規制があるのかもしれませんが、この状態が放置されれば取次も書店も共倒れになることは間違いありません。
謎の協定である「雑誌発売日協定」を堅持したいという人は、私が取材した限り誰もいません。しかしながら、この問題を議論しようとする人もいません。私には消費者利益に反するようにも思える「雑誌発売日協定」が続けられる理由が分かりません。書店に残された時間は少なく、街の書店の閉店は加速してゆきます。日本の書店を救う道は必ずあります。私は出版界が雑誌だけでなく出版流通全体に目を開かれて、その役割を正しく果たされることを心から願っております。
――最後は、出版界の最大の課題である「体系的教育の不在」
出版界以外の業界に居られる皆さんは驚かれるとおもいますが、誰もが思いつかれる出版社や書店チェーン店に自己啓発系の研修はありません。(例外的には存在します)無論、実務的な業務系の研修はありますが、ほぼOJTです。 出版界の教育(研修)の不在は異常と言っても差し支えありません。出版界が凋落する根本的な原因は「教育の不在」にあると言うのは言い過ぎでしょうか?出版界が「米百俵の精神」を思い出す日を待つばかりです。
出版界の現状を整理して、日本の書店を再生させるための処方箋と書店の未来への希望を書いた「2028年街から書店が消える日」~本屋再生!識者30人からのメッセージ~は、大手出版社の社長、様々なタイプの書店員、出版輸送事業者の他に直木賞作家などに取材しています。
書店の廃業・閉店問題の深刻さが一般読者にも伝わるように、本の構成は私と書店業界へ就職希望を持つ甥っ子との会話で分かりやすく話が進んでゆきます。1年間は電子書籍にしません。先ずは最寄りの書店で立ち読みされませんか?
街の書店が消え去る前に。 了
出典引用:経済産業省商務情報政策局 コンテンツ産業課
「国内外の書店の経営環境に関する調査」 2023年10月
※shoten-chousa