1人の女性がエンジニアになるまで〜ちなすけの場合〜
見出し画像

1人の女性がエンジニアになるまで〜ちなすけの場合〜

china_syuke

こんにちは、@china_syuke です。いろんなエンジニアをしています。
直近のお仕事はファッションテック系の会社でデータ分析をしたり、画像を使用した研究開発のお仕事をしています。
数年前にiOSエンジニアとして働いていた時期もあり、副業ではiOS/Androidのアプリ開発のお手伝いなどをしています。
昨今の働く環境の変化で、比較的女性に最適な働き方が出来るエンジニアへの転職が注目を浴びているみたいですので、私がエンジニアになるまでの例をご紹介します。

幼少期

私は福岡で生まれ育ちました。幼少期は父が呉服店を経営していて、よく着物の展示会に連れて行ってもらいました。今も着物に興味があるのは小さい頃から慣れ親しんでいたからでしょう。
小学校高学年の頃、経営していた呉服店が倒産し、一軒家からムカデが出る古いアパートに引っ越しました。漫画で見るような展開ですね。その頃、母が家を出て行きました。今でも母が大荷物を持って扉を開けて出ていく光景は鮮明に覚えています。
小さい頃の写真、寺田心くんみたいですね。

画像1

中学時代

中学では吹奏楽部に入り部活に明け暮れていました。
お絵かきや裁縫が好きだったので、友達のスカートを裾上げするというお仕事を生業としていました。報酬は当時流行っていたシールでした。懐かしい。あまり治安が良くない中学だったので、私が裾上げしたスカートたちはガラの悪い先輩たちの手によって無理やりロング丈に直されてしまいました。ぴえん。
塾には通わなかったです。ただ、勉強はしたかったので親に泣きながら頼み込んで進研ゼミを受けさせてもらった覚えがあります。

高校時代

片親家庭が多かった中学と違い、高校に上がると周りと違う自分の境遇に劣等感を抱いていました。昼休み、みんなはお母さんに作ってもらった弁当なのに、私だけ自分で詰めた冷凍食品弁当なのがすごく惨めでした。私には、母親がご飯を作ってくれる環境は当たり前ではありませんでした。
そんなほろ苦い弁当の経験を綴った作文を弁論大会で発表し、全校生徒の前でごくせんのヤンクミ張りの迫力で発表して最優秀賞を取りました。
今思うと、その経験が大人になってから人の心に訴える系の発表が得意になった根源的なものなのかなと感じています。

グループ 2

このように経済的に余裕がなかった我が家ですが、学資ローン的な積立金のおかげでなんとか国立大学には進学することが出来ました。感謝です。
事情を知っている高校の先生に参考書を借りたり、周りの大人たちに助けられて育ちました。

「消費税」と呼ばれた大学時代

父を1人置いて家を出るわけにはいかなかったので、大学は家から通える国立の工業大学に進学しました。選択肢は一つしかありませんでした。片親ならではの事情ですね。
工業大学を選んだ理由も「エンジニアは稼げる」という少々不純な理由が大半を占めました。

工業大学のため男女比率は総合大学の理系よりさらに下回り、差が激しい学科だと男性120人に対し女性1人でした。私の学科は1割ほど女性がいたのでまだマシでした。女性の比率がちょうど10%ぐらいだったので「消費税」と皮肉って呼ばれていました。(追記: 今は女性の比率が増えているそうです、すごい!)その頃は特に男性だから女性だからという感覚はなく、むしろ学業に関して性別はあまり気にしませんでした。

大学3年生になり脳科学系の研究室がとても気になったので入ることにしましたが、学部生は私1人でした。少々心細かったですが、他の研究室の学生と一緒に活動させてもらったのでとても楽しかったです。
研究室で初めて、今で言うAIやディープラーニングなどの機械学習に出会いました。人間の脳の情報処理の仕組みをプログラムで再現しようとするなんてとても興味深いと思いませんか?
その時の感覚が忘れられず、今のお仕事に繋がっています。

ジャズの話

中学から吹奏楽部でフルートを始めて、大学ではジャズ研でバリトンサックスを担当しました。バリトンサックスはフルートとは正反対の大きく低い音が出る楽器でした。とても飽き性なのでフルートとは真逆の物をやりたかったのでしょう。

ジャズ研では今のコミュニケーション能力の核となる物が育てられました。ジャズで幅広い年代の方と繋がり、縦と横たくさんのコミュニティに積極的に関わることが出来ました。他大学との交流もたくさんありイベントもあり、その頃にはもう今の幹事気質が鍛えられていました。
今でもOBバンドに所属して年一でライブをしています。

ですが、昨今のコロナの影響を受けライブハウスでジャズの演奏が出来なくなってしまいました。この状況をどうにか打開しようと、有志で集まり屋外ホールを貸し切り自分たちでフェスを開催してしまいました。
一番手前が私です。

画像2

この部活を通して、大人になってもまだ学ぶことが多いです。ですので、こういった部活も入ってみるといいよ。というのが私の意見です。

適当に済ませた就活の結果...

進路についてあまり深く考えておらず、とにかくどこかに入りたいという気持ちが強かった私は、就活はあまり真面目に行いませんでした。就活を一生懸命されてる方を見ると、すごくキラキラしていて少し気後れしてしまいます。

大学のキャリアセンターの室長のコネで福岡の組み込み系のソフトウェア会社に入りました。そこでは様々な会社に常駐していろんなプロジェクトを担当しました。

一番長かったのはロボット系の大手の会社で、モーター制御の開発をしていました。仕事内容も自分に合っていたので楽しかったです。そこでは派遣として入っていたのに、いつの間にか忘年会の締めの言葉を担当するような立場になっていました。謎です。

休職...

ロボット会社のプロジェクトが終わり、別の会社に常駐するようになってから、ずさんなプロジェクト管理のしわ寄せで長時間勤務が増え、夜眠れなくなることが多くなりました。精神的に不安定になり眠れず、睡眠は2時間ほどでした。ある朝出勤中に、急に目の前が真っ白になり駅で倒れてしまいました。
その後、もっと勤務時間の少ない会社に異動してもらったのですが、異動先もあまり環境が良いところではありませんでした。いろいろあって割愛しますがもう何だか耐えられず休職しました。

休職の3ヶ月の間に、お世話になったロボットの会社にお誘いいただいたのですが、大学の頃に感じた機械学習という学問への興味が忘れられませんでした。大学の恩師にお願いして、起業していた研究室の先輩につないでいただきました。そこではアプリ開発をしながら機械学習などの勉強が出来るとのことでした。その会社は今所属する会社に入るきっかけとなった会社でした。そこが人生の中のターニングポイントだと思います。これが2016年頃の出来事です。

Swift?

転職してからはiOSアプリの開発を担当しました。C言語のみしか触れてこなかった私は Swift のモダンな感じにとても戸惑いました。多機能なライブラリが揃っていてそれを理解するのにも時間がかかり、最初はとても苦労しました。そんな私に指導していた先輩はその倍以上苦労していたと思います。感謝です。

その会社には機械学習の研究をされている方が在籍していたので、業務後に大学の先生を呼んで勉強会を開いてもらうなど再び機械学習について学ぶ機会をいただけました。

M&Aでジョブチェンジ

その会社が今所属する会社にM&Aされるタイミングで、iOSエンジニアからMLエンジニアにジョブチェンジしました。
MLエンジニアって技術の守備範囲がとても広いんです。実装したアルゴリズムを実際にwebで可視化する状態(プロトタイプ)まで持っていかないといけなかったので、Python に始まり React.js・TypeScript、様々な言語を使ってプロトタイプを実装しました。
インフラ周りだと Docker を使ったり、自分の苦手分野と向き合うことも多々ありました。
業種としてはいわゆるフルスタック寄りのエンジニアになってきたのですが、私にはそこまでの強い技術力と専門性はなく、今もどこかでコンプレックスを抱いています。

キャリアについて

私は運良く今の会社でたくさんのサービスに関わらせてもらっています。
実際に自分が作ったアルゴリズムをサービスとして運用に持っていくことができました。開発にもメインで携わるようになりました。

そのくらいからプレイングマネージャーへシフトしていくようなキャリアパスを考え始めました。その理由も、プレイヤーとして専門的に進む自分を想像できなかったことが大きいです。マネジメントしながら半分プレイヤーとしていい塩梅で働く方が自分には向いていると感じました。

大学時代まであまり深く考えてこなかった男女の違いですが、大人になるにつれて否が応でも考えさせられる場面が多くなってきました。これから先、結婚して妊娠して子供を産んでと考えたときに、最新の情報をキャッチアップしながら技術を突き詰めることが私には難しいと感じてしまいました。

苦手なことをやるよりは自分の得意を伸ばした方が良いと、今まで培ってきたコミュニケーション能力を活かせるようなマネージャーへのパスを選択しました。

また、今の会社は全国どこでもフルリモート・フルフレックスのフレキシブルな勤務が可能な職場環境なので、今後のライフプランもとても立てやすく、このような会社が世の中に増えたらいいなと思います。

おわりに

特にMLエンジニアは女性が不足している分野の一つだと実感しています。
コアユーザーが女性のサービスでは、女性ならではの目線が必要な場面がたくさんあります。そのサービスのデータ分析や意思決定の場所に女性がいないのは大きな課題だと私は思います。
自分がそういったサービスの多様性の砦として、様々なユーザーに配慮したモノ作りが出来るよう精進していきたいと思います。

以上、長文となりましたがお付き合いいただきありがとうございました。

また、「どんな会社気になる」「ちなすけと一緒に働いてみたい」と感じた方がいらっしゃいましたら、是非とも Twitter に DM いただければ幸いです。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
china_syuke
ファッションテック系エンジニアです。コードに限らずいろんなモノを作ることが好きです。漫画/映画/ゲームが大好きなインドアです。特に漫画には人生を何度も救われてきました。涙腺弱めです。 https://twitter.com/china_syuke