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わたしがcakesの編集だったなら


フリーでライター・編集をしている少年Bと申します。

あさのますみさんのnoteを読んで、そして寄せられた意見やnote社への批判を見て、すごく考えることがありました。

ライター・編集の両方を経験している人間として、自分がもしcakesの編集者だったなら、あの時どうするのが正解だったのか……結論から言うと答えは出なかったのですが、個人的な見解や状況をまとめておきます。今後、自分もこのような状況下で編集者として、ライターを守らなければならない場面があるかもしれません。もし、このnoteを読んで、一緒に考えてくれる方がいたらうれしいです。

まだ読んでいない方は、以下のnoteを先に読んでおくことをおすすめします。

なお、この件に関しては本日12月14日、和解が成立したそうです。

※このエントリでは「自分がcakesの編集者なら」という視点で問題を考えていますので、極めて編集部の立ち位置に沿った視点で書かれています。ご了承ください。

※このエントリは個人の責任によるもので、所属組織とは一切関係ありません。


前提 続出する炎上。問われる姿勢

前提としてなのですが、note社は2020年8月から燃え続けていました。

最初の炎上は8月14日。2記事以上投稿したユーザーのIPアドレスが記事詳細ページのソースコードから確認可能な状態であることが判明しました。

この際の「一般的なIPアドレスから、個人情報を特定することはできません。」という説明は正直なところ、不適切かつ不十分と言わざるを得ないものでした。

グローバルIPアドレスからは都道府県、場合によっては市区町村レベルで場所を特定することが可能だそうです。5ちゃんねる等の名無しの投稿であればその説明でもわかるのですが、noteの場合はハンドル名+投稿内容+IPアドレスが紐づいています。多くのユーザーはTwitterアカウントとも紐づけているので、正直特定しようと思えばある程度まで絞り込むことができてしまうんですよね。

わたし個人は千葉県松戸市在住を公言しているため、特に問題なしとして使い続けていたのですが、これを問題ないと言ってしまうnote社、正直どうなの?とは思いました。そしてその後、note社の姿勢を疑問視される事件が続くことになります。


続いての炎上は10月19日。幡野広志氏がcakesで連載中の人生相談「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。」にて、ドメスティックバイオレンス被害者に対して「うそつき」呼ばわりをし、大きな問題となりました。

「こんな原稿よく載せたな」「書く幡野さんも幡野さんだけど、載せるcakesもcakes」「編集が機能していない」というような批判が多かったように感じます。こちらの記事の問題点に関しては後ほど。


さらに11月11日、cakesクリエイターコンテスト2020で優秀賞を獲得し、cakesの連載権を獲得した「夫婦で田舎の河川敷に住むホームレスのおじさん達を取材しているユニット」・ばぃちぃの記事が、1本目から大炎上しました。

実際に3年間取材の名目で支援活動を続けているというばぃちぃですが、

「ときどきそんな自分とは違う生き方を覗きに行きたい気持ちが生まれる」
「私たちはおじさんたちのような路上生活をしようとは思っていないし、現在のテクノロジーに囲まれた生活を続けていきたいと思っている」
「私たちが日常生活をしているなかでは触れる機会が少ない体験をおじさんたちを通してできるという刺激」

このような文章が並ぶ記事はまさに「ホームレス観察日記」とでも言うべきもので、取材対象に何のリスペクトも愛情もない(と、読者に思わせてしまう)内容でした。

「やらない善よりやる偽善」という言葉を信じるなら、実際ホームレスの方々に対して何も支援をしていないわたし(を含む大部分の読者)に彼らを批判する権利はないのかな、とも思うのですが、とにかく気持ちの悪い文章だな、と感じました。

わたしは「こんな記事を書く人間はいったいどんな思考回路をしているんだろう?頭を割って中を見てみたい」と思ったのですが、これは「ホームレス観察日記を書いている人間を観察する」という入れ子構造であり、cakesの意図がそこにあるならばめちゃめちゃ上手いな、なんてことまで考えてしまいました。そんなことは絶対にないんでしょうけど。

これは「読者がどう思うか」という視点が完全に抜け落ちた記事であり、「前回の炎上から1ヶ月も経たずに」、「この内容をそのまま載せてしまう」という点でcakes編集部への批判がさらに高まった印象があります。


本題のあさのますみさんのnoteが公開されたのは12月9日。実にnote社は5ヶ月で4回の炎上を経験しました。なお、翌日の12月10日にはcakesで2本の連載を持つ佐伯ポインティさんが炎上の影響による連載打ち切りを告白。5度目の炎上となります。月1回ペースの炎上ってすごいな……


なにが問題だったのか?

あさのますみさんのnoteでは

「cakesクリエイターコンテストで入選し、連載が決まった」
「しかし炎上を受け、開始直前だった連載が見送りになった」
「理由は『自死というセンシティブな内容を扱っているから』」
「原稿は12回分をすでに書き上げ、編集部のOKも出ていた」
「担当編集は記事を読みOKを出していたが、編集長はチェックをしていなかった」
「編集部の対応がずさんで説明が二転三転した」

ということが綴られています。

まず、最初の問題と言えるのはcakesクリエイターコンテストであさのさんを受賞させたことでしょうか。

cakesクリエイターコンテストは受賞者に連載権を与えるコンテストです。あさのさんの入賞作品は自死を扱う内容であり、連載も「自死」を扱うものになる可能性は十分にあると判断できます。結果として、あさのさんは連載のテーマにこの「自死」を選びました。

cakes編集長が一度は説明したように「掲載できないのは炎上のせいではありません。内容に問題があったのです」と言うのであれば、じゃあそもそもなんで受賞させたの?という話になります。

このcakesクリエイターコンテストでは3番目の炎上を引き起こしたばぃちぃの記事も入賞しています。結果発表は6月12日。この当時は炎上が起きていなかったこともあり「昨今のメディアが置かれる状況」を、note社自身も考えていなかったと思われます。とりあえずインパクトの強そうな、話題になりそうなものを選んだのではないか……と思えてしまうタイトルの記事はいくつか見受けられますよね。

ただ、この結果発表の時点では後に炎上するばぃちぃへの批判も特に見受けられなかったことから、「あの時選ばなければよかったのに」という意見は結果ありきのものに過ぎないと考えます。


続いての問題は「6月から書いていたあさのさんの原稿を、11月になっても編集長がチェックしていなかった」こと。

これは非常に大きな失態だと思われます。ただ、擁護をするわけではないですが、仕方がないのかなと思う部分もあります。

わたしが編集としてお手伝いをしている媒体では、各担当編集が赤入れをした記事に、さらに編集長が確認した上で最終的な赤字を入れ、ライターさんにお返ししています。すべての記事を確認し、責任を持つのは編集長です。

ただし、これは記事の配信が毎日1~2本の媒体だからこそできることかもしれない、とも思います。編集長もチェック専任というわけではなく、自分で記事を書いたり、他の業務を並行して行っており、傍から見ていても大変そうです。

cakesは毎日約10本の記事を配信しているメディアです。さらに編集長は2番目に燃えた幡野広志氏の担当編集でもあるそうで、ほかにも複数の記事を担当している可能性もあります。そうなると、すべての記事を確認していると、間違いなく業務は回りません。ウェブメディアでは専任の校正がいる会社のほうがまれでしょうし(置かなければならないとは思うんですけどね……)

あさのさんのnoteにも「cakesでは、基本は各担当に任せており、ゴーを出した企画について、原稿を細かく精査することはありません」とあったように、恐らく、各担当編集のみのチェックで公開されることが多く、編集長はそもそも見ていない原稿の方が多かったのかもしれません。

つまり、編集長が記事をチェックしていなかったことは致命的ですが、そもそもnote社自体がずっと「そういうもの」として運営を続けていたため、中にいる編集者はそもそも疑問を持たなかったのかもしれません。8年間ずっと問題が起こらずに、それで何とかなっていたのですから。

「cakesの編集素人かよ!」と怒ることは簡単です。でも、他のメディアの編集部でもcakesと同じような運用が一般的に行われていた可能性もありますよね。わたしは他の編集部に所属した経験がないので、note社以外の一般的な編集部での編集方針がどうなっているのかはわかりません。ほかの大規模な編集部でのチェック体制と比べてこれが「ありえない」ことなのか、正直わからないのですよね。


そして最後の問題は編集部の対応でしょう。担当編集、編集長、執行役員と説明が二転三転して、まったく社内での意思疎通が取れていないことがわかります。

note社のミッションは「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」だそうですが、「ここで創作をはじめ、続けられるか?」と広く思わせてしまったのが、何より致命的な事態を引き起こしてしまったのだと思います。

また、連載見送りの是非はともかくとして、あさのさんへの誠意のない対応が今回の最大の問題だったようにも感じます。


そもそも、寄せられた批判は正しいのか?

ただ、すごくモヤモヤしてしまうのは、あさのさんへの応援や、note社への批判として「書き手へのリスペクトがない」「作家を守る気がない」「あさのさんの文章が、別の場所で正しく世に出ますように」などといったものが多く目につくことです。

正直これに関してはわたしが編集でも連載見送りと判断するだろうと思いました。

正直な話、いまあさのさんの書いた原稿が他の媒体でそのまま載れば、絶対に炎上しないんですよ。あさのさんは被害者で、悪はnote社なので。仮にクオリティが低かろうが、「ちょっとどうなの?」という内容であろうが、大多数の読者としては「cakesに葬り去られるところだった原稿が救われた」喜びの方が勝つんですよね。

ただ、4ヶ月で3回炎上したcakesでそのまま掲載されていればどうだったでしょうか。ばぃちぃの炎上時点で「この内容をそのまま載せてしまうcakes編集部どうなの?」と言われており、すでに読者からcakes編集部への信頼はありませんでした。

ばぃちぃ同様、あさのさんまでも批判に晒され、より事態が悪化した可能性があることを忘れてはいけません。「それをなんとかするのが編集だろ」という意見は真っ当ですが、それができなかったから2件の炎上が続いたわけですよね。あさのさんの原稿の内容を見ていないので、絶対燃えるとも燃えないとも言えませんが、現実問題として、トラブル当時のcakesではあさのさんの原稿をうまく扱うのが難しい、いや、正直不可能だったのではないかと思います。

最悪の結果になりましたが、ある意味では「あさのさんを被害者にすることで、あさのさんを守った」とも取れるわけです。(もちろん、あさのさんやご遺族の方々の気持ちを考えると、これは決して擁護されるものではないし、そういう言いかたをするべきではないのは承知の上ですけども)


さらに、「一度完成させた原稿に手を入れるなんて」という批判に関しては、前述の幡野広志氏の炎上を思い出す必要があります。

こちらはまず、相談者のDV被害者を「嘘つき」と決めつけるような内容でした。こちらはもう、記事のスタート地点から問題なわけですよね。「嘘つき」と決めて文章が始まっているので、これをNGとするのであれば、幡野氏のこの原稿は完全にボツにして、完全にイチから書き直さなくてはならないことになります。つまり、原稿を葬り去らなければいけないわけです。単に7000円を渡して解決する問題ではない、ということはここまで読んだ皆さまならお分かりになるかと思います。

「書く前に構成案を作らなかったのか」と思いますし、構成案があって編集部がOKしたのなら、これはもう終わってるとしか言いようがないのですが、大御所のコラムニストであれば「テーマだけ決めてお任せで書く」ということもあります。これは仮の話になるのですが、記事が上がってきた段階で初めて内容を確認したのがDV被害者を「嘘つき」呼ばわりするあの原稿ならば、編集側では正直もうどうしようもないんですよね。

その結果あれだけの炎上を引き起こしてしまったわけで、そこで寄せられた批判が「編集部が何もしていない」のであれば、編集部としては「幡野氏の時の反省を生かして、記事に手を入れよう」となるわけですよね。そうすると「一度完成させた原稿に手を入れるなんて」「リスペクトがない」と批判されてしまう。じゃあ、反省を生かさなかったほうがいいのか?という話になります。

「『フィクションにしましょう』はそりゃあ客観的に見ればとんでもない提案だけど、「著者」と「会社」の両方を守るための妥協策という意味では、担当編集の方を一概に責めきれない………」そんなことをある編集者さんが言っていました。わたしはフリーなので、そこまでは考えつきませんでしたが、社員として働く編集者であれば、その立場でわかる部分があるのかもしれません。

じゃあ、どうすればよかったのだろう。

批判は簡単です。cakes編集部の対応もずさんだし、書き手に寄り添うようには見えない。何をやってるんだ、ふざけんな!そう言いたくなる気持ちは確かにあります。

ただ、もし自分がcakes編集部で働いていたとして、どうしたらよかったのか。その判断は極めて難しいなと思います。そもそも賞をあげなければ、以前の炎上がなければ……たらればの結果論ではいくらでも言えます。可能性の高かった炎上する世界線は「なかったこと」にもできます。

ただ、幡野氏の炎上時点でどう舵を取ればよかったのか、さらにばぃちぃが炎上した時点で、あさのさんとどう向き合えばよかったのか。

言葉と誠意を尽くして、真摯に対応したとして、精神的な部分ではここまで大きな問題にはならなかったかもしれません。でも、「結果」だけを見たらどうでしょう。掲載しても地獄、見送りでも地獄。この状況では、結局どちらにせよあさのさんを傷付けてしまうのではないか……正直、そんなことを考えてしまいます。

以上のことから、わたしが担当編集でも、「連載見送り」にはするだろうな、というのが正直なところです。となると、いくらやさしく、言葉で寄り添ったところで「連載が消滅した」という結果は何ひとつ変わりません。

ライター・編集者の立場から、あの状況であさのさんを傷付けずに、「連載を消滅させずに」解決する方法があるのだろうか。一生懸命に考えましたが、いまだにわたしにはアイデアが浮かびません。みなさんの意見も聞かせていただけたらうれしいです。


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