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うんちと、健康であることと、腸内細菌の話

健康かどうかは、うんちを見ればわかる。

便は健康のバロメーターであるという話は、科学的に証明されていることはもちろん、多くの人が体感として納得できる話だろう。

紀元前の世界で医師だったヒポクラテスは「すべての病は腸から始まる」と言ったそうだ。
そして腸の具合は、うんちに反映される。

では、うんちを見れば腸内細菌の状態もわかるだろうか?

その答えは半分くらいはYESかもしれない。

今日は「健康」「うんち」「腸内細菌」のキーワードで話を進めてみよう。

※本記事は「健康な腸内細菌(とマイクロバイオーム)について最新の知見まとめ」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、健康な腸内細菌とはどういったものか、より理解が深まります。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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健康であるって、なんだろう?

この段落は、私が個人的に健康の定義について気になって調べただけなので、興味のある人だけ読んでください。
うんちと腸内細菌の関係を早く知りたい人は、次の段落へ!

あなたは健康だろうか?
自信を持ってうなずける人もいれば、そうでない人もいるだろう。

何か特定の病気を持っているわけではないけれど、頭痛持ちだったり、花粉症だったりすることで、満点の健康状態ではないと考える人もいるかもしれない。

健康か否かというのは、実は厳密に定義するのが難しい。
「生命とは、物質が罹患した病である」と表現する作家さえいる。

健康の定義として提案されている中で比較的新しいものは、「年齢、文化、個人的責任に見合う生活において必要とするものを満たす、肉体的、精神的、社会的な潜在能力によって特徴づけられる動的な健康状態(‘a dynamic state of wellbeing characterized by a physical, mental, and social potential, which satisfies the demands of a life commensurate with age, culture, and personal responsibility’)」というものだ(1)。

なんだかまどろっこしいが、要は「日々の生活の中でそのときどきに応じて自分の求める、または求められることができる状態」といえるのではないだろうか。

では、もうひとつ別の問い。
あなたの腸内細菌は健康だろうか?
結論から言うと、この問いに答えるのは、腸内細菌の研究を最先端で行っている研究者でも難しい。

腸内細菌を含めたマイクロバイオームが、病原体としてだけではなく、実はそのコミュニティ全体として宿主である私たちヒトの健康を左右するものである。
そう認識され始めてからまだ20年ほどだが、その間に数えきれないほど多くの研究が行われてきた。
それでも、まだ腸内細菌の全貌をつかむに至るには程遠い。

そうは言っても、わかったことがゼロというわけではない。
各国が立ち上げたマイクロバイオーム研究のプロジェクトの数々は、目をみはる成果をあげている。
ここでは、そのほんの触りの部分をお伝えしたい。

うんちでわかる腸内細菌

繰り返す。
うんちは健康のバロメーターである。

個人的体感として、その格言には納得だ。
うんちがすっきり出れば気持ちよく一日が始められるし、それが立派なうんちだったときはなんとも言えない肉体的快感さえ覚える。(こめかみあたりがゾワゾワっとする感じ)

逆に、一日うんちが出ないだけでなんだかモヤモヤする。
朝にバタバタしている日や、風邪をひいた翌日なんかは、うんちが出にくい。
私は下痢をほとんどしないが、慢性的に下痢を抱える人もかなりつらい思いをしているだろう。

他にも、うんちの色、におい、形などの見た目である程度の健康状態を測ることもできる。
食べ物のカスの塊というイメージが強いうんちだが、実はその内訳の多くは細菌だ。

微生物に注目が集まるようになってから、当然の成り行きで「うんちの中の微生物も調べてみよう」という研究が始まった。
特に2005年頃に次世代シーケンサーという解析技術が生まれ、その単価がどんどん安くなるにつれて、これまでわからなかった微生物の顔ぶれを知ることができるようになった。

現在「マイクロバイオーム」「マイクロバイオータ(微生物)」と名前のついている研究のほとんどは、細菌を対象としている。

ヒトに常在する細菌の中でも圧倒的に多いのは腸内細菌だ。
腸内細菌と言っても、腸の中に探索隊を送り込んで細菌を採ってくるのは大変なので、多くの場合はうんちの中の腸内細菌を調べている。

そして研究者たちは、その種類ごとの構成比や特定の細菌の有無によって、病気の原因や健康な腸内細菌の共通項を探そうとしている。

ここで少し注意しておきたいのは、うんちの中ではマイナーな細菌でも、腸のどこかでは主人公として働いているかもしれないという可能性だ。
統計学的には小さなファクターは無視されてしまうこともあるが、大きな視点と小さな視点の両方を持ちながら、腸内細菌を見つめていきたい。

健康な腸内細菌とは

前置きが長くなってしまったけれど、本題に入ろう。

健康な腸内細菌を探すための研究は、もちろんほとんどの場合「人間と共生する腸内細菌たちが人間の健康にどのように寄与しているか」という点に重きを置いている。

ここでいう「健康な腸内細菌」というのは、あくまでもヒト本位の考え方だ。
「微生物レベルの世界で見た腸内細菌たち自身のコミュニティの生態学的な健康度合い」という意味とは必ずしも一致しない場合もあるかもしれない。

ただ、腸内細菌たちが長い歴史のあいだヒトの体を選んで棲んでいるのには、彼らにもそれなりに利点があるはずだ。
このような関係を「相利共生」と呼ぶ。

腸内細菌が健康であるとき、以前紹介した腸内細菌の働きをはじめとしたヒトと菌たちの共存共栄状態が正常に機能するのである。

上記で述べた「微生物レベルの世界で見た腸内細菌たち自身のコミュニティの生態学的な健康度合い」という考え方を少しだけ掘り下げておきたい。

腸内細菌たちの目線から見て、自身のコミュニティ(菌社会とでも呼ぼう)が健やかであるとはどういうことだろうか。

生態学的に言って、ある生態系が「安定である」(健康、強い、撹乱されにくい)ためには、環境的な変化によるストレスへの耐性(resistance)、ストレスによる撹乱が起きたあと、平衡状態へと戻る力(resilience)(2, P611)の2つの要素が必要とされる。

そして、多くのマイクロバイオーム研究では、種の多様性も生態系の健康度合いに貢献していることが示されている。

これらの微生物目線に加えて、ヒトとの共生という文脈で細菌たちの健康度合いを語るとき、さらに2つの要素が付け加えられる。

ひとつは動的であること。
つまり、私たちの健康を守る1セットの決まった腸内細菌のメンバーやその働き方があるのではなく、私たちの体の状態(つまり細菌たちにとっての外的環境)に応じて、柔軟にあるべき姿を変えられるということだ。
これは、小腸移植後の患者の腸内細菌構成における嫌気性と好気性の比率が大きく代わり、その後もとに戻った事実を見てもよくわかる。(3)

もうひとつは、ヒトが健康に生きていくために必要な機能(コアな機能)を満たすこと。この点についてはあとの記事で詳しく述べる。

【まとめ】健康な腸内細菌の5つの条件

  • 環境変化へのストレス耐性(resistance)

  • 乱れた状態からの回復力(レジリエンス、resilience)

  • 多様性(diversity)

  • 動的であること(dynamic state)

  • 生きていくために必要な機能を満たす(core function)

来週は「どんな腸内細菌なら健康なのか」をより詳しく見ていくとともに、腸内細菌の個人差などについても触れていく。

次回「統計ではなく、「私の」腸内細菌たちは健康なんですか?

1. Bircher J. Towards a dynamic definition of health and disease. Med Health Care Philos. 2005;8(3):335-341. doi:10.1007/s11019-005-0538-y
2. Bäckhed F, Fraser CM, Ringel Y, et al. Defining a Healthy Human Gut Microbiome: Current Concepts, Future Directions, and Clinical Applications. Cell Host Microbe. 2012;12(5):611-622. doi:10.1016/j.chom.2012.10.012
3. Hartman AL, Lough DM, Barupal DK, et al. Human gut microbiome adopts an alternative state following small bowel transplantation. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106(40):17187-17192. doi:10.1073/pnas.0904847106

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