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FMTは長期的に見ても安全? 〜ドナーの疾患リスクと糞便微生物移植〜

以前の記事で、FMT(糞便微生物移植)をより安全に行うためにドナーに課されている検査を、各国の考え方とともに示してきた。

検査では主に感染症に関わる項目が特に重視されているが、問診などで現在抱えている疾患がないかどうか、既往歴があるかなどもかなり厳しく訊かれる。

でも、ドナーが病気を発症していない場合でも、患者に移行すると長期的な視点でリスクのある細菌やウイルスなどもいるかもしれない。

微生物とさまざまな非消化器系、非感染性疾患の発症リスクの関連が示されており、FMTがそれらの非感染性の疾患に有効であることが示される今、FMTでは「ドナーが将来なるかもしれない病気」のリスクまで受け継ぐことになってしまうのだろうか?

病気リスクではなくとも、体型や性格など、意図せぬドナーの特徴を受け継ぐ可能性だってゼロではないかもしれない。

そこで今回は、微生物の中でも研究の進んでいる細菌に絞って、FMTの長期的なリスクをどのように考えていけばよいのか考えていきたい。

ただし、FMTはまだ普及から間もない方法であり、長期的な追跡が不十分であるうえに対象疾患が非常に限られている。
また、倫理的な観点から行えない試験も多い。それを認識したうえで、いくつかのホットトピックを見ていこう。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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発がん性のある可能性のある細菌はうつるのか?

これまでに、がんにかかわるとされている腸内細菌が何種類かいる。

胃がんと関連するヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)は別格として、
大腸がんとバクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)、
大腸がんとフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)、
大腸がんと遺伝毒性物質のコリバクチンを産生するpks+大腸菌(Escherichia coli)(1)など、
腸内細菌の棲み家である大腸でのがん発生との関わりがよく研究されている。
(参考:腸内細菌と「がん」の関係 論文まとめ

こういった細菌群は、ただちに病気になるものではなく、がん患者の腸内で保菌率が高かったり、将来がんを発症するリスクがあがる可能性があると報告され始めた菌たちだ。
彼らをリスク細菌などと呼ぶと、善玉菌悪玉菌の二の舞いになりかねないので、便宜的に彼らを一旦「いかつい細菌」と呼ぶことにする。

では、FMTのドナーがこれらのいかつい細菌を保有していた場合、レシピエント(患者)にはリスクがあるのだろうか?

日本の便バンクJapanbiome®では、ドナーに対して腸内細菌の16S rRNA解析を実施し、その構成をスクリーニングしている。このスクリーニングには、がんやその他の生活習慣病とかかわると考えられるいかつい細菌を一応モニタリングする意味合いも含まれている。

ここで「一応」とつけたのは、がんの発生リスクがあると考えられているのは、上記の種の中でも「毒素産生株」というごく一部のタイプだけである場合が多いからだ。

加えてドナーバンクの世界的なガイドラインでは、ドナー選定の際に検査すべきであると明言されているのは感染症や耐性菌のみだ。

こういった背景から、ドナー検査ではいかつい細菌のスクリーニングを行わない場合がほとんどだ。

ここで、FMTによってリスク細菌がレシピエントに移行するかどうかを検証した研究を二例紹介する。

研究1:再発性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症に対する糞便微生物移植中の潜在的発癌性細菌の伝播と排除

ひとつめの研究(2)は、アメリカのジョンホプキンス大学のチームが発表したものだ。

彼らは、再発性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(rCDI)に罹患した11名の小児(18歳未満)を対象にFMTを実施した。
7例は家族ドナーの便、4例はドナーバンクの便を利用している。

その際、ドナーと患者両方において下記3種類の細菌を定量PCRで測定した。

・エンテロトキシン産生Bacteroides fragilis
・Fusobacterium nucleatum
・コリバクチン産生pks+Escherichia coli

患者からはFMT後2-10週間、10-20週間、6ヶ月後のタイミングで便を採取している。
その結果、11名中4名において少なくとも一種類の細菌が移行し、そのまま維持されていた。

これは、ドナー由来の細菌が移行したことを示唆している。
感染した事例のうち1例は全ゲノム解析を実施して、患者に移行した細菌が本当にドナー由来のものかを確かめている。

逆にいかつい細菌が陰性のドナーから移植を行うと、患者がもともと持っていたそれらの細菌が排除される場合もあるようだ。

研究2:FMTはrCDIにおける発がん性E.coliに影響を与える

オランダ便バンクの研究チームが発表した後ろ向きコホート(3)では、rCDI患者に対するFMTにおいてpks+ E.coliに関して以下のようなことが確認された。

  1. pks+ E.coliが陽性の患者が、同じくpks+ E.coliが陽性のドナーから便の提供を受けると、患者のうち89%はFMT後もpks+ E.coliを維持したままだった。

  2. pks+ E.coliが陽性の患者が、pks+ E.coliが陰性のドナーから便の提供を受けると、72%(18名中13名)はFMT後にpks+ E.coli陰性化した。

  3. 逆にpks+ E.coliが陰性の患者が、pks+ E.coliが陽性のドナーから便の提供を受けると、患者の20%(5名中1名)にpks+ E.coliが移行した。

これら2つの研究から立てられる仮説はなんだろう?

  • いかつい細菌は、ドナーから患者に移行して定着する可能性がある。(ただし確率はさほど高くなさそうだ)

  • 逆に、FMTによっていかつい細菌を排除できる可能性もある。(ありがたいことにこちらは確率が高い)

  • その「排除」は、どういうわけかドナーのいかつい細菌が陽性の場合にも起こり得るらしい。→ドナー由来の細菌とレシピエントの細菌が出会うと何らかの反応が起こり、いかつい細菌の居場所がなくなる?

肥満のドナーはNGか?

肥満がうつるかどうかについて、別記事に書いた。

ドナーの性格はうつるのか?

ドナーの性格がうつるかどうかについて、別記事に書いた。

非感染症は感染症になりうるのか

ここまで見てきたがん、肥満、性格(うつなど)は、感染症ではない。

感染症というのは、病原性のある特定の細菌やウイルスなどの微生物がある個体からある個体へと移行することで病気になるというものだ。

典型的なものでいうと、風邪、インフルエンザ、A型肝炎、腸チフス、エボラ出血熱などで、日本ではその症状の重さによって一類から五類に分けられる。

けれど、これまで非感染性の疾患だと思われていたものが、たとえばFMTなどによって「うつる」のだとしたらどうだろう。
感染症という言葉の定義を考え直さなくてはいけなくなるかもしれない。

ニキル・ドゥランダハルという医師は、ウイルスが肥満の原因ではないかと仮説を立て、ニワトリ実験でそれを証明した(4, P111)。
肥満はさまざまな病態の結果のひとつであり、原因はひとつに絞れるものではない。
それでも、肥満が感染症かもしれないという可能性は、私たちの背筋を寒くさせるのに十分だ。

ただし、今のところドナー由来の細菌によって病気が引き起こされるという確かな証拠はないし、もしそんなことがあり得るとしても、FMTという特殊な方法でしか感染しないのであれば、現在の感染症とは別の扱いをするのが妥当だろう。

今後の研究に期待できること

もしドナーの中にいる微生物がレシピエントに新たな疾患リスクを生じさせる原因になる可能性があるとすれば、私たちはFMTに対してどのように接していくべきだろうか。

ドナー検査としてのアプローチ

まず、ドナーの問診を非常に厳しくする方法がある。
もし研究によって明らかなリスク因子があると証明されている微生物が見つかったら、ドナー検査の基準として取り入れるのだ。

FMTのコストがさらに高くなるうえに、ただでさえ希望者が少なく、さらに採用率の低いFMTにおいて、ドナーの需要と供給のバランスを見極めるのは難しいところだが、現代の医学はリスクを好まない。

うつりやすいレシピエントを明らかにする

他に考えられる方法は、レシピエントによってドナーの検査基準を厳しくする方法だ。

現在でも免疫抑制状態の患者に対してはドナーの検査基準を厳しくしているガイドラインもあるが、例えばレシピエントが乳児の場合など、腸内マイクロバイオームが未発達の場合にも注意が必要だろう。

ドナー由来の細菌を生着させるために(治療効果を高めるために)、抗菌薬を併用したり複数回の移植を行う場合もあるが、これも逆に言えばドナーの望ましい微生物もそうでない微生物も生着させるということになるかもしれない。

ドナーの中にいるときは病原性がなくても、患者に移行すると病原性を発揮しはじめる微生物がいるかもしれない。

FMTはほんとうに必要なときだけ行う

これを言ってしまうと元も子もないような気もするけれど、FMTは命にかかわる病気や、患者のQOLが非常に下がっている場合に限るという考え方もある。
すべての治療法が厳しい臨床研究や治験を経て正式な治療になるのは、ある程度長期的なリスクの見極めも兼ねているのだろう。

予防的に、あるいはサプリメント的にFMTを実施するようになる未来は、まだまだ先のことだろう。

FMTは(いい方向にという但書がつくかもしれないけれど)レシピエントの腸内生態系を乱す行為でもあるのだ。
ひょっとしたら、奇跡の薬と言われた抗生物質のように、裏の副作用がある可能性もある。

ちょっと脅すようなことを書いてしまったけれど、抗菌薬が緊急時の大切な薬であるように、FMTも目の前の命を救える可能性を秘めた有力な治療法であることは忘れないでおきたい。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら

1. Pleguezuelos-Manzano C, Puschhof J, Rosendahl Huber A, et al. Mutational signature in colorectal cancer caused by genotoxic pks+ E. coli. Nature. 2020;580(7802):269-273. doi:10.1038/s41586-020-2080-8
2. Drewes JL, Corona A, Sanchez U, et al. Transmission and clearance of potential procarcinogenic bacteria during fecal microbiota transplantation for recurrent Clostridioides difficile. JCI Insight. 2019;4(19). doi:10.1172/jci.insight.130848
3. Nooij S, Ducarmon QR, Laros JFJ, et al. Fecal Microbiota Transplantation Influences Procarcinogenic Escherichia coli in Recipient Recurrent Clostridioides difficile Patients. Gastroenterology. 2021;161(4):1218-1228.e5. doi:10.1053/j.gastro.2021.06.009
4. Collen A, アランナコリン. あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた. 河出書房新社; 2020.


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