ダイバーシティ&インクルージョンも大事ですが、その前に腸内細菌の多様性を語りたい
ダイバーシティ&インクルージョンという言葉をよく聞く。
ダイバーシティ(多様性)を認め合うだけではなく、その多様な違いを活かしてみんなイキイキ&キラキラ生きようよ! という方向性のことだと私は理解している。
よろしい。
大変よろしい。
多様であることは、その集まりが強く、しなやかで、居心地が良いことを示している。各々に居場所があって、競争よりも「共創」なんてカッコつけてみたり。
でもちょっと待ってくださいよ、と言いたい。
腸内細菌を含めた微生物たちの世界も多様であり、さらにその多様な個々菌が活躍することで、ヒトも菌もハッピーな、本当の意味でのインクルーシブな生き方が実現するんじゃないでしょうか。
というわけで、今日からダイバーシティ&インクルーシブの話をするときは、私たちの体の微生物たちのことも思い出してあげてくれると嬉しいです。
※本記事は「健康な腸内細菌(とマイクロバイオーム)について最新の知見まとめ」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、健康な腸内細菌とはどういったものか、より理解が深まります。
腸内細菌が「健康」であるための条件(おさらい)
この文章を読んでくださっている方は、腸内細菌たちの働きが私たちの健康を左右する非常に重要な鍵であることをすでにご存知の方が多いだろう。
そして、病気や不調の改善に腸内細菌が役立ってくれるかもしれないことも。
以前の記事では「健康な腸内細菌とは 〜基礎編〜」として、人によって遺伝子よりも大きな個性がある腸内細菌たちを、その生態系が健康であるか否かを定義することがどれほど難しいかを長々と述べてきた。
うんざりして読むのをやめてしまった方もおられるかもしれない。
応用編の今回では、定義が難しいなりにも、健康な腸内細菌を判断し、目指す上でなんらかの指標がほしい方になんとか満足していただけるような内容にしたい。
健康な腸内細菌の条件を生態学的に考えると、5つの条件があることを以前の記事で紹介した。
【健康な腸内細菌の5つの条件】
環境変化へのストレス耐性(resistance)
乱れた状態からの回復力(レジリエンス、resilience)
多様性(diversity)
動的であること(dynamic state)
生きていくために必要な機能を満たす(core function)
わかりやすいようにリストにしたが、実はこれらの5要素は並列ではない。
多様性はストレス耐性やレジリエンスを高める大きな要因になるし、そのためには動的である必要がある。
生きていくために必要な機能を満たすことも、長期的に見れば1,2,3の要素が欠かせない。
腸内細菌の多様性はなぜ重要か
腸内細菌の集団において多様性が高いと、生態系のストレス耐性やレジリエンスは高まり、その生態系は安定する(1)。さらには、一般的には宿主であるヒトの健康にも寄与する(2)。
多様性という概念は奥が深く、難しいものでもあるので、他の機会にしっかり考えることにして、今回はとにかくたくさんの種がいることのメリットを3つに分けて考えてみたい。
”functional redundancy(機能の冗長性)”
まずひとつめ。
以前の記事で腸には4,000〜5,000種くらいの細菌が棲んでいるとお伝えしたが、私たちにとって「生きていくのに必要な機能を満たす」という点だけで考えれば、そんなに多くの機能の種類はない。
つまり、多くの細菌が担う役割が「ダブっている」のだ。
これは”functional redundancy(機能の冗長性)”と呼ばれていて、何重にもかけられた保険のように私たちを守ってくれている。ある細菌が腸から消えてしまっても、別の細菌がその役割を担う。
免疫力としての役割
次にふたつめ。
実は、腸内細菌たちには私たちの免疫力としての役割もある。
彼らの多様性が損なわれるということは、それだけ手持ちの武器が減るということでもある。つまり、私たちは病気にかかりやすい体になってしまう。
どこか遠くにいる病原体に対してだけではない。
普段から私たちのお腹の中にいる菌たちが、多様性の喪失とともに急に悪さをするようになることもある。まるで、部長と課長が会議に出ているあいだだけ威張りだす係長みたいに。
そのような菌たちを研究者たちは”pathobiont(日和見病原菌)”と呼ぶこともある。
菌たちは網目状のバケツリレーのように働いている
みっつめ。
気にするべきは感染症だけではない。
腸内細菌の多様性が低いと、肥満や炎症性腸疾患、糖尿病(Ⅰ型Ⅱ型問わず)などの疾患にかかるリスクを増している可能性もある。
菌たちは、それぞれが独立して単一の役割を担っているわけではない。
網目状のバケツリレーのように、複雑に作用しあっている。
参加者の半分が欠席している穴だらけのバケツリレーでは、本来の仕事の半分もできないだろう。
失われてゆく多様性
人間社会では、昨今さかんに多様性という言葉が叫ばれている。
「違いを認め合う」という趣旨で使われることの多いこの言葉は、生物学では違った意味合いを持つ。
生物の世界において、多様性とは保険であり、役割分担であり、自分を他と差別化することで自分の領域を持つことである。
権利や幸福度やビジネス効率とは違ったところで、多様性とは生命のあり方そのものなのだ。
しかし今、微生物の多様性が失われている。急速なスピードで。
アメリカとベネズエラ、マラウイに住む人たちの腸内細菌の種類を数え上げて比較した研究では、アメリカ人の持つ腸内細菌の種類は15から25%も少ないということがわかった(3)。
これは、現代の都市生活が衛生的なために微生物が減っている(常在菌も病原菌も)というふうに解釈できるのだろうか? あるいは、抗生物質の過剰使用や食生活などの影響で、必要な微生物たちまでもがどんどん消滅してしまっているということだろうか?
事実をどのように解釈するかという問題は、科学につきまとう課題でもある。
けれど、多様性が失われることのリスクを考えれば、四の五の言っている場合ではないのではないだろうか。
300人ほどの肥満とそうでないデンマーク人の腸内細菌を比較した研究では、腸内細菌の多様性と肥満に相関があることが示されている。
細菌遺伝子の数で言えば、最も多くの細菌遺伝子を持つ人と比較して、その他の人々は40%も少ない遺伝子しか持たず、彼らは肥満傾向にあったという(4)。
多様性が大切なのはわかったところで、次回の記事では悪玉菌・病原菌について話を掘り下げてみたい。
会社には多様な人材がいるほうがいいけれど、サボったり、悪事を働く人は採用したくないものだ。
細菌たちの世界でも、疎まれる菌たちがいる。
彼らはこの世から消え去ってしまうべきだろうか?
次回「悪玉菌と呼ばれる菌たちとその役割(「悪」を抱えて生きること)」
1. Flores GE, Caporaso JG, Henley JB, et al. Temporal variability is a personalized feature of the human microbiome. Genome Biol. 2014;15(12):531. doi:10.1186/s13059-014-0531-y
2. Turnbaugh PJ, Ley RE, Hamady M, Fraser-Liggett CM, Knight R, Gordon JI. The Human Microbiome Project. Nature. 2007;449(7164):804-810. doi:10.1038/nature06244
3. Yatsunenko T, Rey FE, Manary MJ, et al. Human gut microbiome viewed across age and geography. Nature. 2012;486(7402):222-227. doi:10.1038/nature11053
4. Le Chatelier E, Nielsen T, Qin J, et al. Richness of human gut microbiome correlates with metabolic markers. Nature. 2013;500(7464):541-546. doi:10.1038/nature12506
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