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意味しかない

それこそもう

海に飲まれてしまいそうな駅で

言葉にならない気持ちを

波に流していた


小綺麗な格好の老紳士が

ぼくの傍にやって来て

『早く帰んなさい。

長くここにいてはいけないよ。』

と言う


潮風にあおられた前髪を避けながら

いぶかしく紳士を見ると

『こういう所は

皆、同じ様に“そういうもの”を

流しに来るんだよ。

だから 流したら早く帰んなさい

他の誰かのを持って帰らないように。』

ぼくが聞き返す前に

老紳士は波打ち際に歩き出してしまった


顔についた砂を払って立ち上がり

老紳士の背中に

『あなたは?』と叫ぶ


振り返った紳士は

その海に溶けていくように霞みながら

『もう手遅れだよ。』と返した



『青年、水辺の恋は叶わない

必ず終わりが来るんだよ』


老紳士の別れの言葉が

今も耳の奥で響いている


その日のことは

見たまま そのまま

今となっては

意味しかなかった














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