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5. 二度と開かないと決めた本


小学校3年生までひとりっ子だったわたしは、近所に気の合う友人がいなかった事もありあまり外で遊ぶ活発な子ではなかった。
どちらかというと 一人で想像に耽ったり、本を読んで過ごしたり、当時はエレクトーンを習っていたのでそれをずっと弾いて過ごすことが多い、そんな小学生だった。


わたしには、とても大好きな祖父母がいる。祖父は若い頃の無理がたたり、母が小学生の頃、クモ膜下出血 左半身不随となった。そんな祖父を献身的に介護していた祖母の姿は、幼いわたしにとって、とてもカッコよく強く見えたものだ。

そんな祖父が脳出血を再発したのが、わたしが中学生の時だった。熱が下がらず、たくさんの管が身体にささっていて「 これでも人間なのか 」と思ったほど。
状態が変わらず昏睡状態が続き、母と祖母は病院で付き添い。わたしと妹は一旦帰るようにと言われた。

まだ妹は保育園児。祖父の状態も分かっていなくて無邪気に 「 絵本を読んで 」とねだってきたのを覚えている。その絵本が『 ぐりとぐら 』だった。

大きなカステラを焼いて森の仲間たちが集まってくる…といったシーンだったと思う。家にはわたしと妹しかいないはずなのに、玄関が開く音がした。見に行っても、玄関は閉まっていた。その後も何度かそれを繰り返した。

陽も傾き始めて、心細くなったのを覚えている。でも幼い妹の手前、そんな素振りは見せたくなくて、ピーンと糸をはった状態というのだろうか。崩れそうな心を必死に保とうとしていた時、電話がなった。


玄関の音から五分も経っていない。


電話越し…無言が続いた。
祖父が息を引き取った。


わたしは正直、一旦帰るようにと促した母を恨んだ。母のせいで死に目にあえなかった。大好きな祖父を看取る事ができなかった。
今思うと、そこにいたいと言わなかったのは自分だ。母を責めることは間違っている。が、稚拙なわたしには そうする事でしか自分を保つことができなかったのかもしれない。

人が死ぬ ということ。
非現実的であり現実的な事象に、心がついていかなくて、大好きな祖父に対する周りの対応に敵意をむきだした。
きっと周りの人たちは わたし以上に必死だったのだろうに そんな事は考えられなかった。


祖父の死を受け入れることにさほど時間はかからなかった。


しかし ひとつだけ変わってしまった事がある。あの日以来『 ぐりとぐら 』のあの本を読むことはなくなった。妹にせがまれる事は何度かあったように思うが、あの本だけは読まなかった。いや、“ 読めなかった ” という方が正しいのかもしれない。

さっき 「 祖父の死を受け入れることにさほど時間はかからなかった 」と書いたが 本当はこれっぽっちも受け入れていなかったのかもしれない。ただ…忘れようとした結果 受け入れたように感じただけだったのかもしれない。


先日、たまたま通りかかった本屋のディスプレイに絵本が並んでいた。その中にあった、あの本を見て祖父のことを思い出した。
あの日の記憶、あの日の空気、あの日の張り詰めた心、あの日…


今になってはっきりと分かった。


思い出したくなくて、自分の中で「 読めなくなった本 」という位置づけをしたのだ。
大好きだったあの本。わたし自身が保育園児の頃に買ってもらった本を、年の離れた妹に読み聞かせをした本。祖父の入院中、祖父の隣で読み聞かせをした本。祖父の死に目にあえなかった時に読んだ本。


理由をつけて、受け入れたふりをして悲しい気持ちに蓋をした。

本屋のディスプレイに並んだそれは、他のそれらよりもずっと特別に見えた。祖父が亡くなってもぅ何十年と経った今でも そこに拘る自分がいることに気づいた。


わたしは、なにも変わってはいなかった。
あの絵本だけが現実で わたしはまだ非現実の中にいるのだ …
と。


子を身ごもり育児について考える中で、読み聞かせを大事にしたいな と思う自分がいる。
生をもって死を受け入れることのチャンスかもしれないと、そう思えた。


今度、あの本を開いてみよう。
あの本にだけ現実を押し付けているのは申し訳ない。あの本と一緒に現実を受け入れよう。

#あなたに出会えてよかった


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