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失業! 豪州馘首顛末記

2020年9月、人生初の失業を体験した。それもリストラ。事の顛末を記録しておこう。

不吉な電話

9月14日、月曜日の朝。私はアパートの屋上で日を浴びながら読書をしていた。

すると電話がかかってきた。勤め先のホテルグループの人事担当者からだ。ホテルの人事刷新のため、明日個別面談をするとのこと。真っ先に頭に浮かんだのが、

これ、リストラに間違いないよな。

一応、そうではない可能性についても思いを巡らせたが、それ以外ありえんわ。

「あーあ、ついに来るべきものが来たか。」

予期はしていたが、ずんと大きな石が腹の底に落ちたような気がした。

今は何も出来ないので、首を洗って明日を待とう…。

事の始まり

私は、シドニーの某ホテルでコンシェルジュをやっている(あ、「やっていた」か…)。かなり大きなホテルで、普段はとても忙しい。コンシェルジュの部署は、ドアマンやポーターを含め、全部で30名ほど。私はそこでナンバーツーのポジションだった。

ところがパンデミックワールドがやってきた。オーストラリアでは規制が未だにかなり厳しいおかげで、感染者数は一部地域を除いてかなり押さえられている。

それは大変良いことだが、ホテル業界にとっては大打撃だ。オーストラリアの場合、旅行規制が大変厳しい。実質海外からの旅行者はゼロ。国内旅行だって州をまたぐのはまだまだ不可能な場合が多い。

そんな状況なので、大きなシティホテルはワーストポジションで、どこも苦況にあえいでいる。特にウチのホテルは部屋数も多いし、沢山の会議場、宴会場を抱えていてそこからの収入も大きかったので、更に被害が大きくなる。私もこの4月からずっと休職、自宅待機となっていた。

現在特例で、政府が休職になっている労働者の給与を一部肩代わりしているので、これまではホテルも大規模なリストラをしなくてもやっていけたが、今に至ってもホテルの営業は全然好転していない。遅かれ早かれリストラをするだろう、という覚悟はずっとしていた。

死刑宣告(?)

火曜日の面談はもちろんオンラインだった。ちなみに、このような大事な(=悪い)ニュースを伝える場合、立会人の参加が認められる。私はどうせ言われることは予期していたのでひとりで臨んだが。

予想通り、ホテルの経営が厳しいため、私のポジションを維持する理由、維持できる可能性がないので私とホテルが結んでいた契約を解除すると言われた。

平たくいえば、クビになったわけだ。

こういう場合、こちらにも反論の機会は与えられる。まあそれなりにフェアだ。でももちろんオレを解雇しない理由や方策があればこっちが知りたいくらいなので、残念ながら仰せのとおりですね、と言うしかない。

一つだけお願い(要求)したことは、解雇される日付についてだ。会社側はその週の金曜日、と指定してきたのだが、私の場合、来週の月曜日で勤続5年となる予定だったので、せめてそれまで延長してほしい、と伝えた。

それというのも、このホテルで働き始めた際に、最低5年はきっちりと仕事をしたいと思っていたからだ。

オーストラリアでは、いい待遇の仕事を見つけたり、仕事が気に入らなかったりすると皆気軽に転職、退職をする傾向があるが、それは嫌だな、と思っていた。このあたり、やっぱり日本人のDNAだ。

それがほんのあと3日で達成できないのはどうもスッキリしないな、と思ったので、これだけは言っておこうと。

どうせ処刑されるなら名誉の死を選ばせてもらいたい、なんてね。

面談は、こちらが「もう、しゃあないなあ」と思って特に文句や反論もなかったので、ものの10分ほどで終わった。もちろんがっくりしたが、4月からずっと自宅待機で、先行きもはっきりしない宙ぶらりんの状態で何ヶ月も暮らしていたのはやはり精神衛生上よろしくない。

悪い結果だが、とにかく白黒はっきりしたのでさっぱりとした、というのも事実だった。

クビになる日付については、その日の午後に回答があり、私の望みが叶えられた。月曜日に満5年勤務をもって私の契約が消滅するということになったのだ。

少しだけだがPersonal Victory を得ることが出来たのでうれしかった。実はこの3日は他の点でも大事な意味を持つので、これについては後述する。

使わないにこしたことのない用語

さて、今回聞く・使う羽目になった、英語で仕事を辞める、辞めさせられる際の言い方。

カジュアルな言い回しだと、FireとかSack といった単語がまず頭に浮かぶが、これは会社側が辞めさせる場合。この言葉だと、なにかしくじったり不正をしたりしてクビにする、という語感で、いい印象は持たれない。フォーマルな単語だとDismiss と言う。"You are fired!!" って誰かさんの決り文句だったなあ…。

Resign、 Quit という言葉は、被雇用者が自分の意志で辞める場合に使う。"I quit my job" という言葉は仕事を変えることの多いオーストラリアではしょっちゅう使われている。

今回のように、会社の都合で解雇する場合(いわゆるリストラ)は、オーストラリアではRedundancy という言葉を使う。アメリカ英語だと、Lay offと言うのかな?そういえば、レイオフ、とカタカナで使いますね。
"I was made redundant" The position was made redundant など。

もちろん、人生の中でこんな言葉を使わずに済むのなら、それに越したことはない。

先立つモノについて

さて、オーストラリアで解雇されるとどうなるのか。

幸いにして、こちらでは労働者の権利はかなり守られていて、このように経営が苦しくなった会社が一部の社員を解雇する場合の流れや補償制度は、法律できちんと定められている。

まず、誰かを恣意的に選んで解雇することは違法である。これはどういうことかというと、会社が「コイツ、使えねえから辞めさせちゃえ。そして誰かを新しく雇うか!」ということができないのだ。そういえば面談の際も、ホントかどうかは別として、今回の決定はあなたの仕事の実績、態度などとは全く関係ないですからね」と念を押された。なんか男女の別れ話で、"It's not you, it's me." なんて言うのと同じですね、知らんけど。

また、解雇をちらつかせて肩書(と、サラリー)を下げることも違法である。極端に言えば、このような場合では、たとえ本人が「減給でもいいから働きます!」と言っても原則不可能なのだ。

話がずれるが、会社の経営が苦しくなると、ナンバーツーって格好のリストラ目標なんだよなあ。部署のトップを切るのはさすがにリスクやダメージが大きすぎるが、ナンバーツーは、会社が忙しいからこそトップを補佐するという意味で必要とされるポジションだ。
なのでホテルに閑古鳥が鳴きまくっているような現況では、存在価値がなくなってしまう。

また、管理職だからサラリーも一般社員に比べると高いわけで(それでも安月給だけど)、これもこういった場合にはマイナス要因となる。

さらに、私のポジションは一人だけというのもリストラするのに好都合なのだ。というのも、複数の社員がいるポジションをリストラする場合、誰を解雇するのか、というのは会社側としてはとてもデリケートな問題である。もしそこに少しでもグレーな理由(人種とか性別とか年齢とか…)があると、不当解雇で裁判沙汰になる可能性がある。この辺はオーストラリア、かなりうるさい(まあこれが当たり前なのだが)。

われわれは、こういうケースをナンバーツーの呪い、と冗談で言っているが、まさに私がその受け手になってしまったのだ。実際に他のホテルでも、ナンバー2が解雇されたケースがいくつかあった。

話を戻し、このような事情で解雇する場合、会社はRedundancy Payという、いわば手切れ金を支払わなければならない。これは法律で定められているし、仕事を始めた際の契約書にも明記されている。

給料の何週間相当にあたる金額が支払われるのだが、勤続年数が多いほどその額が増える。

私の場合、勤続年数が4年以上5年未満だと8週間分相当、5年以上6年未満だと10週間分相当の給与額が支払われることになっている。

これに加え、未消化の有給休暇も退職時には支払われる。私の場合、オーストラリア文化をしっかり実行し、有給休暇はかなり取っていたので、大した額は支払われないが、これも実は5年勤続ということになると大きな差が出た。

というのも、5年以上勤務した社員の場合、Long Service Leave という有給休暇が更に上乗せされ、これも未消化なら支払われる。もちろん私の場合使う機会もなく解雇されるので、まるまる支払われるわけだ。会社からの通知では大体4週間相当の額になっていた。

最後に、会社側が解雇する場合は最低でも1ヶ月前に通知する義務があるので、今回の場合はその1ヶ月分の給与も支払われる。

というわけで、それなりにまとまった額の金額が支払われるはずだ。それにしても、私の場合たかだか3日間解雇日が伸びただけで、支給される額に大きな差が出たので、結果としては金銭的にもとても助かった。

以上が会社から支払われる謂わば手切れ金だが、それに加え、国からも失業手当が支給される。これはきちんと仕事を探しているということを証明すれば継続して支払われる。
この手続は自分でやらなくてはいけないので(オンラインで出来るけど)、さっさと進めなければ。

ということで、このような全く嬉しくない一件ではあったが、良くも悪くもきちんと法律、契約にのっとってドライに進められたので、ドロドロとした人間模様を見せつけられたり、不当に解雇された、と思わせる仕打ちを受けた、といった気にはならないのがせめてもの救い。

自分としても、ホテルがそうしなくてはいけない状態なのは明白だし、自分を憐れむ気持ちはもちろんあるが、このような通達をしないといけないホテルの人事担当者はストレスを感じるだろうな、と慮ることが出来るようになったのは、personal growth かな、と思った。

さて、これから

今の気持ち?あまりにも色々な感情が渦巻いていて自分でもわからない。幸か不幸かこれまで失業したことがなかったので、船から大海原に放り出されたような気持ちだ。

残念なのは、休職したまま仕事を離れるので、同僚や上司、ホテルの他のメンバーときちんとあいさつができないことだ。同じ部署のメンバーとならどこかで集まって飲む、ということはできるだろうが、やはりきちんと制服を着て、ホテルのロビーで仕事を終えたかった。

ホテル業界が回復するにはおそらく数年はかかるだろうから、再雇用への道はかなり厳しいだろう。かといって私の場合、ホテル以外で働いたことがない、そのホテルでもコンシェルジュという狭い世界でしか働いたことがないから、つぶしが効かなすぎる。

これまではスペシャリストというプライドを持って働いていたが、こうなってはそんなものは紙切れ以下の実体がないものだったというすごいリアリティを突きつけられた。

それでも、戻れるならあのホテルワールドに戻りたいよ、やっぱり、ぜったい。

五十路にして失業、これはかなり悲惨だ。でもまあ、生きてりゃ色々あるわな。何事もいい経験と捉え、自分を磨く時間としよう。

I will survive.