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とある大病院の「朝8時前、正面玄関前ルール変更」について

2020年9月25日。

その日はXLの大腸がん手術の日でした。8時30分に病室を出て手術室に向かう予定だったので、僕は「8時15分に来てください」と言われていました。

気が急いていたせいもあって7時45分頃に京都府立医科大学附属病院につくと、正面玄関前には扉が開くのを待つ、ものすごい数の人たちが群がって長蛇の列をなしていました。

8時にならないと扉が開かれないことを僕はそのときはじめて知り戸惑いましたが、入ってあそこを通ってエレベーターに乗って……とイメージしてみると、どうやら間に合いそうだったので少し安心して緊張を緩めました。

おそらく人がドドドと入らないように順番に整理券を取る仕組みがあるのですが、そこには外来患者用のそれしかなく、なるほど、僕のような手術の立ち会いに呼ばれたものは、きっと別枠で案内されるんだな、と考えました。

それにしてもドドド防止がコロナ対策なのだとしたら、この密密な群衆(しかも何らかの病気や不調を持った人たち)のことをどう理解したらいいのだろうと、少しおかしな気持ちがしました。

8時前にひとりの病院職員さんが姿を現すと、ほっとしたような雰囲気が漂うと共に、「病人を外で待たせるのか!」と怒り出す人もいたりしました。職員さんは「間もなく扉が開きますので整理券の順番にお入りください。整理券を持っておられない方はこちらにございます」と、努めて冷静に、でも大きな声で繰り返していました。なんせともかく、そこには本当にたくさんの人たちがいたのです。

するとひとりの女性が職員さんに近づき、「手術の立ち会いに来たんですが、どうしたらいいんでしょう?」と尋ねる声が聞こえてきます。つまり僕と同じ立場のその方に、職員さんはこう言いました。

「整理券の順番通りに入ってもらえれば間に合います」

先にも書いた通り、診察を受けに来た身でない僕たちには、そもそも整理券が存在しないのです。そのことを女性が職員さんに訴えますが、おそらく大勢の人たちを前にして、また扉が開く8時をもう直前にして、ひとりの人の言葉を聞く余裕のない職員さんはもうそれきり、その方の相手をしようとはしませんでした。

すると8時になり扉が開き、更に何名かの病院職員が姿を現し、「1番の人、お入りくださーい」と混乱のないよう、ゆっくりと誘導をはじめます。

けれど手術の立ち会いに来た僕たちが呼ばれる様子はありません。整理券もなく、また別ルートもないことを理解した僕は、とっさに病院の中へと歩みはじめた列に紛れ、つまり素知らぬ顔でズルをして(いやズルではないんですが)、するすると院内に入り、急ぎXLの待つ病室へと向かおうとしました。

あ! あの人はどうなっただろうか? と後ろに目を向けたその瞬間、大勢の人たちを誘導する病院職員の横をすり抜けるようにして院内に駆け込み、そうしてそのまま僕の目の前を駆け抜ける、切羽詰まったような、その人の姿がありました。

僕は予定どおり、8時15分にはXLの傍らに立ち、Facebookに寄せられた最新の応援メッセージを読み上げたり、「目をつむったら終わってるから」と何度も繰り返し伝えたりしました。そして8時30分を待たずして、彼は看護師さんに呼ばれ、病室を出て、手術室へと向かったのです。

あとはもう、ただ待つだけです。

でもあのとき、僕にズルをする図々しさがなく、整理券がないからと列の最後に回ってなんかいたら、手術前の彼を励まし、手術室へと送ることはできなかったかもしれません。現にXLは予定時間よりも早く病室を出ることになりました。それにあの、病院内に必死に駆け込み、僕の前を全力で駆け抜けた女性のあの姿は、やっぱりちょっと見過ごせるものではありませんでした。

手術をする人はもとより、手術までを、手術のときを、そして手術の結果を何もできずにただ待つ身も非常に苦しいものです。

場合によっては命を落とすことだってあり得ますし、手術室へと見送るその瞬間が今生の別れになるかもしれない。

僕は事の顛末やこうした思いをまずは看護師さんに伝え、そして「医療サービス課」という部署を教えてもらいました。

警戒心ムキムキで現れた医療サービス課の方に、僕はシステムの改善を求めました。こうした事態は今日だけではなく、毎日のように起こっているはずだ、と。

「ご意見としていただき、検討します」という回答は予想どおり、検討だけされても仕方がないので僕はその人に名刺を手渡し、「検討の結果どうなったかを連絡してください」とお願いしました。

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それから1週間、10月2日。

それまで全く音沙汰がなかったので、僕はXLに水などの必要物資を届けたついでに、再び医療サービス課をたずねました。前回よりも更にものものしい感じでふたりの職員が現れたのには何の意味があったのか分かりませんが、とにかくその後どうなったかを尋ねると「同じことが起こらないよう改善することになった」と言います。それは良かった!!! でもなぜ教えてくれなかったんですか? 

「ちょうど今、ついさっき決まったからです」

思わず舌を引っこ抜いてそのまま手術室に放り込んでやろうかと思いましたが、いやいや、彼の言う奇跡的偶然がないとは限りません。ごめんなさい、僕は一瞬とっても酷い気持ちをあなたに向けてしまいました。ともかくそれが嘘であろうと本当であろうと、人の生き死ににも関わりかねない状況が改善されることのほうが大切です。じゃあいつから? を問うても虚しさばかりが募りそうだったので、「改善が嘘じゃなければいいなあ」と願いながら、その日はそれ以上突っ込まず帰ることにしました。

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そして今日、10月22日。

今日はXLといっしょに病理検査の結果や今後の治療方針を聞きに来たのですが、正面玄関付近にたくさん掲示されたポスターを見てびっくり! そして、ああ良かった!! 本当に「8時前、正面玄関前ルール」は(以前よりは)分かりやすく整理され、「病院からの呼び出しの方」が優先的に並べることが明記されていたのです(下の黄色い紙には整理券を取ってもいいとも書いてあります)。

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謎に威圧感たっぷりに仁王立ちされたりしましたが、こんな大きな大きな病院が、小さな小さな一市民の声に真摯に耳を傾け、具体的な改善に繋げてくれたことがとても嬉しかった。

これでもう、ただでさえ不安でいっぱいの、手術直前の近しい人に寄り添い励ます人が、切羽詰まって病院に駆け込んだりする必要はなくなるはずです。

おかしなことに「おかしい」と言うのは面倒くさいし勇気も必要なことです。でも人が人である限り失敗はするものだし、人も組織もルールも近ければ近いほど客観性を失ってしまうもの。逆にどれだけ良い仕組みであってもメンテンナンスを怠れば、そのうち不具合だらけの、ただの形骸化したシステムに成り下がってしまいます(全てがそうとは限りませんが)。

諦めず、訴えること。

改めてその大事さを思った出来事でした。



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