「埋もれた研究」発掘の一環で,100の研究アイデアを妄想して分析したら見えてきたこと【予備調査・方法論編】
要約すると
「斜め上方向」という研究アイデアについては「知の先端」とは言えない分野であり,研究者の余力やリソースの不足から表向きの研究はできず,ひっそりと進められていることが多いという実態があります。
そのため,他者にこのアイデアを誘発するための問いかけや質問(プロンプト)を考える必要があります。たとえば,「もし自分の身体がもう1人分あったらどんな研究をしたいか」などといった問いかけを通じて新たな発想を引き出すことができるかもしれません。また、異世界転生や時間・空間の移動といった仮想の設定を通じて研究の可能性を考えることも有効です。
さらに、アイデア・イメージメモの作成や定量的な分析手法(コレスポンデンス分析・外れ値分析・クラスタリング)を用いて研究アイデアを分類した上でメタクラスタに統合し,それぞれのメタクラスタに含まれるタグの共起関係から各メタクラスタの特徴をつかみ,「斜め上方向」の研究アイデアの特徴をつかみながら,そのような研究アイデアの外化を促すプロンプトを考えることも重要です。
研究アイデアの「斜め上方向」の展開を試みる
詳しくは【理論編】
に譲りますが,「斜め上方向」の研究アイデアとして想定しているのは
余力があれば研究者としても手を回したいが,いかんせん「知の先端」とはいえない分野なので優先順位は下がるし,自分の労力や予算などのリソースが足りず手が届かないどころか記憶の彼方に行ってしまう研究群
アカデミックポストの立場上そのテーマで表向きは研究することはできず,「夜の研究」としてひっそり進めている研究群
アイデアの学際性ゆえ,どこの分野の研究としてアウトプットすればよいかわからないまま世に出せないでいる研究群
「こんなことを考えているのは私だけ?」と思ってしまい,思いつきはするものの外化することもなく眠ってしまう研究群
といったものです。
他者からこれらのアイデアの産出を誘発するためには,他者への問いかけや質問(プロンプト)を考える必要があります。たとえば
自分の身体がもう1人分あったらどんな研究をしたいか
「もう1人分」を「もう10人分」「もう100人分」と人数を変えてみればまた違う発想も出てくる可能性もある
もし自分自身が学者として「異世界転生」できるなら,どのような世界がよいか
もし小学生の頃に戻れて,学者を目指すとしたら何をするか
もし大学生の頃に戻れたら,大学でまず何を学ぶか
使える時間と予算を気にせず研究できるなら何を研究するか
誰にも理解されなくてよい研究ができるなら何を研究するか
時間・空間の移動が自由にできるならいつ,どこで研究したいか
「競馬のレース結果を過去の人に知らせる」的な,単純な「過去からみた未来の先取り」発想にならないように設定に注意が必要
いまの自分と異なる立場で研究するなら何をどのように研究するか
たとえば大学教員ならば,会社勤めしながら空いた時間に趣味で研究する場合を考えるなど
あなたが数量的なデータで研究する立場の場合,もし仮に物語的なデータを重視する研究をするとしたら何を研究するか
立場が逆なら逆にする
あなたが人間や社会の活動に注目して研究する立場の場合,もし仮に世界の成り立ちや自然の摂理に注目して研究するなら何を研究するか
立場が逆なら逆にする
といったものは思いつきますが,ほかの角度からのプロンプトが考えられないかと思い,まずは私自身で研究アイデアを引き出すことで
「斜め上方向」の研究アイデアとは具体的にどのようなものといえるか
その「斜め上方向」の研究アイデアはどのようなプロンプトを投げかければ,他者から引き出すことができそうか
を考えようと試みました。
アイデア産出に用いた思考のツール
まず,私自身の中にあるこのようなアイデアを100個外化してみようと考えたのですが,プロンプトのない状態から外化しても「斜め上方向」のアイデアを思いつくのは困難であろうと考えたため,次の思考のツールを応用しました。
アイデア・イメージメモ
詳しくは以下の本(以下『コトのデザイン』で言及)に譲りますが,アイデアのアウトプットのフォーマットや「こんなことを考えているのは私だけ?」と思うアイデアでも外化することの重要性,個人的な不満の裏返しから発想を出発させる点など,参考にした点は多数あります。
わたしたちのウェルビーイングカード
「斜め上方向」への発想を広げるためには,自分だけではなく他者にとって「よい状態」(ウェルビーイング)を念頭に置く必要があると考えました。その上で,「こんなことを考えているのは私だけ?」という自分の内側発の疑問だけでなく,「なぜほかの人はこれが『よい状態』と考えるのだろう?」という自分の外側発の疑問も「斜め上方向」への発想に採り込もうと考えた際に,このカードが非常に役立ちました。
この背景にある考え方については,以下の本も参照しています。
アイデア産出の手順
次の手順でアイデア産出を試みました。
わたしたちのウェルビーイングカードを1枚引く。
引いたカードの内容について次のことを考える。
カードの内容について,いま何が不満かを書き出す。
「しなければならないが,できていないこと」に注目する。
「ついやってしまいがちだが,してはいけないこと」に注目する。
「世間の大人がお好きなマジックワード」(例:SDGs,DX,……)に惑わされず,できるだけ肌感覚で語れる問題に着目する。
「そんな不満を持つのは自分だけだろう」と思うことでも,あえて不満として書き出す。
その不満を裏返したものが願望といえるので,次のことを書き出す。
周りからどのような助けがあれば願望が叶いそうかを考える。
願望を叶えたはいいものの,その弊害はないかを考える。
遠い未来でもいいので,できていて欲しいことに着目する。
この準備をもとに研究のアイデアを妄想して,『コトのデザイン』を参考にアイデア・イメージメモをまとめる。
アイデア・イメージメモの内容を説明するキーワードになるタグを付ける。
これを100回繰り返し,アイデア・イメージメモを100個作成する。
「しなければならないが,できていないこと」「ついやってしまいがちだが,してはいけないこと」というのは人間の葛藤と自制の根源のようなもので,このような葛藤を感じることの中に研究のシーズがあるのではと考えました。以下の本に触発されたアイデアです。
なお,終盤でほとんど引けていないカードの存在に気づいたこともあり,最後はランダムではなくほとんど引けていないカードのキーワードから発想を始め,すべてのカード(キーワード)について最低2回はアイデアを出す,という形をとりました。
100の研究アイデアの分析
産出されたアイデアの見方をどうするか考えた結果,次のような定量的な分析を行う方向で考えてみました。
分析にタグを用いたのはアイデアの内容(ほぼテキストです)を形態素解析するアプローチがうまくいかなかったためですが,分析方法が見えてきたら内容まで踏み込んだ分析もできればと思っています。
「100の研究アイデア×タグ」の共起行列をつくる。
1. の共起行列に対してコレスポンデンス分析を行い,内容から判断して3軸を取り出す。
2. の結果から,3軸におけるアイデアの分布に対して次の操作を行う。
まずIsolation Forestを用いて,外れ値にあたるアイデアをいったん除外する。
外れ値ではないアイデアに対して階層的クラスタ分析(ウォード法,ユークリッド距離)を行い,内容から判断して9個のクラスタに分ける。
9個のクラスタについて,3軸の原点からの距離の中央値(目視で正規分布していないのは明白なため)をとり,その中央値の差についてクラスカル・ウォリス検定を行う。
3. の検定結果に基づき,9個のクラスタを3個の「メタクラスタ」に統合する。このメタクラスタをたまねぎにたとえて,原点から近い順に「芯」「葉」「皮」と呼ぶことにする(後述)。なお,「皮」については1. の手順で外れ値と判断されたアイデア群と原点との距離の中央値に差がなかったため,「皮」には外れ値も含めることとする。
これら3つのメタクラスタに対して,含まれるタグの特徴について分析を行う。
この分析の結果については【予備調査・結果と考察編】に示します。
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