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Re: 【短編小説】ミライ労働MITAKA City

 目が痛い。
 一日中モニターを眺めていた目が夕方になると悲鳴を上げ始める。俺の眼球が真っ赤なトマトの様に完熟していく。熱を持って腫れ始める。
 目を閉じて眉間を摘む。すると破裂したトマトが瞼の皺から溢れては世界を右に傾けていく。
 汚れた世界だ。洗った方がいい。


 スギ花粉で真っ黄色になった湯船に取り外した目玉を入れてゆすぐ。ワイヤレス眼球に買い替えておいて良かったと思うが、ケチらないでヒートシンクも付けておくべきだったと後悔もしている。
 やる後悔とやらない後悔、どっちがマシだったのかなんてのは死ぬまで分からない。今だってそうだ。煙草を吸ったり止めたりして何になる?
 つまらない死に方をするのは分かってるんだ。馬鹿げている。だったら幾つかの事件を起こしてから頭にダイナマイトを巻き付けて火をつける方が良い。
 まるで映画を見終わった高校生みたいな話をずっとしている。

 でも思うんだ。
 司法にレディースデーがあるうちに殺しておくべき人間たちを殺しておくべきだったし、外出が自由な時代に火をつけておくべきだった。
 山を燃やしておくべきだった。
 それが出来ないなら死んでおくべきだった。脳死でもいいから意識を失っておくなら考えずに済んだ。恨みが残る心臓や脳が焼き切れる前に、奴らが俺以外の誰かに殺される前に。
 いや死ななくてもいい。
 奴らが苦しんでくれたらそれでいい。奴らの復讐が怖いから殺すだけだ。半殺しで止める技術は習っちゃいないから無理だ。だから苦しんで欲しい。


 とにかくそうやって山に火を放ち、ひとの頭に辞書を落とし、ようやく俺の人生から荷が降りた気になってきたところでまた問題が掘り起こされる。
 するとウンザリした気持ちでまた火を放ち、ひとの頭に辞書を落とす。

 あぁ、目が痛い。
 今もスギは成長を続ける。去年ついに牛久大仏より大きくなったらしい。俺が見てる画面のそれはリアルかディープフェイクか判別はつかないがつける必要も無い。
 インターレースとプログレッシブに押し潰された景色は今日も晴れだ。
 最後に雨が降ったのはいつだったか、でも俺はもう昨日の晩飯も覚えていない。
 無理もない。
 合成の肉、合成の野菜、合成の管物、合成の牛肉、それに作りたての水は焦げ臭く体に悪そうな微温さで流れ込む。
 いつもと同じ曜日ごとのメニュー。
 管理センターのアップデートはされないままだ。責任者は行方を眩ませたっきりだ。
 繰り返される週7回の朝昼晩。
 終わらない8年前の夏。


 軍用のレーションが配給される地域もあるらしい。それに比べたらここはまだマシかも知れない。それでも違うものを食べてみたいと思う。昔マンガ雑誌で見た未来は数粒のカプセルと綺麗な水だった。
 窓から見える景色は暗く、今日も太陽が故障している事を知る。
 暗いドームの天井を太陽が行かない日は気が落ち込む。
 レール整備士になれば良かったと思う。年に5人は火傷で死ぬらしい。だがここじゃ病んで飛ぼうにも窓も篏め殺されたままだ。
 だから窓も塞ぎたい。
 貼る新聞は黄色くなって崩れた。
 死のうとしたって死ねるもんじゃない。死ぬことすら高望みになった。

 
 暗いドームの消えないネオンは10年物の点滅を繰り返し、15回に1度のフリッカーでだけ浮き出るアドレスにアクセスしろ。そこに唯一のドラッグがある。目から取り入れる新種のヤツだ。安心しろ、血液反応は無い。
 お前は誰だ?
 鏡に写った顔に訊く。
 お前は誰だ?
 通信は終わらない。電波だ。頭にアルミホイルを巻き忘れた。脳みそと言う臓器に多大な影響が出るかも知れない。俺は試したことが無いが俺の脳みそがその成れの果てだ。
 そうやってネオンを見続けた目が焼けて結局は赤く熟れたトマトみたいに弾ける。
 脳みそは灰色に沈黙したままだ。痛いとも痒いとも言わない臓器。
 取り出して見たことも無いしそこに俺のヘッダーは無い。
 奴らが俺のドラッグで飛んで奴らが俺のドラッグで病む。


 俺は供給を止める。
 だから奴らは死ぬ。よくて狂う。
 それだけだ。
 暗い太陽、レールの整備士。年に何人が死ぬかも覚えていられない。
 俺にはもう目も要らない。
 脳に直結したボロボロのノート。広辞苑とか言う辞書より分厚い積み重なったノート。
 それはまるで精神の嘔吐。漏斗で注ぐ言葉たちの暴挙。
 いいか、あのネオンが次にフリックしたら目を凝らせ。そこに俺のノートがある。接続して飛びたきゃ好きにしろ。
 俺はここにいる。白いオフィスの端、白いデスクの前、埃っぽいカーペットの上でキャスターの壊れた椅子に座る。
 窓の外は今日も雨だ。
 最後に晴れたのはいつか忘れた。
 暗い空はいつも夜だ。
 俺は宙吊りでレールを整備する。そして今は落下の最中だ。

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