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記録写真

こんばんは、すばるです。

さいきん雨降りが続いてて、水やりの必要がないのでお花とか野菜とかの記録をしてないのですが、ピーマンは8センチくらいまで育ってます。

今日は、得意でもない文章で写真についてお話ししようかなって。


昔はもっぱら撮って出しばかり公開していた私でしたが、最近は色味などなど調整するなどしてからツイッターに写真載せてます。

お気に入りだとこの辺。

たぶん、嫌がってすらいたんだと思う。

タイトルの通りに、わたしは目に見えた景色を記録したくて写真を初めて、『レタッチ』と呼ばれるそれらは、情報操作のような、記憶操作のような、そんな感じに思っていて、なんなら邪道とすら感じてた。

他人がやることに関してはなんとも思わないけど、自分がやるのだけは絶対に認めたくなかった。

いや、この時点で他人に対してもなんらか気持ちはあったんだろうけど。


でも最近は、それに対して気持ち良さすら感じていて、いつからこうなったのかと言われればわからないんだけど、手のひらを返したかのように、他人のレタッチに対しても関心を持つようになった。


写真を、作品として・表現として、使うようになったんだと思う。

いや、もちろん頭の端に、『数字を稼ぐために……』みたいなあんまよくない考えはあるんだけど、そりゃあこっちの方がみんな見てくれるなら、そうするもんね。

でも、やっぱり、作品とするのであればその写真に雰囲気を纏わせた方が、それが出るんですよね。

1枚目のアジサイは、暗いところはグッと落として、かつ明暗差を出し、マットな質感にすることで、儚さというか、湿度的な、もったりした雰囲気が出てきた。
これはその日が曇り空だったことも影響してる。

わりとよく見る表現ではあるし、人と同じことがわたしは嫌いなんだけど、そればかりはしょうがない。

儚いとか湿度的だとか、そういう印象はきっと、今までこういう表現を使ってきた人たちの写真に感じたものだろうから、それを出そうとしたらわたしには真似するしかなかったんだと思う。

2枚目のレンガとヘデラは、ちょうど夕日の差し込む時間だった。

その感じを出したくて、シャドウにも暖色を乗せた。
光は黄色く。
わりとうまくいったと思ってる。

そしたらなんとなしに、わたしにしては多い100を超えるいいねをもらえて、ああ、伝わったんだなって感じた。


もちろん伝わらなくていい写真も載せる。
たまに、撮って出し。

お気に入りは、好きなようにレタッチ。


記録写真なんて、ないんだなって思う今日この頃。

好きな写りになるカメラを選んだり、好きな画角で撮れるレンズを選んだりしてる、その選ぶ過程で、すでに記録したい方法が選ばれていて、人間の脳みそと同じ記録なんか、できないんだって。

複製できるのはデータだけ。

同じ場所で同じ景色を見る人がいたとしてもそれぞれに違うのに、それを、人間と同じ性能を持たないカメラにもお願いしようだなんて、無理な話なんだなあ。


これからも記録写真という名前は変えないでおこうって思うけど、記録写真に対する考え方が、変わってくるかもしれない。


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いろんな情報をノートにまとめる感覚でやっていきます。中学2年生の頃、国語の先生に「すばるさんは要約が上手やね」と言われたのが印象的ですがきっかけではないです。
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