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童話:あぶくのはなし

さよならとこんにちは
さよならとこんにちは
彼女らはそれをくりかえすのでありました。
さよならとこんにちは
さよならとこんにちは
それは彼女らの日々のうたでもありました。

あぶくの彼女らは、際限なく生まれてはじけて消えてゆき、あぶくの抱いていた空気ははじけた先でお空に溶けて、雲にのまれて、雨に溶けて、またあぶくの生まれるみずたまりにもどるのでした。

ゆたかな森のおおきなぶなのおひざもと、
雨が降るたびうまれるきのこのはたけがありました。
まいどまいどにふるたびに、きのこはたくさん生えるので、日々の命の尊さを、知ってるぶなでも目をつぶるほど、かれらはいつでもおおぜいでした。
いつでもかれらはみじかくうまれ、いきるのです。
とあるきのこが、いつもどおりにふるあぶくにききました。

ねえすてきなおねえさん、なんでいつでもそんなふうに、ずっとずっとうごいているの。ぼくはきみと、はなしたい。すこしたちどまってくれないか。

きのこがそんなことを、あぶくに望むのは見当違いのことでした。
からだごと、循環つづける希有な種類のいきものに、からだを与えられてそれごとに、それぞれを生きる多くの種類のいきものは、まるで早さも、長さも、なにもかも、違っているのでお互いに、わかりあえるはずもないのです。

でもそれでも、そのときにきのこにつかまったあぶくは、そのきのこの顔を見て、なぜだか話を聞いてやろうかしらという気になったのです。

ああかわいいきのこちゃん、わたしのなにが
きになるの。そこからひとつも動けないのに、動き続けるわたしのことを、呼び止めるなんてすこうし傲慢ではないかしら?

あぶくはきのこよりもずっと、長くいのちを生きています。
さまざまな、うつわに宿り、生まれ変わってゆくいきものとは、まるでちがう時間のいきものです。
その生の儚さを哀れんでいるうちに、長く長く時間を過ごすうちに、あぶくは自分こそが傲慢に生きていたことに気づかなくなっていたのでした。
たしかに、あぶくの日々は忙しいものでありました。
そして、すべてのうつわを生かすための循環という使命もあわせてもっているのでした。
きのこはそんなことつゆほども知りません。
知りえもしません。

ぼくはあなたに恋をしました。
どうぞそばにいてくれませんか。
あなたとともにいるために、ぼくは生まれた気がしてならないのです。
ぼくの恋人になって、おくさんになって、ずっとそばにいてほしい。
ぼくのいのちはそれだけでかまわないのです。

あなたのいのちはそれですむでしょうけれども、わたしのいのちはどうなるのかしら?
だれかのそばにいることが、いのちの営みと仰るんであれば、あなたはわたしに、わたしのいのちを捧げよとおっしゃるの?
その、なんだかわからない、恋というもののために?
だいたいにしてあなたは、わたしのなにをお知りになってそんな熱に浮かされてしまったのかしら?

あぶくは早口につぎつぎ尋ねましたけれども、きのことあぶくの時間はずいぶん違いましたから、きのこにはあぶくのその早口は、ゆっくりとしたトリオのメロディのように聞こえました。

ああそんな甘くて透明な音色でぼくをいじめないでください。
恋とはなんだかわからないものです。
どうしてもあなたがほしくてほしくて、手に入らないのならばぼくは生まれても仕様がなかった。

きのこはまるでしゅんとなって、もうしおしおとしゅぼんでちいちゃくなってしまいました。
あぶくは忙しく日々の生まれ変わりにもどりました。

なんだったのかしら、彼は。

すこしの濁りを湛えてまたあぶくは、土に潜り、川に流れ、海へ戻り、空へ向かい、雲に紛れて、また地面に落ちました。
それを繰り返しているうちに、彼女のすこしの濁りはもう綺麗に濾過されて、
さよならとこんにちは
さよならとこんにちは。

実際あぶくに恋をするいきものは、毎日あとをたたずに生まれていました。
きのこも、苔も、ばらの花も、白いたちも、くじらだってそうでした。
あぶくは日々日々、忙しく、恋を一身に受けながら、たまに恋の甘い告白に気まぐれに受け答えをしてみたりしながら、
さよならとこんにちは、
さよならとこんにちは。

そんなあぶくの恋を濾過するのはいつでもやわらかな地面でありました。
その畑からはいつでも豊かなみのりがひとのためにもたらされ、そんな畑からとった作物を食べすぎると、ひとは恋に狂うのです。
よりにもよってたくさんのいきものの、焦がれたきもちは、咀嚼するにはなんとも美味たる滋養なのであります。

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