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【小説】冬の日の話

 明日はこの冬一番の冷え込みとなるでしょう、というニュースを耳元で聞いている。最近はラジオアプリでどこでも情報を得られるのが便利で、よく使っている。検索すれば済む話をぼんやり耳で聞いているのが楽しい。なんというか、時間がかかる手段なのがいいのかもしれない。
 確かに、日が沈んでからいつもよりぐんと冷え込んだ。東北の実家を思い出させる空気に、つい牧のことを考えた。向こうはダウンコートなしでは過ごせないだろうし、雪も降っただろう。白鳥だって降り立つ時期だ。一瞬帰ろうかなと思考が過るが、一番の冷え込みと聞いては足が鈍くなる。
 このところ撮影補助で忙しくてろくに休みがなかった。仕事があるのはありがたいことだが、毎日の外出でくたくたに疲れているから休みたい。どれくらい忙しいかと言うと、インスタを開く暇すらなかったくらい忙しかった。時折更新のある牧の写真を見るのが楽しみだというのに、それを確認する暇がなかったのは厳しかった。
 自宅最寄りの駅まではあと一時間弱あり、遅い時間ですかすかの座席に身体を預け、アプリを立ち上げる。読み込みをする間の暗い画面にくたびれた自分の顔が反射して、つい苦笑してしまった。明日は髭をなんとかしよう。
(意外とまめに更新してるんだよな……)
 牧は二日に一回を目安に写真をぽつぽつと公開している。
 愛犬である黒柴のごま次郎の写真か、気が向いたときに撮られる地元の風景の写真か、ごま次郎のやったいたずらの記録写真くらいだが。
 最新の写真に、ふと笑みが漏れた。黒柴を模したふかふかのスリッパを履いた牧と、足の間にちょこんと座るごま次郎の後頭部が並んでいる。真上から撮ったらしく、ごま次郎の顔は見えないが足の間におとなしく収まっている様子はかわいい以外に言いようがない。
(……いや、まず、このスリッパを履いてる牧が面白いな)
 全体図は想像できないが、ふかふかとあたたかそうな、ぬいぐるみのようなスリッパを履いている同い年の男というのは、微笑ましいのではないだろうか。自分で選んだのかどうかは少し気になるけれど。
 次に会った時に聞いてみようかな、なんて少しだけ考える。聞かなくても牧から教えてくれそうな気はするけれど。やはり明日帰ろうか、いや帰っても平日だから牧は仕事だろう。会えない。会いたいのかもしれない。喋りたいとか。
(……年末の休み、いつか聞いておこう)
 短い冬休みの一日でも、半日でも。何か出来たらいいのに、と思いながらスマートフォンをポケットに押し込む。ラジオはいつのまにかクラシック音楽の番組に切り替わっている。時間なんてすぐ過ぎると思えば、この気持ちも紛れる気がした。