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【小説】僕たちはあの日から

あらすじ:牧には春になると決まって知らない風景の写真が届く。ところが今年届いた写真に既視感を感じ、その場に赴いてみればかつてのクラスメイトである五十嵐がいた。写真を送ってくれていた理由について尋ねてみたが真意はわからず、けれどそれを聞くことも出来ず……。元同級生の無趣味教師と写真趣味用務員の再会から心が通うまで。

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 教師になるなら、朝刊は隅から隅まで読んでおけ。
 耳にたこが出来るほど父から言い聞かされた言葉だけれど、その声を思い出すのは難しい。何しろ、最後に聞いたのはもう三年も前になるからだ。
 人間の記憶は音から失われると聞くけれど、どうやら本当らしい。ただ、毎朝朝刊を読んでから父に供える習慣がついた。当然、今日のように日曜日でも。
 新聞を供え、線香を立てる。火は点けず、遺影に手を合わせた。
 遺影の父は、柔らかな笑顔を浮かべている。垂れた目尻と大きく弧を描く口元は、周囲からよく似ていると言われたものだ。僕自身も近頃鏡を見ていて、将来こんな風になるのだろうと思う場面が増えた。
 ただ、こんなに穏やかで充実した笑顔を作ることが出来るだろうかと不意に考えることがある。答えは出ないし、教師として一人前になる日は遠いように思われるけれど、今日も朝刊を読み終えた。
「母さん、新聞。父さんのところにあるから」
「はいはい。……あ、清一? あなた宛ての封筒があるけど」
 宛名には牧清一様、と手書きで僕の名前が書いてある。印刷された文字ではなく、左下に流れるような癖字だ。ダイレクトメールはわざわざ宛名を手書きにしないだろう。それに、ずっしりと重い。
「いつものだね」
 封筒のどこにも差出人らしき名前が見つからないのを確認して、封を切る。
 差出人の名前がない封筒が届いたのは、これが初めてではない。ここ十年ほど、春が近付くたびに僕宛で届けられるものだ。癖字で書かれた宛名と、差出人の名前がないことが共通している。もちろん、その中身も。
 封を開けると、中には決まってぎっしりと写真が詰められている。送られてくる量にばらつきはあるのだが、送られてくる写真のどれもが見覚えのない景色ばかりだ。
 束になったそれを取り出し、一枚一枚じっくりと眺める。
 朝焼けに照らされる湖。風に揺られるススキの穂。どこまでも広がる青い空、草木が別れる獣道。一体どこの風景を写したものなのだろう。きっと自分の目で見ることは出来ないほど遠い場所なのだろうなと、今まで思っていた。
 そう、今までは。
 雨に濡れた道路にぽつんと立つ、カーブミラーの写真に目が留まる。何となく生じた違和感というか、不思議と、これには見覚えがある気がしたのだ。
 どこにあっても違和感のないものではあるのに、妙に気になる。もしかしたら知っている場所かもしれないと考えるうち、はっと思い出したのは高校生であった自分と、友人の姿だった。
 高校に通っていた頃、写真部に所属していた。写真を撮らなくても良い、部として存続させるために名前だけでもと頼み込まれたのだ。写真は好きでも嫌いでもなかったから、居るだけでいいならと引き受け、他の部員が撮った写真を眺めるだけの部員になった。
 ――学校外の撮影にいくけど、どう。
 ただ気まぐれに顔を出す僕を誘ってきたのは、五十嵐千晴というクラスメイトだった。ひょろりと背が高く、重たげな瞼がどこか眠たそうな印象で、それが初めての会話だったと思う。けれど、誘いを断る理由を僕は持っていなかった。それに、外に出るのは嫌いではない。声をかけられたことに驚きながらも、行く、と返事をして、彼に付いて行って、撮影を見ているのがいつしか日課になった。
 カメラが入った鞄を自転車の籠に突っ込んで、田んぼと田んぼの間に広がる道路の真ん中を走って行く。時折道路を横切るのは狸くらいのもので、被写体としての自然はそこらに溢れていた。
 五十嵐が特に気に入っていたのは、学校の近くにある堀だった。街中ではあるのに自然が残されていて、毎年越冬のために白鳥や雁がやってくる。日が沈む橙を反射する水面と優雅な白鳥の姿というのは、五十嵐にとって写真を撮りたい、と思うにふさわしいものだったようだ。
 白鳥が飛び立つ瞬間を待つ間、よく話をした。他愛のない話だからこそあまり覚えては居ないが、懐かしい。自販機のホットドリンクで暖を取り、カーブミラーに映る自分たちの姿をぼんやりと眺めながら、日が沈むまでずっとそこにいた高校生の僕たち。
 そうだ、この写真は堀の近くにあるカーブミラーとよく似ている気がする。
「その写真、裏にメモがついてるよ」
「裏?」
 母の指摘を受け、写真を裏返す。蛍光色の付箋紙に、左下がりの癖字が並んでいる。宛名の筆跡と同じだ。
 ――ペンキ塗り立て。
 再び裏返して、写真をじっくり見る。なるほど、よく見ればカーブミラーの本体は記憶にある錆だらけの色と違い、艶々とした赤に変わっていた。
 これは、僕の知っているあのカーブミラーなのだろうか。記憶にある場所と同じだろうか。自分の目で確かめなければいけないような気がして、立ち上がった。
「……ちょっと出てくる」
 背中でいってらっしゃいという声を聞きながらジャケットを羽織い、自転車に飛び乗った。
 ポケットに突っ込んだ写真がかさかさと音を立てている。今まで届けられた写真のどれにも、こんなメモなんて貼られたことはなかった。何か、意味があることのような、そんな気がしてならない。確かめたって差出人に伝える手段はないけれど、自分の目で見たいと思ったのだ。
 住宅街を抜け、交差点に出る。赤信号を確認して、止まった。僕の隣には散歩に出た、という様子の親子が並んでいる。教師であり、これから育っていく子供の見本として、信号無視は出来ない。車通りが全くない交差点と知っていてもだ。
 遠く、白鳥の声が聞こえる。まだ北に戻っていない白鳥がいたらしい。もうすぐ春が来るのに、随分のんびりしたものだ。
「おとうさん、あれ、白鳥!」
 不意に、両親の手を握っていた子供の声が上がる。反射的に声の方へ視線をやれば、微笑ましさに頬を緩める両親と目が合う。瞬間、見知った顔に、あっと声が出た。
「牧じゃないか!」
「……おお、久しぶり」
 咄嗟に名前が出てこなくて少し焦った。確か鈴木だったと思う。後輩の小林と結婚したのは知っていたが、子供があんまり大きかったものだから驚いてしまった。地元に残っている同級生に街中で遭遇するのは珍しくないが、こうして親子水入らずという状態のときに会うのは珍しい。
「息子が白鳥見に行くって聞かなくてさ、米でも撒きにいくかってそこまで出てきた」
「あのあたりは柵がないから気をつけてな」
「牧はすっかり先生だな、うちのがお世話になる日も近そうだ」
 確かに、このままここに居ればそうかもしれない。実際のところ、異動なんかもあるから必ずしもそうではないが、可能性はゼロではない。十年先の自分と、父の姿はまだ重ならないが、時間は平等に過ぎていく。
「そのときはまあ、英語に気をつけて見るかな」
 信号が青に変わる。何年前の話だと笑う鈴木に別れを告げ、ペダルを強く踏んだ。
 三年先、五年先、十年先の自分より、今は別のことを考えたい。
 堀が段々近付いてくる。避けていたわけではないが、用事がなければわざわざ来ない場所だ。最後に来たのはいつだったか考えて、思い出すのはやはり五十嵐の姿だった。
 卒業を前に、二人で白鳥を撮りに行ったことがあった。日が沈みかけた頃に吹く冷たい風で、缶コーヒーが冷めていく。吐く息は白く、指先の感覚は鈍い。それでも五十嵐はカメラを構えたまま、白鳥を見つめている。
 僕は進学が決まっていて、五十嵐はどこにいくとも何を目指すとも話してはくれなかった。何となく、聞いてはいけない気がしたし、これで会えなくなるわけではないだろうと何となく思っていた。
「写真、続けるならまた見せてよ」
 五十嵐は返事をしなかった。小さく頷いてくれたように見えたけれど、シャッターを押しただけだったかもしれない。丸い頬は真っ赤で、レンズを覗く伏せた睫が震えていた。
 五十嵐とは、それきり会っていない。
 赤いカーブミラーが近付く。
 自転車を止め、ポケットから写真を取り出した。
 このあたりから撮ったのではないかと当たりをつけ、写真をカーブミラーに重ねる。僅かな違いはあったけれど、写真とカーブミラーのある風景は、ぴったりと一致した。パズルが組み上がった後のような、静かな高揚と共に立ち尽くす。ここだった、とわかったとして、特に何かがあるわけでもない。カープミラーのペンキも既に乾いている。
 帰ろう、と振り返る。僕たちがカーブミラーの近くにいたのは、堀全体が見える場所だったからだ。今、堀にはもう北へ帰ろうとする白鳥たちの群れがいる。よく探せば、きっと家族で白鳥と戯れる鈴木の姿もあるだろう。
 僕が視線を奪われたのは、堀に近い場所にいるカメラを構える後ろ姿だった。
 既視感から、五十嵐、と言いかけて言葉を引っ込める。からからと廻るペダルの音が聞こえたのか、その背中が振り返った。目が合う。ひょろりと背が高く、重たげな瞼は変わらず眠たそうに見える。
 見間違うはずがない、忘れるはずがない。
「五十嵐」
 呼べば、眠たげな瞼が思いのほかぱっちりと見開かれた。
「牧?」
 掠れた声を聞いて思い出す。そうだ、五十嵐は少し低くて掠れた声をしていた。忘れていた。やはり人間は音の記憶から忘れるのだと思いながら、ついさっきまで忘れていたというのに、もうその人以外の声には聞こえない。
 五十嵐は手元のカメラを離さず、駆け寄ってくる。
「久しぶり」
「……久しぶり、あ、その」
 ポケットから写真を取り出す。五十嵐はそれを見て、にんまりと笑った。いたずらが成功した子供みたいな顔だ。
「これ、お前だろう?」
 そう問えば、五十嵐はそうだとばかりに頷いた。ミステリアスな宛先不明の――いや、実際のところ五十嵐以外に当てはなかったから、ほとんど正解と言って差し支えのない状態だったけれど――写真の差出人は、ついに正体を現わした。
「そう。久しぶりにこっちに帰ってきて、結構変わってて驚いたから……牧は気がついてるかなと思って」
 五十嵐はペンキが塗り替えられたカーブミラーを指差す。確かに、それはぴかぴかだ。気がつかないものだなあ、と思ってため息をついた。
「気がつかなかったよ。もしかしてここかなって来てみたところで……というか、五十嵐。僕たち十年ぶりなんだぞ」
 他に何か、あるだろう。例えば高校を出てから今まで何をしていたかとか、今は何をしているだとか、こっちに帰ってきたって言ったけど今までどこにいたんだとか。
 まるで昨日も合っていたように平然と話しているけれど、高校の卒業式から数えて実に十年ぶりの再会だ。成人式で近況を聞こうと思っていたのに、あの写真はお前だろうと言うつもりだったのに、五十嵐は居なかった。
「色々してた。春からは用務員さん」
「用務員」
「牧のとこ」
 は、と思わず言いかけて飲み込む。そうだ、この春に定年退職する用務員さんがいたはずだ。そこに五十嵐が新しくやってくる、ということか。
「派遣というか、期限付きでちょうどよかったから」
「はー……そうなんだ、それじゃ……」
「春からよろしく、牧先生」
 五十嵐はずっとからかうような口調をやめない。遊ばれているようでくすぐったいのだが、同じ職場に十年ぶりに会う同級生が現れるというのは素直に嬉しいと思う。
「そうだね、よろしく……」
 握手を交わそうと手を伸ばしたが、五十嵐はくるりと背を向ける。あれ、と顔を上げれば、五十嵐は堀の方をじっと見てカメラを構えていた。視線の先には、一匹の白鳥。羽を広げ、今にも飛び立とうとしている。
 五十嵐の邪魔にならないよう、カーブミラーの隣に立つ。まるで十年前と同じだ。変わっていないというか、ずっと写真は続けていたのだなと感慨深くなる。その点で言えば、僕の知っている五十嵐のままだ。
 カメラを構える五十嵐の背中を見ながら、適当に言ったつもりの口約束を思い出していた。
 また写真を見せてくれ、と確かに僕は言った。それを十年も守り続けたのだろうか。ただの口約束を、ずっと。
 ばさ、と羽音が空へ向かって飛んでいく。追いかけるように、シャッターの音が響いた。
 五十嵐の指先からカメラが離れたのを見て、そっと近寄る。隣でカメラをのぞき込んでも、何も言わない。
「聞きたいことがあるんだけど」
 もう、眠たそうな顔に戻ってしまった。いや、もしかしたらリラックスしているのかもしれない。
「どうして、ずっと写真を送ってくれてたんだ?」
「約束したから。それに……」
 はっと五十嵐は唇を噛む。言ってはいけないことを言った、みたいな仕草だった。
「秘密」
「えっ、秘密って……」
「そのうち」
 五十嵐は素早く自転車に跨がり、僕に小さく手を振る。籠にカメラは突っ込まず、まるでキャンプセットでも入っているみたいなでかい鞄を背中に背負っていた。
「またな、牧」
 自転車はすぐにいってしまった。背中は段々小さくなり、やがて声も届かなくなる。
 嘘だろ、と言いかけて口を噤む。聞いてはいけなかっただろうか。秘密とは、どういった意味の秘密なのだろうか。ぐるぐると思考が廻りかけるのを、考えても無駄だと放棄する。
 今わからなくてもいい。だって春からも五十嵐はここにいるのだ。秘密ってなんだと問い詰めることは、いつでも出来る。
 分からないことを考えるのはやめて、僕もまた自転車に跨がった。春一番に背中を押される。十年ぶりの再会をじんわりと胸に抱えながら、春を待つ楽しみが少し増えた気がした。

 噎せ返るような熱気と容赦のない日差しが降り注ぐ。初夏の緑が目に眩しく、蝉たちがやかましく鳴いている。土中に七年、羽化して見る地上とはどれほど鮮やかに見えるものなのだろう。出会いを求める鳴き声は蝉時雨と呼ばれる言葉通り、降り注ぐ雨のように止む気配がない。
 化学実験室にも雨が降っている。エアコンの送風口から水が滴っているのだ。
 電源を入れ直すだとか、表蓋を開けて清掃するとか、あの手この手と尽くしてはみたのだがどうも止む気配がない。用務員室の五十嵐に様子を見に来てもらえないか内線を入れ、今やっている仕事が落ち着いたら来てくれると返事をもらったのが一時間ほど前のことだ。
 午前中のうちに化学の授業で使う備品整理をするはずだったのだが、出鼻を挫かれてしまった。エアコンから滴る水を吸うキムワイプを交換し、短く息を吐いた。
 すっかりぬるくなったペットボトルに口をつける。白衣はとっくに脱ぎ捨て、半袖のシャツも肩まで捲って額に浮かぶ汗を拭った。だらしない格好ではあるが、今は夏休み期間中であって、生徒はほとんどいないので許されると思いたい。
 背後でがらりと戸が開く。そちらに顔を向ければ、化学部の部長の姿があった。首にタオル、裸足に上履きと風紀上は注意すべきところが満載だが、夏休み期間中であるので見逃すことにする。僕も人のことは言えない格好だ。
「牧ちゃん、エアコン直った?」
「コラ、牧ちゃんって言うのやめなさい」
「えーっ、固い~」
 子供というのは、少し無礼な態度を取って相手を試すところがある。特に、生徒と教師というのはそれがよく発生するように思う。
 もし学校外で、彼女と僕が年齢の離れた友達という関係であれば気にもしないのだろうが、ここは学校であり、生徒と教師であり、僕は社会人である。彼女はどこまで自分が許されるかを試している。一緒に遊んでくれる大人かどうかを確かめているのだ。
「僕が注意するのは三回までだよ」
 実際、彼女に注意したのは今日が三回目だった。僕と二人だけのときにこうして試してくるのにはいじらしい子供らしさを感じるが、今後社会に出る三年生が相手であれば多少はっきりと伝えてやった方が良い。いざ社会に出たら、誰もふざけてはいけないなんて当然のことを教えてくれないのだ。
「牧先生、エアコンの調子はどうでしょうか」
 言い直した彼女にぐっと親指を立て、エアコンを見上げる。冷風も出ず、壁には滴った水の跡が残っている。
「……直ってません」
「……じゃ、部活は中止で……誰も来ないだろうけど、連絡しておきます」
 夏休みの間でよかった、と心の底から思う。こんな蒸し風呂のような教室で授業や部活動をすれば、熱中症になる危険性は高くなる。
「先生、ちはるくんは呼んだ?」
「……五十嵐さんを友達みたいに呼ばない」
 五十嵐は、ごくあっさりと学校に馴染んでいた。
 桜の花咲く春に用務員として勤め始め、新緑の頃には新しい職員という物珍しさから生徒に話かけられる姿をよく見かけた。梅雨の前には、前任の用務員が残した雨漏り修繕箇所の点検に走り、周囲の教員たちからも仕事がマメだと評判が良い。
 結果、生徒から名前で呼ばれるほど親しまれている。
「ちはるくんがいいって言ったよ?」
 頬を膨らませる女子高生は、言葉の外に牧先生には関係ないでしょという空気をたっぷり纏わせている。
 確かに僕には関係ない。それを五十嵐が良しとしたのなら何も言うべきではないだろう。本人が気にしていないのならなおさらだ。
「それより、牧先生は五十嵐さんと同級生だったって本当?」
「先生のプライバシーは……?」
「どんな感じだった? 二人仲良かった?」
 彼女の目が不穏に光る。うんざりした気持ちになって、口を噤んだ。
 僕は、これをよく知っている。好奇心を隠せない目だ。根掘り葉掘り、人のことを聞き出そうとする目だ。本人に聞くわけではなく、聞き出せそうな人物として話を振られたのに居心地が悪くなってしまう。
「さあ、僕は五十嵐さんじゃないから答えられない」
「えーっ、五十嵐さんも教えてくれないから聞いてるのに!」
 きゃらきゃらと笑う声は無邪気だからこそ性質が悪い。
 五十嵐に聞いても答えないということは、言いたくないということではないだろうか。五十嵐が答えたわけでもないことを、他人である僕が勝手に言いふらすのもおかしい話だろう。
「何でもいいから教えて~、ね、ね」
「そうだなあ……」
 ただ、こうやって粘ってくる相手に対して頑なに答えないというのは悪手だ。答えが得られるまでしつこく聞かれるし、望む答えが得られないとあれば期待外れとしてこちらの事情に話が飛び火することもある。
 こういうときは、差しさわりないこと――例えば、今でも確認できることを答えにするのが良い。
「廊下に飾ってある写真、わかる? 写真部の五十嵐って書いてあるやつ」
「……そんなのあった?」
 首を傾げる彼女に、内心ほっとする。これ以上の言及は避けられそうだ。
「見ておいでよ。二階の進路相談室近くの掲示板と、図書室のあたりにあるから」
 ここにいても暑いだけだし、ついでに図書室で涼んでおいでと付け加えれば、彼女はそれもそうだと教室から出て行った。リノリウムを叩く気怠げな足音は徐々に遠ざかり、教室には再び蝉時雨が戻ってくる。
 気疲れと怠さが同時に襲ってくる。暑さがそれに追い打ちをかけるから、余計酷い。
 立ち話をしている場合ではない、僕も仕事に戻らなくては。
 備品棚の引き出しを一段抜いて、作業台に置く。備品の在庫管理や破損数なんかは時間に自由のあるときにまとめてやることにしている。夏休み明けの授業までに受け取りを済ませておきたいからだ。
 割れたビーカー、試験管の数。ピペットは目盛りが掠れて読めなくなったものと先が割れたものが混在していて、廃棄するものと継続使用するものにより分けなければいけなかった。
 テーブルに汗がぽたりと落ちる。窓を開けていても、全く涼しくならない。迫り来るような蝉の鳴き声で余計暑く感じるほどだ。風鈴でもぶら下げておけば涼しく感じたかもしれないが、鈴の音色がかき消されてしまいそうなくらいやかましい。
 五十嵐はいつ来るだろう。仕事を一つ増やしてしまったことが申し訳なく、理科教員室の冷蔵庫にサイダーを冷やしてある。もちろん自分の分も。エアコンを見る作業が一段落ついたらそれを差し入れるつもりだ。お詫びというか、賄賂というか、こんな暑い部屋まで修理に来てもらうわけだから。
「牧先生」
 思わずわっと声を上げた。反射的に振り返れば、目を丸くした五十嵐が立っている。僕が驚いたことで、五十嵐を驚かせてしまったようだ。手元の道具をいったん置き、脚立と掃除機を抱える五十嵐を迎える。
「五十嵐……頼む、もう限界だ」
 頭上のエアコンを指させば、苦笑が帰ってくる。
「多分排水ホースが原因だと思う。こっちで作業するから牧は続けてて」
 五十嵐に後光が差しているように見える。心の中では拝んだ。脚立でエアコンの様子を見ながら仕事を始めるのを確認して、僕もまた自分の仕事に戻る。
 廃棄するものだけを黙々と数え続け、ようやく廃棄物だけを数え終わった。手元のメモに必要な数をメモし、棚を戻す。エアコンの横にある棚へ視線をやれば、エアコンの送風口になにやら大きなビニール袋が固定されているのが見えた。どうやら水を受け止めるための袋らしい。塗れっぱなしの壁とキムワイプはようやく水から解放された。
 脚立から降り、振り返った五十嵐と目が合った。五十嵐はぼんやりと瞬きをして、それから思い出したように口を開く。
「よく場所覚えてたね、写真の」
「何の?」
「誰ちゃんだっけ……化学部の部長の子、さっき会って」
 唐突な話題に面食らったが、どうやらここに向かうまでの間に彼女と会ったらしい。
「飾ってあるのはずっと変わってないからね」
 写真部は僕たちが卒業したあとに廃部になったらしい。後輩はいなかったから薄々察してはいたが、寂しいものだ。
 教師として勤め始めてから、校内に五十嵐の写真がいくつか残っていることに気がついた。写真部があれば新しい写真と適宜交換されるのだろうが、廃部になったがために交換されることはなく、古い写真だけがずっと残っていたらしい。とりわけ、五十嵐の写真は人が集まる場所に飾られていたから印象に残っていた。
「写真部はなくなったけど」
「なくなっちゃったか」
「なくなっちゃったね」
 あの日々は消えないが、部が残っていないというのは少し寂しいものだ。同じ寂しさを五十嵐が感じているかどうかはわからないが、その声には残念そうな響きがあった。
「牧、このエアコンの室外機ってどこにある?」
「テラスに出る方のガラス戸開けて、窓の下」
 少しの雑談を交わし、互いに作業へ戻る。室外機は窓の外だと伝えれば、五十嵐は掃除機のコードを目一杯延ばした。エアコンの水漏れを直すために、掃除機。何に使うのか全くわからないそれをつい目で追っていたら、くすりと笑われた。
「……見る?」
 見たいかと聞かれたら、見たい。好奇心は否定できなかった。
 ガラス戸を開け、テラスに出る。さっきまでやかましく鳴いていた蝉の声は聞こえず、湿った風がさわさわと木を揺らしている。
「ここにゴミが詰まると水が漏れる」
 室外機から出ている管を手に五十嵐が言う。掃除機の口を当て、空気が漏れないように両手で包んであとは掃除機のスイッチを入れるだけだ。手慣れた手つきに驚きながら、こんなことを、いつどこで覚えたのだろうと考えてしまう。知らない時間が長いと、どうも想像をしてばかりでいけない。
「詳しいんだ」
「清掃の派遣もしてたから」
 掃除機で何度か管の中身を吸えば、ころりと固まった埃と水が流れ出る。テラスはあっという間に水浸しになった。詰まっていたゴミと、流れるはずだった水が流れれば、エアコンの動作も元に戻るということらしい。
「牧、エアコンの袋外してみて」
「わかった」
 掃除機を片付ける五十嵐を残し、一足先に教室へ戻る。脚立を登り、水漏れを防ぐためのビニール袋を外した途端、微かな冷風が顔に当たった。直った、という安堵で深くため息を吐く。これでサウナのような教室とはおさらばだ。
 いそいそと残りのビニールも剥がし、リモコンで風の強さを変更する。ふわ、と冷たい風が降りていくのを感じる。修理を呼ぶ必要はもうなさそうだ。
「時々あの管を掃除してあげた方がいいかもしれないな、他の教室も」
「五十嵐の仕事が増えたなあ……」
 掃除機の片付けが終わった五十嵐も、風が降りてくる位置でぼんやりとエアコンを見上げている。汗で前髪が張り付いているし、顔も心なしか赤い気がする。逆上せてしまったのかもしれない。
 冷蔵庫で冷やしているサイダーを思い出した。こんなに暑い部屋だ、今こそ冷えた炭酸が美味いに決まっている。大人としてはビールと言いたいところだが、ここは学校である。
「五十嵐、ちょっと様子見てて」
「わかった」
 返事を聞き終わる前に教室を出て、隣の教員室へ飛び込む。今日は僕の他に人がいない。隣の部屋から来る熱気で人が散ったというのが正しい。冷蔵庫からサイダーを取り出し、すぐに教室へ戻った。
 五十嵐は適当な椅子に座って冷風を浴びている。相当暑かったのだろう、僕の足音に振り返る様子もない。無防備な背後に忍び寄り、冷えたサイダーを首筋にぴたりと当てればびくりと身体が跳ねた。
「これはお礼の品です、五十嵐さん」
 目を丸くしながら振り向いた五十嵐にサイダーを差し出せば、驚いた表情がふっと和らぎ、目を細めてくれた。笑ったのを確認して、僕も椅子に座ってボトルの口を捻る。そのまま一口飲めば、口の中でぷちぷちと炭酸が弾ける音が聞こえる。冷たい水分が身体の中を滑り落ちていく感覚に、ぶるりと身体が震えた。
「……今カメラがあったら、牧のいい顔が撮れたのにな」
「カメラはさすがに、就業中だしな」
 わかってるよ、と返事をした五十嵐はボトルの口をゆっくりと傾け、僕と同じようにぶるりと身体を震わせた。
 一瞬、緩くウエーブした髪が揺れ、汗が頬を伝っていくのが見えた。ああ、こういう一瞬で過ぎてしまうものを見ると、今ここにカメラがあればという気持ちもわからないではない。
「カメラがないときはどうする?」
「そういうときは、自分の頭でしっかり覚えておく」
 ふうん、と返事をしながら、さっきのたった一瞬の出来事を思い出す。覚えておけば、確かに自分の頭の中には残る。記録として残せないだけで。
「サイダーありがとな」
 喉が渇いていたらしい五十嵐はすぐにボトルを空にしてしまった。脚立と掃除機を抱え、小休憩を終えて教室を出て行く。その背中に、ふと浮かんだ疑問があった。僕の一瞬の表情を、どうして撮っておきたいと思ったのだろう。被写体として自然物を撮ることが多い五十嵐が、なぜ。
「こちらこそありがとう、助かった。またな」
 瞬間的に言葉にまとめることはできず、ただその背中を見送ることしかできない。いつか聞くことが出来るだろうか。僕の疑問をかき消すかのごとく、やかましい蝉時雨が響いていた。

 パソコンの画面を見続けていることが辛くなって、ブルーライトカットの眼鏡を投げ出した。
 大きくため息を吐き、うんと伸びをする。肩のあたりがぱきぱきと音を立て、固まっていた筋肉が伸びる感触を味わいながら目元を押さえた。
 仕事を持ち帰ることは禁止されているが、全く新規の資料作成なら家でもできる。持ち出し仕事と言われればそれまでだが、秋の頃にもなれば勉強以外にもやることが多すぎるのだ。生徒との面談に使用するための資料作成だの、文化祭や運動会やらの学校行事だの、担任を持つ教師はこれ以上に忙しいというのだから頭が下がる。
 そうだ、投げ出している場合ではない。休日とはいえ頭は使えるのだから、今のうちにやっておかなくては。投げ出した眼鏡を再びかけて画面を見つめるが、目の前が霞んで見える。入力もままならない状態なのを理解して、眼鏡を外した。
 こういうときは、緑を見るのがいいと言っていたのは誰だったか。息抜きに外の空気を吸うのも身体に良さそうな気がする。いや、言い訳を重ねてはいるが、とにかく目前の仕事から逃げたいのだ。
 財布とケータイをポケットにねじ込み、家を出る。一歩外に出た瞬間、冷たい風に頬を打たれた。ぶるりと身体が震える。秋が過ぎ、冬が訪れようとしているのを肌で感じた。
 家に戻ってジャケットを羽織い、改めて自転車に飛び乗った。
 ほんの僅かな逃避行だが、寒いのは良くない。体調不良で休む暇もないからだ。
 住宅街を抜け、交差点に出る。青信号を確認して、そのまま駆け抜けて行く。過ごしやすい季節だからか、散歩をしているご年配の姿もあれば、親子連れの姿もある。
 冬が近付いているということは、渡り鳥の訪れも近い。今年はまだ去来の噂を聞かないが、堀までいけばその姿も確認できるかもしれない。堀の周りには緑もあるし、目を休ませるにもちょうど良いだろう。行き先は決まっていなかったけれど、このまま堀に向かうことに決めた。
 ペダルを踏みながら、短く息を吐く。一度息抜きをしてしまえば、もはや戻って仕事をする気など毛ほども残らない。根本的に仕事に疲れているのか、ただ疲れているのかの判断もつかない。受験に対して悩む生徒もなかなかに疲弊しているものだが、僕たち教師も人ごとではない。
 堀のカーブミラーの近く、全体を見回せる位置にぼんやりと立っている人影を見つけて自転車を止めた。
「五十嵐、何撮ってるんだ?」
 背後から近付けば、五十嵐が振り返って迎えてくれた。
 休みはほとんどこのあたりで撮影をしている、というのは生徒からよく聞かされている。五十嵐の影響か、ケータイのカメラ機能を駆使して撮影を楽しむ生徒の姿をよく見かけるようになった。僕は良い影響だと思う。写真部はなくなってしまったが、全員が同じ事に取り組んでいるとも言えるのだから。
「牧と学校の外で会うのは珍しいな、今日はどうした」
「仕事がしんどくてね、ちょっと逃げてきた」
 逃げる、と言ったら五十嵐はふっと短く笑った。
 近頃、五十嵐の笑う顔を見るのが増えたような気がしている。単に一緒に居る時間が増えたからかもしれない。
「お手軽すぎないか?」
 やはり逃げることはいけないことだろうか。大人だから、社会人だから、この辛さと向き合うのはやらなければいけないことなのだ。五十嵐に言われるまでもなくわかってはいたことだが、少し浮かれすぎたかもしれない。
 そうだよなあ、と笑いながら自転車を立て直せば、五十嵐はそうではないと言いたげに首を振った。
「それに、逃げるなら本気出して逃げなきゃ」
 五十嵐は自転車に飛び乗って、僕の自転車を指さしている。ついてこい、と言うことだろうか。
 息抜きのために外に出た。近くの堀に逃げるのだって、遠く逃げるのだって、変わらないはずだ。それに、楽しそうだ。
「……わかった」
 僕が自転車に乗ったのを確認して、五十嵐がペダルをこぎ出す。カメラの入った大きな鞄を持っていても自転車が全くふらつかない。対して、僕は少しの疲労を感じている。運動不足だ。足に乳酸が溜まる感覚を忘れるために、逆にどんどんペダルを漕いでいく。
 五十嵐の背中を追って自転車を走らせる。ずっと昔も、こうやって一緒に走ったことがあった。あの頃は写真部として、今は同僚として。景色は変わったような気がするし、変わっていないような気もする。
 しかし、五十嵐はどうして逃げるなら本気で、と言ったのだろう。ただたまたまそこで会ったからという気まぐれなのか、それともあんまり僕が疲れていて気の毒に見えたのか。いや、その前にどこまで行くつもりなのだろう、五十嵐はまだ止まる様子がない。
 景色がどんどん流れていく。堀は既に遠く、街中を通り抜け、人通りの多い場所に出た。駅前の商店街が近く、休日ということもあって家族連れから友達同士のグループからベンチで和やかに話し込む年配の方の姿まで様々だ。
「ここ止める」
 時間貸しの駐輪場の前で、五十嵐が急に止まった。言われるままに自転車を止める。二台を並べて止めると、本当にずっと昔に戻ったようだ。
 五十嵐はまだ移動を続けるつもりらしい。移動が市内で済まず、より遠くへとなると明日戻ってこられるかどうかが気に掛かる。今日は土曜、明日は日曜とあれば、持ち出しの仕事も何とか挽回は出来るだろう。
「牧、電車酔うっけ」
「いや、全然」
「じゃあ大丈夫かな」
 駅に入る。電車は三両編成が一時間に一本程度の小さな駅だ。切符を買って電車を待つ人の中、小さく頭を下げられ、誰なのかわからないまま頭を下げる。生徒の親御さんだろうか。それとも卒業生の。思い出せない。わからないまま笑顔を作る自分は、これから逃げようとしている。
 確かに街を出て遠くまで行くというのは、本気の逃亡だ。
「牧、切符」
「え、ああ、どこまで」
「買っておいた」
 切符だけを渡された。支払いと財布を出せば、後でまとめて請求すると笑われてしまった。印字された行き先を見れば、ここらでは大きなターミナル駅がある。どれくらい大きいかと言うと、遠くへ行くにはこの駅を必ず経由するくらい大きい。具体的に言えば、新幹線が止まる駅なのだ。
「とりあえず新幹線に乗り換えたいからここまで」
 ホームに出る。電車が来るまであとしばらくかかる。ホームは風が強く、ただ羽織ってきただけのジャケットが風でばたばたとはためく。ファスナーを上げてポケットに手を突っ込んだ。
 新幹線に乗り換えて、その先はどこへ行くのだろう。というか、あまりにもスムーズすぎる。
「五十嵐……元々どこかに行く予定あった?」
「ああうん、撮影が」
 よく見れば、いつもの鞄の他に大きなボストンバッグをもっている。肩にかけた細長い鞄は三脚だろうか。黒いコートにあまりに馴染みすぎていて気付かなかった。
「僕が一緒で構わないの?」
「牧が嫌ならいいけど」
 電車がホームに滑り込んでくる。戻るなら今だ、と言うことだろうか。とはいえ、今から戻ったら仕事と向き合わなくてはいけない。もうそんな気持ちは残っていないし、問題ないのならこのまま行きたいが、五十嵐の邪魔にはならないだろうか。
「あ、牧……今回の撮影は趣味だから。高校の時と同じで」
 邪魔ではない、と言われてようやくほっとした。もし撮影の依頼という仕事なら、何の手伝いもできない僕が着いていったところで作業の邪魔でしかないだろう。気にしなくていいと言ってくれるのなら、このまま行きたい。
 電車に乗る五十嵐の後に続いた。他に電車を待っていた人たちも電車の中に吸い込まれていく。
 誰も座っていないボックス席に向かい合って座った。いつの間に買ったのか、五十嵐はペットボトルのお茶とおにぎり、それと冷凍みかんの袋を持っている。
 短い秋が終わり、今は冬の入り口である。電車の中はもう暖房に切り替わっているし、僕も五十嵐もさっきまで冷たい風に当たって身体が冷え切っている。だというのに、冷凍みかんが僕の手に渡された。冷たい手であるからか、あまり冷たく感じない。
「冬に冷凍みかん買う……?」
「電車乗ってたら暑くなるからちょうどいい」
 こたつでアイスを食べるみたいなものだろうか。手渡されるままにみかんを食べながら、車窓の風景を見つめる。
 電車は駅を出て、緑の中を走って行く。
 ポケットにはケータイと財布だけ。あとは身一つ。逃避行にしては上等だろう。遠くまで来てまだ頭の隅では仕事を気にしている自分がいたが、電車に乗った瞬間からどうでもよくなった。明日の自分がきっと何とかすると信じたい。
 問題はこの先だ。五十嵐、と呼びかけて向かいの五十嵐が早々にみかんを食べ終え眠っていることに気付く。昼間からカメラを回して疲れたのかもしれない。これからも撮影があるのなら、寝かせておくことにした。
 ケータイの時計を見れば、まだ昼を少し廻ったところだ。窓際の席はほどよい日差しと足下からの暖房で温かく、僕も眠くなってきた。
 幸い、行き先は終点でもある。このまま眠っても問題ないと見て、僕目を瞑った。
 そういえば遠出は久しぶりだ。部活動の引率なんかではよく出かけるけれど、生徒たちの引率という仕事であるから楽しむどころではない。生徒の成長を見るという意味では常に楽しいのだが、それとこれとは別だ。
 本当にこのまま全て忘れてしまえれば良いのにと一瞬思ったけれど、そこまで嫌なわけではない。今日一日で十分だけれど、楽しく過ごせればいい。そのうち思考が遠のき、眠りに落ちていった。

 山間にある駅は緑が深く、遠くに見える山々は雪化粧で白く染まっている。初雪はもう降った後だが、まだ紅葉は豊かに広がっているようだ。
 終点で新幹線に乗り換え、一時間ほど揺られてようやく電車を降りた。共に降りた人たちは皆一様に晴れやかな顔をしている。このあたりは紅葉が有名な温泉地で、皆それぞれ、温泉や紅葉狩りと目的があるのだろう。
 僕たちの、いや五十嵐の目的が初雪なのか紅葉なのかを聞いてはいないが、素人の僕からすればどちらも撮れてお得に感じる。
「行き先って何があるの?」
「まあ紅葉の終わりかけ、あと俺が泊まる予定だった宿」
「ん、じゃあとりあえず山に行くんだね」
 五十嵐が頷いたのを見て、駅前のレンタカーショップへ向かった。
 さて、目的が山と決まってようやく五十嵐が邪魔ではないと言った意図がわかった。五十嵐は車の免許を持っていないのだ。要は逃亡補助をする代わりに、運転手としてのスカウトを兼ねていたのだろう。
 車を借り、早速ナビに目的地の住所を入力する。行き先は山の中腹、手元のケータイに同じ住所を入力すればシャッターの降りた大きな店と駐車場が見える。
「ここ、廃業して長いんだ。駐車場は長距離運転車の休憩場所」
「そういうの、どこで調べてくるんだ……?」
 素直に疑問を述べれば、五十嵐は目を細めて秘密だと笑った。写真家同士のネットワークがあるのか、それとも独自に調べたのか、僕にはわからない。
 車を走らせる。駅前は宿と温泉の看板が多く、少し走れば旅館やホテルの並ぶ通りへ出る。ナビに従いそのまま進めば、やがて住宅街が現れ、そして過ぎていった。大きな通りから徐々に曲がりくねった細い道へと変わっていく。山の中に入るうち、濃い赤と黄色、そしてもはや葉の落ちた木々には雪の白が僅かに掛かる。
 高い空に鮮やかな紅葉と雪が映える。
 ああ、これは確かに綺麗だ。
「いい景色だろ」
 五十嵐はどこか誇らしげだ。ナビがもうすぐ目的地だと告げてすぐ、がらんとした駐車場が見えてくる。休憩所と聞いていたが、他に車は一台もいない。休日の日中だからだろうか。人が居ない方が気兼ねなく過ごせて良いけれど、シャッターの閉じた廃墟と車一台というのは、何だかサスペンス劇場のような風景に見えないだろうか。
「そうだなあ」
 駐車場の中、五十嵐の指定する位置で止め、三脚やらカメラを出すのを手伝う。車の外に出た瞬間、頬を冷たい風に叩かれた。山から下りてくる風が強いらしい。視界の端に、細かな雪が飛んでいくのも見えた。
 写真部をやっていてよかったと思うのは、カメラを使うのに必要な道具の使い方が覚えられたことだ。何を言われるでもなく僕は三脚を固定して、五十嵐の指すポイントに固定する。五十嵐はボストンから折りたたみの椅子を取り出し、三脚の脇に立てる。
「本当にここでいいのかな、三脚の位置」
「いいんだ」
 レンズの先は紅葉でもなく、雪を被った山でもない。強いて言えば、その境目と言ったところだ。
 五十嵐の目は遠くを見ている。山々ではなく、もっと遠くの空まで見ているような。
「今年は、なんて言うか、変化の瞬間が撮りたくて」
 撮影するテーマについて触れられ、春の写真を思い出す。
「……春のやつは、変化かなあ?」
「今まで色あせていたモノが鮮やかになっているっていうのは変化だろう? それを見て、変化って気付くか気付かないかなんだなあと思ったから」
 五十嵐はそれきりぴたりと黙る。僕も五十嵐のボストンから勝手に折りたたみの椅子を出して、その隣に並んだ。そのまま、写真を撮っているのを眺める。時々場所を移すのに三脚と荷物を持って一緒にくっついていく。
 指先から身体が冷えていく。指を組んだり、ポケットに入れたりしてみるがどうも紛らわせない。もう少し厚着をしてくるべきだったが、まさかこんなに遠くにくるとは、行き先が山になるとも思っていなかったから仕方がない。
「牧、俺このまま日が陰っていくのを撮りたいから、寒かったら車にいて」
「いや、いい……ここにいる」
 じっと山々を見ている。日が沈むのは日々早くなる。山に沈む太陽は赤く、空は青から紫へ徐々に変わっていく。薄くたなびく雲が山に掛かって、すぐに風に流されていく。ほんの僅かな間しか見られない姿だ。ほとんど僕を見ないまま、ただシャッターを切る音だけが聞こえる。
 真剣な五十嵐の横顔を見ながら、変化について考える。
 高校生であった僕たちが社会人になったのは、経年による変化と言えるだろう。例えば錆びたカーブミラーが塗り直されることも変化と言えるし、蝉の幼虫が蛹から羽化して成体になることも変化と言える。正しくは変態だけれど。
 他に、変わったことと言えば。
 そうだ、こうして家から出て誰かと話す――いわゆる、友達らしい友達とどこかに行くことが出来たのは久しぶりだ。これは僕に訪れた日常の変化だ。
 ついに日が沈んだ。五十嵐がカメラから視線を外し、短く息を吐く。その吐息は白く染まって、風に吹かれて流れていった。
「まだ帰りの新幹線はある」
 ぽつりと言われた言葉に、一瞬悩んだ。まだ帰ることは出来る。今までなら、明日が、仕事があるとどこに行くことも出来なかった。
 それなら、変化をしたっていいじゃないか。
「五十嵐、宿があるって行ってなかった?」
「……二人いけると思う」
 口の端が緩む。だって逃げてきたのだから、戻らないことだって出来る。何だってこんなこと、今まで気がつかなかったのだろう。
「泊めて下さい」
 両手を合わせて頼みこめば、五十嵐がくつくつと笑いながらケータイを耳に当てる。どうやら宿に尋ねてくれるようだ。僕は三脚と椅子を片付けながら、何となく足取りが軽くなった。
「牧は帰っちゃうと思った」
 目を細める五十嵐の笑顔が、何だか僕の思ったよりずっとやわらかくて驚いた。学生の頃にそんな笑い方を見たことがあっただろうか。いや、初めて見たと言ってもいいかもしれない。心中に動揺を残したまま、片付けの始末を急いだ。

 宿の快諾を得て無事に宿泊先も決まり、レンタカーの延長依頼やら宿までの運転やらを無事にこなした後に入る温泉といったら、最高という他に表しようがなかった。夕飯も美味かったが、どうも食べ過ぎてしまったらしく、強い眠気に揺られている。
「牧、溶けてる」
「ああ……うん、なんか、いろいろ気にしなくていいのは楽だなあって」
 知らない土地というのは、自分のことを知っている人がいないからか息がしやすいように思う。こういうのがきっと、旅の恥はかき捨てと羽目を外すのに繋がるに違いない。街へ出れば先生と呼ばれ、一挙一動に気を配るというのに案外疲れていたことが自覚できてしまった。
「旅の恥はかき捨て」
「そう、同じことを考えてた……」
「じゃあこれも捨てるつもりで言うんだけど、派遣は春までなんだ」
 向かいに座る五十嵐の口調があんまりさらっとしているから、逆に目が覚めた。座椅子の背もたれにだらりと預けていた身体を起こし、座り直す。五十嵐も温泉で十分身体をほぐしたらしく、今は浴衣に羽織と楽な格好だ。
「辞めた後はどうするんだ?」
 肩の力が抜けた発言を聞いて咄嗟に口に出してしまって、はっと口を閉じる。僕がそれを聞いて、どうすると言うのだろう。それに、これは五十嵐が決めたことだ。僕に口を出す権利はないのだけれど、それを許されるだろうか。
「……聞いて良かった?」
「牧はそういうの気にしてくれるね」
 五十嵐は苦笑を浮かべながらすっかり冷めたお茶を啜る。やはりいけなかっただろうか。
「決めてないけど、どこかにはいくと思う」
 返事をくれたということは、問題なかったのだろう。五十嵐は備え付けのポットから急須にお湯を注いで二杯目を注ぐ。僕の空っぽの湯飲みも満ちて、互いに熱いお茶を啜る。一瞬の沈黙の後、五十嵐は僕の目を見て、静かに切り出した。
「牧はどこかにいこうと思うことはない?」
「異動とか?」
「そういうのじゃない」
 たった一日の逃亡でも思うところがあった。それは、教師になってからも何となく感じ続けていたことだ。
 教師になるなら、という父の言葉を不意に思い出した。なれ、なんて一言も言われたことはなかった。ただ、僕はずっと、父のようにならなくてはいけないのだと思っていた。
 教師は本当に僕の夢だっただろうか。そうならなければいけないと思ったからこうしただけではないだろうか。本当はずっと昔に逃げることを覚えていればよかったのではないだろうか。
「……わからない」
「悩んだらいいよ、いつでもどこかにいけるんだから」
 目から鱗が落ちた。大人は悩まないんだと、ずっと思っていた。悩んでも良かったのか。それに、いつでもどこかに行けるというのも今日知った。そうか、どこに行ってもいいのだ。
 湯呑が空になる。どちらともなく隣室に敷かれた布団に潜り、電気を消した。
「おやすみ」
「……おやすみ」
 目を瞑ってはみたが、障子の向こうから差す月明かりが眩しい。薄く目を開ければ隣の布団で寝ている五十嵐と目が合った。
「そうだ、俺のところに来ても良いし……」
 眠たげな目を縁取る睫が月光の影を帯びているように見え、何となく、僕は五十嵐の目が好きなのだなと思った。提案は素直にありがたい。行くところが全くないより、宛てがあるほうが心強い。
「はは、それもありかなあ」
 顔を見合わせ、くすくすと笑う。雲で月が隠れたのか、部屋の中は真っ暗になってしまった。目を瞑る。遠出の疲れか、僕はそのまま眠りに落ちてしまった。

 案外、息抜きに遠くまで出かけても何とかなるものだというのは、この冬に覚えたことだ。
 北に帰っていく白鳥の声が聞こえた気がして、目を覚ます。電車内のアナウンスが終点へ到着したことを知らせていた。向かいに座っている五十嵐を起こし、頭上の荷物棚からずっしりと重たいボストンを下ろす。
 あの逃亡の日から季節は過ぎ、暦の上では春になった。まだ厚いコートが手放せない三月、僕は五十嵐の出発を見送りに来たのだ。
「見送りなんていいのに……」
 五十嵐は、あの街を出ると僕に言った。そう聞いた僕が見送りたいと言っても、五十嵐は止めない。許されるのなら、と荷物持ちをしている。
 学校では、退職の噂を聞いた生徒たちが案の定がっくりきていた。若くてミステリアスな用務員が突然現れて突然去って行くのだから、仕方がない。田舎において突然現れる旅人というのは貴重なのだ。
 仕事でいえば、次の用務員も決まった。何にでも代わりの人間は結構いるものだ。業務の引き継ぎはとっくに終わっていて、五十嵐は現在有休消化期間だ。休みの日なのに給料が出るなんて便利で良いなあと思うが、僕にもそれは存在するのだった。
 新幹線の改札に入場券を入れ、五十嵐の後に続く。出発まで残り十分ほどだ。ホームを並んで歩いていたら、五十嵐が小さく口を開いた。最初の一言は聞き取れず、思わず立ち止まってしまう。
「何?」
「……ずっと言おうと思ってて。牧、俺の写真毎年見てくれてありがとう」
 そんなこと、と言いかけて、五十嵐の言い方があまりにも、もう二度と会えないみたいな言い方だったから言葉が詰まった。そんなことはない。高校を卒業して別れるときだって、もう二度と会えないと思わなかった。今日だって同じだ。
 視界の端に自販機が見え、歩み寄る。見覚えのある銘柄を見つけて二つ買った。ホットの缶コーヒーは、昔を思い出す。
「はい、五十嵐」
「これ……昔と柄変わったね」
 二つのうち一つを五十嵐に手渡す。黒いコートは、あの逃亡の日と同じだ。
 僕にずっと言いたかった、と五十嵐は言った。そんなの、僕が頼んだずっと昔の約束を守り続けていてくれただけじゃないか。僕が忘れてもずっと続けてくれたのは五十嵐の方だ。
「いつも綺麗だなって思ってた……僕が知らない場所はこんなにあるんだって」
 十年間届けられた写真の束は、僕の家にあるアルバムに綴じてある。朝焼けに照らされる湖。風に揺られるススキの穂。どこまでも広がる青い空、草木が別れる獣道。
 そして、鮮やかな色に変わったカーブミラー。
「……僕は写真で見た景色なんて見つけられないと思ってた」
 変化は、変わったことに気がつかなければ起きたことにならない。錆びたカーブミラーは赤く鮮やかに変わったというのに、僕はずっと気がつかなかったのだ。
「でも、違うんだな。ちゃんと見てなかっただけなんだ……そういうのもっと見つけたいし、自分の目で見たいって思うよ」
 缶コーヒーはいつのまにか空になり、沈黙の空間に耐えかねて顔を上げれば五十嵐は目元を押さえていた。その姿にぎょっとして近付けば、睫の縁がきらりと光る。涙、と気がつくのに時間がかかった。
「い、五十嵐……?」
「……俺、お前に写真送って、自分で見たいって言わせたくてさ」
「それがもしかして秘密?」
 小さく頷く五十嵐を見て、言葉を失ってしまった。
 十年前の約束の他に、もう一つ理由があると言っていたのを覚えている。秘密と誤魔化されたけれど、十年の積み重ねはたった一度でも僕に写真に撮った風景を見たいと言わせることだったのか。名乗りもせず、どこの写真とも言わず、ただ偶然会う一瞬に賭けていたというのだろうか。
「叶わないと思ってたから」
 五十嵐もほとんどない望みに賭けていたのを感じて、心の奥にじんわりと熱が点るのを感じ、小さく唇を噛んだ。
 新幹線がホームに入ってくる。連結切り離しのためにしばらく停車するとアナウンスがあり、別れを惜しむ人たちがホームから新幹線へと乗り込んでいく。
 空になった缶を五十嵐から引き取り、ゴミ箱に捨てる。三脚とカメラが詰まった重たいボストンが五十嵐の手に食い込んでいるのが見え、ホームからじっとその背中を見つめていた。
 一瞬、五十嵐が振り返る。僕がまだドアの前から離れないのを見て、立ち止まった。発車ベルが鳴る。五十嵐はそこから動かず、僕にひらりと片手を振った。
「じゃあ、また」
 ――電車は間もなく出発いたします。無理なご乗車はお止め下さい。次は――
 出発時刻を告げるベル。駆け込み乗車を警告するアナウンス。それらを聞きながら、僕は小走りで新幹線に飛び乗った。
 背後でドアが閉まる。目の前に立っている五十嵐が目を丸くしている。急いで乗車したから、突然動き出した電車の動きに対応できずに身体ががくんと揺れた。慌てて手すりを掴んで堪え、目の前の五十嵐に笑いかける。
「牧、大丈夫か」
「大丈夫」
 言いかけて、がくんと車体が揺れる。連結部分に近いからか、このあたりは大きく揺れるらしい。床に置いた五十嵐の重たいボストンに手を伸ばし、拾い上げた。
「五十嵐がいれば、もっと別の景色も見られるだろ?」
 そう言えば、五十嵐は困ったように笑った。逃げた日に見た、あのやわらかな笑顔をまた見ることが出来たことを、嬉しく思う僕がいる。何より、これから先、五十嵐の見る景色を一緒に見たいとも思うのだ。
「……ま、明日には帰るけど」
「じゃあ、牧には新しい部屋探しに付き合ってもらおうかな」
 苦笑と共に、五十嵐はゆっくりと歩き出す。ボストンを持って、その背中に続く。
 知らないものを知りたい、もっと悩みたい。そう考えたとき、五十嵐の助けが得られればと思ったのだ。その気持ちを誤魔化さずにここまできた。これからのことは、わからない。けれど、わからないことを楽しむことだって出来るのだと、僕は胸を躍らせていた。

「……牧、俺は指定席一人分なんだけど……」
 五十嵐は言いづらそうに告げ、隣の席で寝ている学生をちらりと見る。僕は五十嵐の重たいボストンを棚の上にしまい終え、ポケットに手を突っ込んだ。
 冬の気配を残す厚いコートのポケットには、自由席のチケットが入っている。
「自由席だからこれから移動するよ、降りたら合流しよう」
「じゃあ、下りたらホームで」
 ケータイがあって便利なのは、すぐに連絡が取れることだ。同じ駅でさえ降りてしまえば、後は待ち合わせをして合流すれば一緒にどこへでも行くことが出来る。
「あ、今日は車、乗る?」
「いや、徒歩の予定」
 行き先はあまり縁のない都会である。交通の便が栄えた場所であれば、車より自分の足を使った方が効率が良さそうだ。
「……ビールいってもいい? ちょっとした夢だったから」
 新幹線でビール、というのはある意味記号的な取り合わせだ。大人の贅沢というか、サラリーマン的な文化というか、とにかく教師であった僕とは縁遠いものだった。一度やってみたいと思ってはいたものの、機会を作らなかったから叶えることが出来なかった。
 五十嵐はくすりと笑ってから親指を立てる。自由にしていい、ということだろう。
「牧、写真撮ったら。ケータイでいいから」
「わかった」
 ポケットのケータイはたっぷりと充電してある。目的地に着くまでの間、多少カメラで遊んでも電池は切れないだろう。
 五十嵐と別れ、自由席の車両へ移動する。たまたま開いていた窓側の席へ座り、通りすがった車内販売でビールを買った。つまみはかまぼこと冷凍みかんだ。
 ビールの缶を開ける前に、窓際のテーブルにビールとみかんを並べ、写真を撮る。揺れる車内でピントがずれ、何枚か撮って自分で確認をした。
 プルトップを捻る。短く炭酸が抜ける音を聞いて、冷たい缶に口をつけた。舌に残る苦みと、喉を流れていく炭酸の音、それに麦の香りに感嘆の声を出しかけてゆっくりと息を吐いた。
 新幹線でたった二時間。それだけで、また五十嵐に会うことが出来る。今日が終わって、明日に日常へ帰っても、日常に疲れたらまた逃げてしまえばいい。そのときは、五十嵐の家に転がり込んで、息抜きに付き合ってもらおうと思っている。そういう意味では、この後の部屋探しでは大いに口を出させてもらおうと心に決めた。
 ケータイには、さっき撮った写真が表示されている。ビールとみかん、それに車窓の外にある流れる風景。写真には、変化を残すことが出来るのだ。
 後で五十嵐にも見せよう。写真の上手い下手はわからないけれど、この変化の記録を見て欲しいと思ったからだ。
 冷凍みかんを一房口の中に放る。冷たさで口の中がひりついたけれど、爽やかな甘さで頭の中がすっきりしていく。ビールにみかんは合わないけれど、電車にみかんを並べてしまうのは、きっとあの日のせいだ。