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やさしさラボ “コト起こし”実践9

これは、「やさしさラボ」の最終課題”コトを起こす”に関するメモです。
”コトを起こす”=やさしさの使い方の実験
ここでの定義は、
①自分と自分にとっての「むこうがわ」との間で
②自分にとって「やさしさとは何か」に近づく/を深める、あるいは「やさしさの使いかた」を表現する
③何らかの「コト」(アクション、できごと)を起こすこと

私の”コト”は、
自分と関わりがある人と「やさしさ×〇〇」で対話をする

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上平先生 48歳 男性
関係性:大学の研究室の先生・教授
プロフィール:大学2年生の時からグラフィックデザインなどを教わっている先生。3年生のプロジェクトも4年生の研究室も上平先生。いろいろなことに取り組んでいて、知っていることが多く、やっている仕事量が半端ない。素直にすごいなと思う。

対談音声ファイル​↓

Q.友達とのエピソードで優しいなもしくは優しくないなズレてるなと思ったエピソードがあったら教えてください。

上平先生「ズレを感じるな…なるほどね。今真っ先に思い出したエピソードがあって。僕も人生経験長くて、アラフィフだからさ、長いわけですよ。半世紀くらいあるから色々あるわけですよ。その中で1番忘れられない友達のエピソードがあって。海で僕が溺れかけて死にかけた事があるんですよ。中学校2年生の時に。その時に一緒に泳いでた友人が来てくれたんだよね。俺が「助けてー」って言ったら、その友人も一緒にその場までクロールできてくれて。一緒に流されたんだけどw僕らは海のそばで育ってるからみんな泳げるんだよ。だから、この辺だめだよーっていうところも平気で泳いでたんだよね。引き潮になっちゃうと流石に僕らの泳ぐ速さよりも早くなっちゃうんだよね。そしたら引き潮で流されちゃって、そこに友人も来てくれて。友人と一緒に流されちゃったんだけど。真っ先に思い出すんだよね。あの時に彼が来てくれたってことはね。対岸に泳いで行っても引き潮に勝てないから、その時に横に泳いで行ったの。海沿いの子だからその辺の知識はあったの。横に泳いで行って2、3キロ離れたところの岩場に辿り着いたんだよ。その日の帰りの自転車のペダルが重かったこと重かったこと。今でも覚えてる。もう、全勢力使い果たして「よかった。死ななかった…」それは彼の結婚式エピソードでも喋ったし。まぁね。一生のネタですよwだからね。優しさって、ああやって自分の危険も顧みずに助けに来てくれたって言うのも優しさじゃないですか。」

私「そうですね。その頃から、結婚式のエピソードで話すくらいの長い付き合いっていいですね。」

上平先生「そうだね。今でも鹿児島に住んでるからなかなか会えないんだけど。(その友人が)地元で有名な居酒屋を経営してて、コロナでお客さんが減ったって言うから「俺が商品券作ってやるよ!」って言って、すぐ特製のチケット作ってあげて。」

私「先生にとって友達ってなんなんですか?」

上平先生「友達…。大人になっちゃうと友達っていう感覚って薄れていくんだよ。若い頃はあったよね。僕も友達って大事だなって思ってたし。30歳過ぎて、40歳過ぎて…昔の友達は今でも友達って思うよ。ただ、その先の友達っていう感覚がよくわかんない。例えば、他の先生方を「僕の友人」と言えるものか、わからないでしょ?だから、友人って言えるのかな?っていう人ばかりになっちゃう。」

私「大人になると、新しい友達ってできないんだろうなって思ってるところがあって。」

上平先生「そういう事ではないと思うんだよね。そういう人が周りに増えすぎる。仕事の関係とか、なんだかんだで付き合いがある人は山ほどできるんだけど、友達っていう感覚なのかどうかっていうのは…無いとは言わないけどね。だから、なんですかって言われてもねぇ。なんだろうね…。」

私「友達の定義って?」

上平先生「友達の定義!僕の友達の定義は結構シンプルです。昔から議論する。”利害が絡まないで2人で飲みに行ける人”は僕の中で友達。お互いにいい時間を過ごせない人はたぶん友達じゃないんだよ。サシ飲みできるっていうのは一つの基準かなと。サシ飲みして楽しい時間を過ごせるか、気軽に誘えるかどうかっていうのは一つの基準かなっていう話ですね。あいつと楽しい酒は飲めないなってお互いに共通了解がない人はたぶん友達じゃ無いんじゃ無いですか?だけど、僕、栗芝さん(大学の同じ学部の先生)と16年一緒に働いてるんだけど、最初仲悪かったんですよ。でも、サシ飲みしてから仲良くなったよ。たまたま出張に行った時に飲み行きましょうよって言って2人でサシ飲みして。そしたら栗芝さんが「上平先生とサシ飲み」って言って、他の先生に「歴史的瞬間ですね!」って言われて。」

私「へぇ!じゃあ、確かにサシ飲みができるできないが友達の基準になるかもしれないけど、その逆でサシ飲みしたから友人になれるっていうのもありますね。」

上平先生「あるある。サシ飲みしたら僕と彼も少し心が打ち解けた感じはあるよね。あの日以来ね。義理的に行くのと、なんの損得もなく行こうよっていうのはだいぶ差があると思う。誘ってもらえるっていうのも社交辞令で言う人は多いと思うけど、実際に場を設定するっていうのもその時間を大事にしてくれてるんだなって事を思うし。そういうところは大事ですよね。」


Q.やさしさってどう思いますか?

上平先生「優しさねぇ。違う部分をちゃんと認められる。そうなってる事に対して理解をできるってことかな。僕の中ではね。つまりほら、キレたりとかいろんな形で、まあ、人間は機嫌がいい時ばかりじゃ無いじゃん。だけど「ああ、今そういう状態なんだな」って事を理解して、ムカッときたりとかする事を含めて理解してあげる事。」

私「学生に投げかける事ってありますか?」

上平先生「学生達に投げかける事ありますよ。「あー。今辛そうだなー」とか。自分から優しくするっていうのはエゴな感じがしますよね。「俺優しいだろ?」って言うのは違くない?どっちかって言うとそれは優しさじゃない気がする。同意を求めたりするのは。恩着せがましいのは本当の優しさじゃない気がするよね。」

私「じゃあ、やっぱり利害が絡まないとか、そう言う感じですか?」

上平先生「僕の中ではね。僕の中では、相手が押してるなら僕が引いてあげる。相手が引いてるなら、僕が押してあげるっていった、力のバランスを理解する事。2人の会話にしても、物理で言う作用反作用みたいな感じかなって思いますね。そういうもんだって理解することじゃない?それをあいつはそれをわかってくれないっていうのは違うと思いますね。「俺がこんなに気を遣っているのにあいつは何もしてくれない」っていう、利害に置き換えるのは違う。それを超越した形で接する事が優しさだと思いますね。」

私「自分に返ってくるのを期待しないって事ですかね。」

上平先生「そういうこと。ついつい人間みんな期待しちゃうんですよ。それを期待しない事が本当の優しさ。」


Q.今回のこの話をいつの未来の自分に届けたいですか?

上平先生「死ぬ前かなぁ。まあ、なんだかんだで後は迷惑かけていく一方になっていくと思うんだよ。子供達にもいつかは頼ったりすることになるんだろうなっていう。何十年後か後にはね。今、僕はこうやってちょっと偉そうに君の質問に答えているけど、10年くらい経ったら立場も変わってるだろうなって思うし。君らが偉くなって僕が老いぼれて。たまたま今こういう関係でいるけどね。だから、死ぬ間際かな。だからって若い頃に持っていこうとは思わないね。僕もその都度学びながら生きてきたので。その頃はその頃で一生懸命生きてきたはずだから。逆に忘れていくんじゃないかなって思うんだよね、いっぱい経験した事を。今喋った事っていうのも過去の50年間の経験からきた言葉だと思うんだけどさ。そういうのも忘れてしまうんだよ。いずれ僕は。」

私「じゃあ、どんな言葉を添えますか?」

上平先生「その時の自分に…なんていうかな…なんだろうね。「たくさん頑張って生きてきたじゃん。」とかかな?うーん。なんて言葉を添えるんだろうね。「よく頑張ったじゃん。」とかかな?「だけど、いっぱい忘れたこともあったよね」って言うね。振り返りしないと忘れちゃう事もいっぱいあるからさ。そういうのが何十年も溜まっていくんですね。で、最後はわがままになって死んでいくんです。」

私「衝撃でした!はじめての回答でした!」

上平先生「いや。今日、尊敬していた同級生の人が亡くなった事2、3時間前に知って。まだ、受け止めきれてないんだよ。あぁ。彼を尊敬していたのになと思って。彼のことを戦友みたいに思ってきたし。学部にも講演しに来てくれたし。自殺なんだけど。さっき妻とも話したんだけど、我々の世代って脆いよねって。一回落ちたら這い上がれない。若いうちだったら、多少失敗しようが這い上がっていける気がするんだけど。僕はむしろ彼の生き方を尊敬していたところがあったから。本当にほんの一歩間違うだけで自分もそうなるよなと。彼は有名な仕事をたくさんしていて。転職したらその先で上手くいかなくて病んでしまったらしい。そういう話を聞くと怖いよね。この間まであんなに仕事ができた人がちょっと環境が変わっただけで命を絶つレベルまで人間が変わってしまうんだ。だからそう思うと本当に周りとの関係によって人間は生きてるから。何で自分が仕事ができてるかって考えると、結局周りとの関係によってとしか言いようがない。」

私「生きていくってことについて考えちゃいますよね。」

上平先生「そう。周りによって自分の力も決まるし、元気さも決まっていくんですよ。そういう事に気付かされますよね。だから僕も彼に声かけてあげたい。さっきの“死ぬ間際”っていうのはそういう意味だったんだけど。死にたいなって思っても、「まあ、その分君は周りの人たちから励まされてきてるだろ」って「元気だしなよ」っていうようなつもりだったのね。死にたくなって絶望したとしても、「いっぱい応援してる人がいるよ」って僕は声をかけたかったし、僕も声かけるだろうし。」


私の感想
 私よりも人生を2倍以上生きていて、かつ知識が豊富な先生にとって、友達って何だろうと思ったところが先生に話を聞きたいと思ったきっかけでした。溺れかけた時、友人が助けに来てくれたというエピソードからは、友人の思いやりの気持ちや一緒だという強い思いが感じられるエピソードで、それまで子供ながらに友達を大切にしてきたんだろうなと思いました。最後、この話を届けたいのは死ぬ間際の自分。私は最初、勝手に老衰や病死をイメージしていましたが、それは戦友とも言える同級生の死から感じたことで、何十年も生きていく。蓄積していくということがどういうことのなのか、また、人間は周りの人間に生かされているということを学ぶことができた対話になりました。

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とある大学の大学4年生。22歳。 スーパーノーマル属性