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列は人数の割に長く

古本を漁りにブックオフに行った。店頭にはアルコール消毒液が置いてあった(今はどこにでも置いてある)ので、念入りに散布して手揉みしながら店内を徘徊した。

三島由紀夫『不道徳教育講座』を探していた。果たしてそれはすぐに見つかった。2冊、陳列されていた。どちらも同じ値段だったので、きれいで新しそうな方を選んだ。古本屋に来て新しそうな本を選ぶ己の矮小さを呪いながら、レジの列に並んだ。ディスタンスがきっちり確保されていたため、列は人数の割に長く伸びていた。

列に並んでレジを待つ間に、店内放送が聞こえてきた。DJの軽妙な喋りが明るかった。聞くともなく聞いていると、DJは思わぬことを口走った。

「第6位、ビートルズ!」

驚いた。DJは「第6位、ビートルズ!」と言ったのだ。 世界一売れたロックバンドであるビートルズが「第6位」になり得るランキングなど存在するのだろうか。DJが言ったのはきっと1回きりだったが、僕の頭の中では「第6位、ビートルズ!」が繰り返し何度も反響して聞こえていた。

一体なんだ。何のランキングなんだ。僕はDJの次の一言を待った。時間にすればおよそ2秒足らずだったこの時間は、僕にとって永遠のように長く感じられた。そしてDJは極限まで僕を焦らし、やっと(2秒後に)言った。

「続いての、好きなバンドランキング!」

愛だった。「好きなバンドランキング!」という、愛についてのランキングだった。愛であれば仕方がない。ビートルズが誇る「世界一売れた」という圧倒的な数値は、愛にだけ敗れ得ると僕は知った。第5位はいきものがかりだった。ランキングの選者は平成生まれかもしれない。

世界一から第6位に成り下がりさぞ悔しかろうと、僕はプレイリストのビートルズを尋ねた。しかし彼らはまるでこの出来事を予見していたかのように、僕の杞憂を豊かな音で慰めた。

『オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ』

長かった列はそこで終わっていた。僕は何事もなく会計を終え、レジを後にした。店を出る直前、ふと思い立って店頭の消毒液をワンプッシュした。噴射されたアルコールは僕の掌をしっとりと濡らした。そしてそれは左手の手刀を伝って、買い上げた古本に一滴、たれた。僕は過ぎたご自愛を呪いかけたが、一滴のアルコールはすぐに乾いた。

大きくて安い水