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またこの味だ

家の周りにネコが多い。彼らは常に3匹以上で徒党を組み、ニャーだのグウゥだのガアーだの、険しい顔で鳴き合っている。種類もファッションもおそらく異なる彼らだが、夜通し鳴き合うほど仲は良いらしい。夜中に集まって鳴かれるとそれなりの声量になるのでそれなりに迷惑なのだが、僕は大人なので文句は言わない。薄布団にくるまって目を閉じて待つ。おいネコども次やったら覚えておけよ、と思っている間に眠っている。僕の睡眠は何人たりとも、何ネコたりとも踏み入れることのできない聖域なのである。

ネコは近所を出歩いているが、僕は出歩かない。最近、食事はほとんど自炊になった。昨日マクドナルドのモバイルオーダーを使ってテイクアウトをしたら便利過ぎて鼻血が出た。そのくらい、今の僕は自炊の沼に浸かっているのである。

自炊沼における悩みとして、だいたい同じ味になるということが挙げられる。またこの味だ、と思う。使う調味料が変わらないから、同じ味付けになるのは必然なのかもしれない。塩、胡椒、砂糖、醤油、酢、サラダ油、ごま油、ハチミツ、めんつゆ、みりん、料理酒、オリーブオイル、中濃ソース、トマトケチャップ、香味ペースト。この組み合わせから生まれる味に大差はなく、煮るなり焼くなり好きにしても、だいたい同じ味に行き着いてしまう。

しかし今日の昼、遂に味が変わった。NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』で特集されていた中華料理人・古田等さんの『超簡単パラパラチャーハン』に倣って作ったチャーハンは、いつもと違う味だった。いつもより美味しかった。その名の通り超簡単に、パラパラになった。使った調味料はいつもと一緒なのに、調理行程や火加減を変えただけで味が変わったのだ。驚いた。鼻血こそ出なかったが、出ていてもおかしくなかった。出ていたかもしれない。きっと出ていた。やはり、プロはすごい。困難に直面したときはその道のプロを頼るのが一番である。

さて僕は何のプロかと申し上げると、お笑いのプロだ。プロとしてできることは、笑顔にすることだ。思い立ったが吉日、僕は窓を開けてベランダに這い出た。案の定、ネコたちはそこにいた。彼らはいつものように険しい顔で徒党を組んでいた。僕は彼らに変顔をした。寄り目をして、下あごを突き出した。きっとネコにはできない顔だ。

寄り目を戻したとき、ネコたちはじっと僕の顔を見ていた。そして彼らの表情に笑みはなかった。喜怒哀楽の何もない、いつも通りの険しい表情だった。僕が下あごを戻して変顔を解くと、彼らは互いに向き合って、ニャーだのグウゥだのガアーだの鳴いた。そして散り散りに去っていった。僕は彼らが居たところに一礼をして、部屋に戻った。隣人に見られなかったことが、不幸中の幸いだった。調理に使ったフライパンを、いつもより丁寧に洗った。

今日はネコが鳴いていない。たやすく眠れるかもしれないし、そうでないかもしれない。

大きくて安い水