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初めて買ったCDは松山千春

僕が初めて買った(買ってもらった)CDは、松山千春さんの名盤『グレイテスト・ヒッツ』である。小学2年生の冬、親にねだって買ってもらった。その日のことは今でも鮮明に覚えている。

土曜日の朝、休日にしては少し早い時間に僕は目を覚ました。僕は和室に敷かれた羊毛布団にくるまったまま、リモコンを探してテレビをつけた。窓からは白い鱗雲が見えた。冬の寒さが現れ始めた頃だった。僕は薄目を開けて、垂直に傾いたテレビ画面を見つめていた。画面の中では『ポンキッキーズ』が放映されていた。

当時の僕は『ポンキッキーズ』のミニコーナーである『爆チュー問題』が大好きだった。土曜日の朝はこのコーナーのために早起きをして、ネズミに扮した爆笑問題さんが現れるのを心待ちにしていた。

しかしその日、『爆チュー問題』は放送されなかった。ガチャピンがスキージャンプを派手に決めてムックがやたら喜ぶなどしているうちに、番組終了時間が近づいていた。僕は「なあんだ、今日はやらないのか」と少し残念な気持ちで、力強く手を振るガチャピンとムックをぼんやりと見ていた。すると、画面が切り替わってその日最後のコーナーが始まった。

画面いっぱいに、雪山が映った。ナレーションが説明を加えて「北海道の雪山です」と言った。雪山をバックに、鳥が飛んでいた。ナレーションはその様子を「越冬です」と言った。僕は布団にくるまりながら「寒そうだなあ、大変だなあ」と思った。ぬくまっている自分と越冬する鳥を対比させて、幼心に自然の厳しさを想像していた。

鳥は寒いのだろうか。羽毛が生えているから暖かいのだろうか。そういえば祖父母が「今年から羽毛布団にした」と言っていた。羽毛は羊毛よりも暖かいらしい。自分を覆う羊毛布団が急に頼りなく見えて、羽毛を携え越冬する鳥が羨ましく思えた。

越冬する鳥は頑張っているのかそうでないのか判然としなくなったところで、テレビから曲が流れてきた。その曲こそが、松山千春さんの名曲『大空と大地の中で』だった。

果てしない大空と広い大地のその中で
いつの日か 幸せを
自分の腕でつかむよう

8年と少々の人生で初めて、曲を聴いてビビッときた。「なんだこれ、なんかよくわかんないけど、めっちゃいいぞ」と思った。泰然とした雪山と、厳しい冬に対峙しているのに能天気そうな表情で飛ぶ鳥が代わる代わる画面を占めた。その情景も相まって、僕の心臓の奥の方がざわざわと震えて熱くなった。

その衝動は行動に変わった。僕は布団から起き上がり、リビングにいた両親に「松山千春のCDが欲しい」と宣誓した。僕の熱意とは裏腹に両親はあっさりとしていて「おー、珍しいね。じゃあ夕方になったら買いに行こうか」と承諾してくれた。僕が何かを熱烈に欲したのはおそらくこれが初めてだった。そのため両親としては、息子の自我の萌芽を以て簡易関所を通過できた程度の感覚だったのかもしれない。

兎にも角にも、こうして僕は『大空と大地の中で』が収録されているアルバム『グレイテスト・ヒッツ』を手に入れることができた。今ではもっぱらサブスクで曲を漁る日々であるが、コンポにCDを取り込み歌詞カードを読みながら丁寧に曲を聴き込んでいた当時のことが、たまに懐かしく思い出される。そして郷愁に従い中音量でスピーカーから曲を流せば、隣人に壁を叩かれる。こんな日々も、いつか懐かしく思えれば良い。

大きくて安い水