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二人称は”社長”

「電車男」になりそこねて、「勝手にふるえてろ」で終わった話。

数年前、そこそこ混んでる夜10時過ぎの東海道線下りの電車で、若い女性にからんでる60代くらいの酔っ払いジジイがいたんです。痴漢行為も暴力もないんですが、「注意してやったのに、返答しないのはなぜなんだ」みたいなことを、ぐずぐずぐずぐず言いながら説教の体で女性に絡んでいる。明らかに他人同士。彼女は怖がって何を言われても黙って下を向いています。

ジジイの貧乏くさい風体から川崎駅で降りる可能性が高いと計算し、川崎駅手前でジジイに話しかけることにしました。彼の降車駅まで気をそらせば、場が収まるはずだった。(川崎市関連の皆様方ごめんなさい)

ただ、服装が競馬新聞を読んでる人によくあるような堅気風じゃないのに貧乏くさいスタイル、さらに気の弱い若い女性に執拗に絡み続けるような卑怯者なので、 最悪の場合、刃物とかもってる可能性もゼロではなかった。仕方ないので気休めに、カバンのポッケの中に手を突っ込んで太目のボールペンのペン先を出したうえで握りしめました。“刃物を持ち出してもすぐにこれを見せたら挑発になるから逆効果だな”とか”本当に最悪の場合はこれで首筋狙うのかな?″とかぼんや り考えながら。

で意を決して、「社長! まあまあ、大丈夫スか?」みたいな感じで、へらへら語りかけたんです。そのとき自分でも予想外だったんですが、怖くて脚がぶるぶる震えだした。刃物を警戒しているくらいだから、向うが手を出してきても届かないくらいの間合をとって話しかけたんで、全身視認可能。だから向うも私が震え てるのが丸わかりなんです。(そうです、本当に 「社長」って呼びました。屑の年配男性に対して、相手を怒らせないで話しかけるには大変便利な言葉ですね。二人称の“社長”を発明した人を社長に してあげたい。)

そしたら、ジジイは興味を持ってもらえたのがうれしかったのか、こっちが震えてるので優位に立ってると思ったのか、私に話しかけてきた。ただ、いつ怒り出すかわからないし、こっちの脚の震えは止まらないんです。そうこうしてる間に待望の川崎駅に到着ですよ。

ドアが開いて、降りていきました。……絡まれていた女性が。

彼女はホームで、ほっとした様子でしたがまだ泣きそうな表情で私にお辞儀をしてくれました。つーか、屑ジジイと車内に取り残されて、こっちが泣きそうなんですけど。

で、私はさらに横浜駅まで、ジジイを怒らせないように下手に下手にでて相手をして、自分の乗換駅の横浜駅で降りて状況終了。ジジイは横浜駅よりだいぶ先まで行ったようでした。(川崎市、ほんっとうにごめん。)

自分でやってみてわかったけど、乗客トラブルって注意する側もそうとう怖いんですね。だから手が出やすい。要は、屑ジジイとか酔っ払いとか理詰めが通じない相手なのに、注意する方は正義+理詰めで責めるし、同時に自分の恐怖もコントロールしないといけない。

そうなると、構造的に
< 話が通じない + 怖い = 暴力で制圧してしまいたい >
になる。

ニュースで、電車内の問題行動を注意したほうが先に手を出すみたいなケースを結構聞くことがあって、それまで「注意した方が暴力振るってどーすんだよ」といつも思ってたんですが、気持ちがわかった。脚を震わせながら川崎手前~横浜間をへらへら下手にでて“社長”の相手をし たせいで、殺伐とした気持ちになって、“せめてカバンのボールペンが 金属製だったら、少なくとも脚は震えなかったんじゃないか?″とすら思ったもん。

というわけで、構造的に危険なので屑ジジイは電車で私と同じ車両に乗ら ないほうがいいです。


*写真は川崎市民ミュージアム(屑ジジイとは一切関係ありません。本当にごめんなさい)