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音楽の話1〜死ぬなら今〜

ノート恥めました。

スズキリウイチの創作物につてのアレコレの記録です。

先日、私の住んでいる島で音楽祭が開かれました。といってもコロナ真っ只中の開催なのでライブ配信のみでした。
島の各所でミュージシャンどもが演奏したりしました。
皆さん素敵でしたよ。

で、スズキリウイチも出まして、主催者のシバっちゃんがそれぞれの出演者の演奏を動画でまとめてくれたのがこちらです

廃校になった小学校の体育館をお借りして、かなり「疎」(蜜の対義語)の状態でさせていただきました。
広々してて気ん持ちよかっタァー!

で、曲の紹介も兼ねて一曲ずつその曲をテーマにアレコレ書いてしばらくは様子をみようかなと思っています。

今回は動画の一曲目「死ぬなら今」です。

「死ぬなら今」全詞

だらだらと長い歌詞なんですが。
このタイトルは落語からとってまして、「死ぬなら今」って言うセンセーショナルな演目があるんですよ。

大好きな瀧川鯉昇師匠の「死ぬなら今」がこちらです。

まぁ、タイトルがかっこいいと思ってパクりましたが、噺の内容と歌詞は全然関係ないです。
「死ぬなら今」で曲作りたい!って思って作り始めた曲です。

「死にたい」ってやっぱり普段から良く思うじゃないですか。
もう、全員がそうだっていう体で話進めますけど。

んで、特にどんな時死にたいと思うかって考えると、自分の場合は「1日の始まり」「誰かと出会う、出会った、出会わなければならない時」「自分が幸せな時」なんです。まぁ、他にもありますがパッと思いつくのがこの辺です。

歌詞の1番が「1日の始まり」です。
「起きる時間だけど目覚めたくないよー」の描写だけの1番なんですけど。
まあ、年齢のせいか最近は朝がそんなに億劫じゃなくなってきてますが、今日という初めての1日をこれから体験しなくてはいけない恐怖は常にあります。だって何が起こるかわからないんだもん。嫌だよ。
全然ロックじゃねえだろう?

で2番が「誰かと出会う、出会った、出会わなければならない時」。
これは未だに相当な苦痛を伴います。「出会わなければ、この人を嫌いになる事も嫌われる事もないのに、お互い嫌な思いをしなくて済むのに」って常に思ってます。出会いが悪い結果を生むとは限らないし、知り合う事で好きになる人の方がやや多いんですが、そういう人たちに嫌われたり、興味をなくされたり、呆れられたりするのはかなり怖いです。アウトサイダーのフリしてますが実は承認欲求の塊なんです。全然ロックじゃねえだろう?

3番が「自分が幸せな時」。
これは自論であって、勝手な思い込みなんですが、自分の幸せは誰かの不幸の上になりたってると思ってます。幸せとか不幸って表現としては安っぽいと思うのですが、丁度いいのが思い浮かばない。
今この瞬間も世の中で悲しい事や苦し事ってたくさん起きてるじゃないですか。それが自分にふりかかるかもしれないけど、ふりかかってないってだけで今もヘラヘラしてこんなしょうもない事書いているって思うと、結構しんどくなっちゃうんですテヘヘ。いろんな事に目を瞑って自分の人生全うするのは全然悪い事じゃないし、そうするしかないとは思ってるんですが、本当にそんな事でいいのか?ってつい思ってしまう。胸張って幸せを叫ぶのは恥ずかしい。自分を主張する事自体恥ずかしい。全然ロックじゃねえだろう?

やっぱり、死ぬなら今、なのかも知れません。




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