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無駄なことなんてない。起業から創業1年目の激動

こんにちは、株式会社AppRuns(アップランズ)代表の鈴木啓也(スズキヒロヤ)です。

AppRunsは宮城県仙台市で自社サービスの運営をしている会社です。
注力領域は教育ジャンルで代表アプリ『単語帳メーカー』をはじめ、サービス運営で生計を立ててます。

2月7日は創立記念日、AppRunsを創業して丸6年が経ち、7年目がスタートする日です。

7年目を迎えられたのも、多くの方に支えて頂いたおかげです。この場をお借りて御礼申し上げます。

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そんな節目の日に、会社を作ろうと思ったきっかけや初年度(サービス開発を始める前)を振り返り、改めて身を引き締めようと思いました。

このnote で誰かの気持ちを1mmでも動かせたらとても嬉しく思います。

1年目は本当に毎日が戦いの中、不器用なりに必死に取り組んでなんとか生き延びた感覚です。これほどの経験を今の自分がやって気力がもつかと思うほど、濃密な時期でした。

仙台で起業するきっかけ

最初に起業するきっかけのお話から。

学生のころ、将来的に起業したいとぼんやり思ってましたが、まずは手に職をと考え金融系エンジニアとして東京でキャリアをスタートしました。

ITといえばホームページ、ECサイト、パッケージ開発といったWeb系・オープン系をイメージしてましたが、配属されたのは大型システムを扱う汎用系(計算処理とか送金とか)でした。

新しい技術を学び覚える喜びの半面、思ってたこと・やりたいこととちょっと違う思いを交錯させながら、周りの方々がとても優しい人ばかりで何となく居心地良く過ごしていました。

そんなモヤモヤした気持ちをもって社会人1年目も終えようとした3月、

東日本大震災が起きました。

現地に一向に繋がらない電話、TVでは津波のニュース。幸い家族は無事でしたが宮城県の危機。今すぐにでも駆け付けたい。

まず出来ることからと、東京から宮城へ下道12時間かけて物資を届けました。
無事に到着して家族や友人に配ってると「もっと大変な人がいるから」「自分は生きてるだけでラッキーだから」とみんな明るく笑顔で接してくれたのが印象的でした。

それぞれの人の強さを感じ、同時に自分の弱さを感じました。

東京に戻り、どうしようかと悩んでいた2011年3月23日。ふとTVをつけたら春の高校野球選抜大会の開会式が映されていました。そこでの選手宣誓の一節で、私は頭をハンマーで叩かれた様な衝撃を受けました。

20110323選手宣誓

「がんばろう 日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」

「生かされてる命に感謝」「全身全霊」

この言葉に震災で気づかないフリをしていた自分の「無力さ」を思いっきり突きつけられました。

これまで、どこか満足しないぬるま湯な日々から、このままじゃダメだ!生かされてる命をしっかり使おうと気持ちにスイッチが入るには十分過ぎる出来事でした。

そして、やっぱり地域に貢献したい、震災からの復興・発展に貢献したいと考え、この時に早く起業しよう、そして仙台でしようと決意しました。

そこから、ITプロジェクトの進め方、Webやアプリの技術を必死に勉強し、出来事から2年後に起業、3年後の2014年に法人化しました。

AppRuns創業1年目の激動

AppRunsは宮城県仙台市の10坪程度のビルの一画からスタートしました。

会社1年目

創業当時は法人登記の仕方も分からず、また司法書士に頼めることすら知らず、公証役場に自分で行ってハンコをもらい、また法務局に持っていってはやり直しの指摘を大量に受け、何度も何度も会社と往復して何とか提出できました。

その時に意識してたことは「設立日は大安にしたい」だけ。笑

提出できて安堵した後の帰り道、自転車に乗ってみた夕方の空はとても晴れていて。その景色は一生忘れないと思います。

そんな無知の状態、気持ち先行で始めた会社は毎日が激動の日々でした。

土日関係なく毎日3時まで仕事、週2は徹夜で会社に寝袋を持ち込み、家にはお風呂に入るために帰る、そんな生活をしてました。

自分たちの力不足を補うには時間がかかってもやるしかないし、それが当たり前だとも思ってました。本当に文字通り、朝から晩まで仕事してました。(辛くてあんまり思い出せない笑)

今こんなやり方したら、めちゃくちゃ怒られます。それでも文句も言わず一緒に歯を食いしばってくれた仲間がいました。それには感謝しかありません。本当にどうもありがとう。

東北を代表するIT企業になりたい

創業当時、震災をきっかけに仙台で起業し、どんな会社にしたいかと考えた時、それは「京都といえば任天堂、福岡といえばレベルファイブ、じゃあ仙台といえば…」という東北を代表するIT企業を作りたいと思いました。

そのためにはと思った時に「サービス開発」が頭に浮かびました。

・多くの名だたる企業は「自社サービス」がある
・仙台は受託開発・SESに軸足を置く企業が多い
・自社サービスは労働集約型じゃないため人材が少なくても勝負できる

サービス開発という手段で、世界中の人が利用する代表サービスを作れば「東北を代表するIT企業になれる」と考えました。

それができたら地域の人への貢献にもなるし、震災からの復活を世界にアピールできると思い、それを本気で実現しようと考えていました。

しかし、夢や想いだけでは達成できず、具体的なアクションプランもお金もない。

その資金を捻出するため、最初は受託開発をメインに事業をしました。

・東京で案件を受注して仙台で開発
・それを繰り返しながら資金とプランを練る
・受託と自社サービスを並行して開発する
・サービス開発で一本立ちする

の流れでステップアップを考えていました。

今なら、もっと効率的で洗練された進め方があることを当時の私は知らず、ただただ目の前のことを一つ一つこなすことだけが夢に近づく方法だと考え生きてました。

「そんなの夢物語だよ」

会社を設立して数ヶ月後のとある日、従業員をSES契約で短期的にお客様先に常駐させていた頃、お客様から一本の電話が入りました。

「オタクの従業員の勤務態度で相談がある」

嫌な予感しかしませんが、すぐにお伺いして話を聞くと、その従業員が業務中にSNSをしていた事実がログで確認され、契約を打ち切りたいとの事でした。

私自身も誠心誠意謝罪し、契約打ち切りが決まりました。そしてその取引先の社長様がミーティングルームに入ってこられて質問をされました。

「鈴木くんは、なんで会社やっているの?」

私自身先に述べたきっかけや想いをお伝えし、全て聞き終えた後にその社長様に一言、

「そんなの夢物語だよ」

とお言葉をいただきました。

私自身、想い先行でしたが、なかなか正面から言われたことがなく大変ショックでした。しかし今回の出来事で実際にご迷惑をかけ、言い返せる立場にはありません。

悔しい思いと情けない気持ち、そして契約解除が決まる心打ちひしがれた出来事でした。

サービス計画書づくり、そして解散宣告

上記の件はショックでしたが、それでも私について来てくれる社員がいて奮い立つ出来事にもなり、早期にサービス開発をするためにどうすれば良いかを考えました。

その時にある話を聞きました。それは、

とある大企業の研究開発部門が新技術でのサービス開発を推進していて、
企画が通れば開発費を捻出してくれる。

そんなことがあるのかと思った私は、すぐに担当者を紹介してもらい受託開発と並行してサービス企画書づくりを始めました。

ですが、経験も実績もない企画書づくりは、出しても出してもなかなか通らない。受託も並行して開発してましたが企画書作りに軸足を重めに置いていたため日に日に会社のキャッシュが減る。

企画書が通らない、受託で忙しい、社員が疲弊、キャッシュが減る。

無茶した働き方とストレスで、朝胃が痛すぎて起きれない経験もしました。

そして、とうとう恐れてた日は訪れました。その日、社員全員を集めて、

「大変申し訳ありません。会社にお金がありません。来月には全員の給与が払えなくなります。この沈みゆく船から降りてください。」

と、時間切れになったことををお伝えしました。

その時みんなは誰も私を責めることなく、仕方ない・よくやって頂いたと言ってもらえました。

ですが、経営者としてわがままに付き合わせ、辛い気持ちを社員にさせた情けなさは、2020年を迎えた今日まででも一番辛い出来事です。

その後、諸々手続きを行い、改めて私と社員の2人で再スタートを切る事になりました。

新しいスタートは拾う神と

2人になり新しくどうしようかと考えていた年末の暮れ、これまでの出来事を相談していた知り合いの社長に相談していたところ

「一緒にやらないか?」と申し出を受けました。

契約内容はざっくりいうと半年間一緒にサービス開発をして、そこであがった売上を折半しようというもの。
その会社は自社サービスで既に実績があり、メディアやサービス開発をする際にエンジニアを探していて丁度良いと。

また合わせて半年分程度なら開発費も二人の生活費分出せるから一緒にやろうと。

そんな事あるのかと素直に思いました。

そこから、AppRunsはその企業と共にサービス開発に舵を切る事になりました。

そしてこの出来事が、AppRunsのブレイクスルーポイントになりました。

to be continued....

まとめ/7期目に向けて

このnoteでは、起業のきっかけから創業1年目をまとめました。
#1年目だけなのにかなりの量。

私自身、身を引き締めるため思い出したくない辛いことも含め、かなり赤裸々に書きました。

思い出すだけで胃が痛いです。

今振り返ってみると以下のことを感じました。

・想いや勢いだけではどうにもならないこと
・やはり行動が大事であること
・本人の想い次第で物事は前に進められること
・志があれば何度でも立ち上がれること
・チャレンジしたら見てくれる人がいること

読んでくださった方には無駄に大変な1年に見えるかもしれませんが、
私にとって、そして会社にとってこの1年目があったからこそ、今があると心から思っています。

失敗続きで格好悪い経験ばかりでしたが、目の前のことに全力で取り組んだからこそ周りが助けてくれたし、評価、信頼してくれました。

拾う神からのご提案も、私たちの頑張りを評価し、裏切らないと思われたからこその好条件だと思っています。
#確認はしていない。

今は1年目の100倍くらい働きやすさを意識していますが、気持ちは1年目と変わらず7年目を走りたいと思っています。

7期目は、新しい教育サービスを提供予定です!今はこれにアクセル全開で取り組んでいます。

今後ともAppRunsをよろしくお願いします。

■お知らせ

AppRunsでは、エンジニア・マーケターの方を現在ウォンテッドリーで募集しています。ご興味あればお気軽にご応募ください。#ご質問とかもお気軽にどうぞ
https://www.wantedly.com/projects/414736

■noteの話

また、今後はより皆様のためになるような話

・受託→自社サービスで軌道にのるまで
・売上10万→100万にしたサービスでやったこと
・サービス開発のチームでの進め方
・新サービスの成功確率を上げる企画・設計
・商品やサービスの誕生秘話

など、note で書いていきたいと思います。

最新情報は、twitter(@hiroyasuzuki_jp)で発信するので、良ければフォローしてください。

最後にnoteのフォローやスキボタンをポチッと押していただけると今後のモチベーションに繋がって嬉しいです。

長々とお読みいただきありがとうございました。

ほんでまず!

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自社サービスで生計を立てる会社AppRunsの代表/代表作は教育アプリ『単語帳メーカー』/SIer→Web会社→個人開発→起業/受託▶︎倒産危機▶︎自社サービスで復活/サービス運営者を増やしたい/教育が注力領域/現在、EdTechの新サービス開発中/あんぱんが好き
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