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ボカロのなかのポストロック(その1)

暇なのでボカロのポストロックに関するディスクガイドでも書くことにします。紹介する曲は時系列に沿ったものではなく、再生数やボカロシーンでの重要性なども考慮していません。純粋に今のぼくの好みです。(その1)ということは、たぶん(その2)もあるんでしょうね。なにもわかりませんが。

はじめに:ポストロックとは

最近またポストロック(post-rock)をよく聞いています。ここでぼくを含む一部の人が「”ポストロック”じゃわかんねーよ、具体的に言え」と反応したはずなので、補足をすると、Talk Talk、Disco Inferno、Moonshake、Tortoise、Gastr Del Solとか、そういうのです。ここで挙げた5つのバンドはいずれもポストロックに分類されるバンドですが、これらをサラッと流してポストロックとはどんなものかイメージがつかめるかというと、難しいだろうと思います。それぞれのバンドに共通する特徴が乏しいからです。

「じゃあ、ポストロックってなんだよ?」という話になるのですが、自分でなにがポストロックなのか説明するのがダルいのでWikipediaのPost-Rockから引用します。

❞Post-rock is a form of experimental rock characterized by a focus on exploring textures and timbre over traditional rock song structures, chords, or riffs.❞

そういうわけで「ポストロックはエクスペリメンタル・ロックの一種」ということがわかりました。それから「伝統的なロックの楽曲構造やコードやリフよりもテクスチャーと音色の探求に焦点を当てている」そうです。たしかにぼくが最初に挙げたバンドにはだいたいあてはまっていて、みんながポストロックに結び付けているバンドの特徴を抽出するとこんな感じになりそうです。しかし同時に、ここであげた特徴は、90年代以降のエクスペリメンタルなロックバンドの多くにもあてはまってしまいます(テクスチャーや音色よりも、伝統的なロックの特徴を大事にするバンドが”エクスペリメンタル”と呼ばれるでしょうか?)。

したがって、身もふたもないことをいえば「90年代以降のエクスペリメンタルなロックはだいたいポストロック」ということになります。わかりやすくなりましたね。ちなみに「マス・ロック(math rock)」という、しばしばポストロックの隣接ジャンル、あるいはサブジャンルと見なされるジャンルがあるのですが、こちらについては触れません。理由はいくつかあり、そもそもあまり聞いてないのでよく知らない、マス・ロックは比較的ルーツのハードコア・パンクの色を残していることがあって、ポストパンクやクラウトロックを影響元とすることが多いポストロックよりは、ハードコアを起点としたポストハードコアの文脈で語る方が収まりがいい気がする、演奏技巧と複雑な楽曲構造を強調する方向性は明らかに「プログレッシブ」なので「エクスペリメンタル」とは少し趣が違う、などです。

つまらない前置きが長くなりました。そろそろ曲の紹介に移ります。それがしたかったんです。ディスクガイド、好きなんですよ、読むのは。「90年代以降のエクスペリメンタルなロックはだいたいポストロック」ということは「エクスペリメンタルなボカロのロックはたいたいポストロック」ということになります。なるんですよ。今日はそうしたボカロのポストロックをみなさんに聞いてもらって、ボカロとポストロックに対する愛を深めていこうと思います(完璧な導入)。

以下、表記は作者名/曲名です。

1. シーソー/sick as a part♪

Talk TalkやGastr Del Solといったバンドになじんでいる人なら『sick as a part♪』にも反応するはずです。イントロがすばらしい。こどもたちの声のサンプリングからはじまり、清涼なエレキギターのクリーントーン、ひかえめなヴィブラフォン、そしてなんといってもゆっくりと入り、消えていくサックスの音。イントロのアンサンブルが十分に鳴ったタイミングで、やわらかな音色のドラムがインしてきます。この瞬間はたとえようもなく素晴らしく、Talk Talkのボーカルであるマーク・ホリスの「ひとつ目の音符をどのように鳴らすか理解するまで、ふたつ目の音符を鳴らしてはいけない」というポリシーに重なる部分を感じます。直後に入るボーカルの調子は朴訥としていて、歌と呼ぶにはあまりに頼りない。ブレイクを挟んで曲の中盤では、グリッチとシンセのサウンドが大々的に導入され、ベースのフレーズも複雑になります。グリッチは電子音楽の分野で90年代半ば以降使われた手法で、電子音楽方面にアプローチしたポストロックにおいてもしばしば登場します。この曲はきわめて自然にエレクトロニクスと生音の折衷を行っているのですが、特にグリッチを利用したリズムからテンポダウンして生ドラムに戻る部分で顕著です。ベースが控えめになり、ミキシングで左右に振られた不穏なグリッチがコラージュされると同時に、コードを奏でるシンセが消え、それからまた前に出る。シンセの音色はあたたかで完全に生ドラムと調和しています。とぎすまされた音色と、たった2分半の楽曲の中で展開されるアイデアの数々はただただ驚きです。

作者の『シーソー』は電子音楽を中心として、ニコニコ動画に多数の楽曲を投稿しています。『うつせみ』はすきとおった音色の美しい電子音の上で歌愛ユキがハミングをするアンビエント。その歌声はタイトルの通りからっぽで、イノセンスがあります。

2. ManHoleManP/manhole

『manhole』以上にポストロックという言葉のふさわしいボカロ曲を知りません。ぼこぼこと音を立てる電子音、ベースもドラムもないスカスカの空間にぎくしゃくと響くよれたギター、そして初音ミクのもの悲しい歌声で幕を開け、ボーカルのメロディをリフレインするギターが鳴り響くとともに、シンセサイザーの重いベースが空間を埋める……類似したバンドがかつてあったでしょうか? あえて挙げれば、この乱調の美学の源流をメイヨ・トンプソン率いるThe Red Krayolaに求めることはできるでしょうか。牽強付会かもしれません。この曲を特徴づけるトーンは甘美ですらある圧倒的な空虚さです。サウンドだけではなく「深い水の底できみは膝を抱いて、そよぐ風を見てた」「きみは膝を抱いたままで、わけもなくて泣いた」「それは胸に空いた深い深い穴だ」といった歌詞、どこかマグリットを思わせるようなシュールなアートワークにおいても徹底されています。そしてなによりタイトルの『manhole』です。マンホールとman/holeつまり「人間/穴」のダブルミーニングになっていて、サウンドと歌詞の両方をこれ以上ないほど完璧に象徴しています。

作者の『ManHoleManP』は他にもエクスペリメンタルなロックを発表していて、『mountain』はSonic YouthやSwansに通ずるギターノイズによるドローンをフィーチャーしたミニマルな小品です。どれもすばらしいとしか言えないので、一度聞いてみることをおすすめします。

3. ds_8/焼け跡

ロックというと、世間的には(どこの世間?)テンポの速い元気のいい音楽というイメージがありますが、逆に異様に遅くて陰鬱なロックの一群もあって、とくに90年代のUSインディーロックの一派のスタイルを指してスロウコア(Slowcore)と呼ばれたりします。有名どころはCodein、Low、Bedheadなど。ポストロックにも関連があり、CodeinのEPにGastr Del Solでの活動で有名なDavid Grubbsがピアノを演奏する曲が入ってますし(当時はまだBastroのメンバー)、そもそもCodeinもLowもポストロックとして扱われることもあるのです。なぜならCodeinもLowも90年代のエクスペリメンタル・ロックのバンドなので……。また逆にブリストルのポストロックバンドのMovietoneをフォーキーなスロウコアと説明できたりします。

『焼け跡』も非常に遅いテンポで演奏される、スロウコアをローファイにしたような曲なのですが、そのサウンドスケープは度を越して荒涼としています。ポストロック以前のポストロックバンドThis Heatの『Suffer Bomb Disease(被曝症)』とスロウコアのコラボレーションと言えるかもしれません。さて、スロウコアの特徴は極端に遅いテンポだということは説明しました。どうしてそんなことをするかといえば、伊達や酔狂でやっている部分もあるんでしょうが、音楽的な効果もあります。同じフレーズでもテンポを落として演奏すれば、ひとつの音符は長くなる、あるいはサステインの短い打楽器などの場合は音と音のあいだに十分な隙間が空くので、音の質感や音色、音響を意識させる点において有利に働きます。『焼け跡』もこの利点を感じる曲で、曲全体を通底するざらついた音響、金属的に歪んだギターの音色、そして絞り出すようORIGAMI-Iの悲痛な高音が耳にこびりつきます。また楽曲構造的な部分では、音数の少ないスカスカなパートとギターノイズの壁で空間を塗り込める轟音パートを交互に繰り返す構造になっていて、手法自体はよくあるものなのですが、そのやり方が極端で、かつサウンドも並外れているので印象に残るものになっています。

作者の『ds_8』はカンタベリー・ロックやクラウトロック、ポストパンクなどのエクスペリメンタルなやつらにしばしば言及していて、実際そのような文脈を感じる曲をいくつか作っています。またそれ以外にも『石灰節考』は「存在しない民謡」と銘打たれたフォークで、ぼくはBridget St.Johnあたりの英女性ボーカルフォーク思い浮かべたんですが、たぶんそんなに関係ないですね。

4. 目赤くなる/スレーブ

最新のテクノロジーが音楽に与える影響はいつの時代にも大きいものです。90年台初頭から録音した音をコンピューターの音声編集ソフト(要はDAW)上で再編集する手法が実験的なロックの分野でも取り入れられるようになりました。今となっては音楽を作るだれもがやっていることなので、それがどう新しい音楽に繋がるのか想像しにくいところがあるのですが、わかりやすい例としてThe Booksの『Thought For Food』を挙げることができます。

断片的な器楽音、電子音、声、ファウンド・サウンド的なサンプルが次々と現れては消え、ひとつの流れを編んでいきます。ここで行われていることはサンプラーを用いたサンプリング音楽の創始者The Art Of Noiseのアップデートです。ソフトウェアによる音声編集が、このように緻密で高度なサンプリングを可能にしたわけです。

『スレーブ』はThe Booksと同じミニマルコラージュポップの地平に立っていますが、同時に屈折したファンクネスが曲の根幹をなしています。批評的で、ほとんどファンクを解体しているかのようようなファンクネス。こうしたコンセプトのルーツは、ポストパンク世代のバンドJames Chance and the ContortionsやLizzy Mercier Desclouxなどに見ることができます。ともにニューヨークのインディーレーベルであるZE Recordsと99 Recordsに代表される、方向性としてファンクネスを志向しつつ、しかしけっして通常の意味でのファンクをやらなかったバンドたち。そのサウンドを指して「脱臼ファンク」と呼ばれることがあり、『スレーブ』もそうしたバンドたちに通底するコンセプトを受け継ぐ曲です。『スレーブ』の覚めきっていてクレバーなのにどこかユーモラスな音は、それ自体ファンクであると同時に、ファンクの批評でもあるのです。

作者の『目赤くなる』は複数の名義を使い分けているため、全作品を把握するのは難しいのですが、覚めたユーモアを感じるポップセンスと屈折したファンクネスは通底するもののように思えます。ところで、ここで関係ない話をすると、「空中るさ」という投稿者の『白い太陽』はブレイクビーツとUTAU音源『雨月』のラップと歌唱の中間的ボーカルをフィーチャーしたヒップホップに接近した曲です。ブレイクビーツを取り入れたポストロックはたくさんあるのですが、ラップまでとなると珍しく、この手の成果はポストロック全体でもHoodのCold House程度しか例がないものです(ぼくが知らないだけかもしれません。ほかに知っている人がいたら教えてください)。

5. Hello 1103/aruhi

「これはポストロックなの? アンビエントでは?」と思った方、鋭いですね! そもそもアンビエント(Ambient Music)は、みなさんご存じブライアン・イーノの70年代の作品によって広く認知されたもので、完全にエクスペリメンタル・ロックの文脈なんですね。よって、この『aruhi』もエクスペリメンタル・ロックの文脈があり、ポストロックということになります。割と無茶苦茶を言っているようですが、実際アンビエント的なアプローチをするポストロックバンドは相当多くいます。ポストロックで一番有名な部類に入るバンドのシガー・ロスやGodspeed You! Black Emperorからアンビエント的なアプローチを使いますし、それより若干マイナーなところだとSeefeelもそうです。

「これはポストロックなの? アンビエントでは?」と思った方、鋭いですね! Seefeelはアンビエント、テクノなどの電子音楽方面のアプローチをするポストロックバンドで、Warpからアルバムを出しているし、PolyfusiaにはAFXによるリミックスも入ってます。ここまでロックの要素はなにもないように思われるかもしれませんが、これでもSeefeelはバンドで、ギターもドラマーもちゃんといるんですよ。それを知ったうえで聞くと、この音響も同時代のバンドであるマイ・ブラッディ・ヴァレンタインと同じ方向を向いたものであることが明白になってきますね。

『aruhi』に戻りますが、シューゲイザーよりは音の重なりがシンプルで濁りがすくない、やはりアンビエント寄りの曲と評せると思います。曲に登場するディストーション・サウンドも、ギターではなくシンセによるものだと思いますし(違ったら、ごめんなさい)。初音ミクは言うまでもなく楽器なわけですが、その音をまさに楽器として使っています。こういう使われ方をしていても初音ミクの声のキャラクターは残っていて、その強さがわかりますね。長いスパンでもってうねるように変化していくサウンドは瞑想的ですが、怪しげなところは少なく、澄み渡っています。ゆがんでいるのに端正。「ここではないどこか」ではなく「ここから見えるどこか遠くの一点」に向かう、地に足の着いたイメージ。『ある日』というタイトルの日常に根差した感じもとても好ましく思えます。

作者は『Hello1103』。VJとトラックメイカーの二人組ユニットだそうで、ほかの音源については上記の作者Bandcampページからまとめて聞けます。

紹介したい曲はまだまだあるんですが、文章を書くことに疲れてきたので、このあたりで一度区切ります。たぶん、あと二回くらいは続くでしょう。書いてみて思ったんですが、ぼくがディスクガイドで一番好きなのは選曲やレビューの内容に対して適当ないちゃもんをつけることなので、書く側に回るのはどう考えても間違いでしたね。

最後に、今日紹介した曲と次回以降紹介する曲をまとめたマイリストです。

あとこれはぼくの好きなポストロック入れたプレイリストです。がんばって短くしたので聞いて。

終わりです。

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