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CLASKAを、せめて言葉で残したい。

「クラスカ」という名前でピンと来なくても、この赤い器がプリントされたショッパーを見かけたことはありませんか?

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東京都の目黒通りにたたずむ、ひときわレトロな建物。
CLASKAは、1960年代に建てられた「ホテルニューメグロ」をリノベーションして2003年に開業したホテルです。

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館内には、宿泊用の客室だけでなく、1階にランチやお茶で利用できるカジュアルレストラン、上階には展示会などが開かれるレンタルスタジオが設けられています。
2階にあるショップ CLASKA Gallery & Shop “DO”(ドー) は、今や全国の百貨店へ店舗を広げているので、立ち寄ったことがある人も多いはず。

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ホテルといえば、シティホテルかビジネスホテルしかなかった時代に、宿泊しなくとも誰もが気軽に立ち寄れる「ライフスタイルホテル」という新しい形を打ち出したCLASKAは、開業当時大きな話題になったんだとか。

僕も10年くらい前まで「CLASKAは雑貨屋さん」というイメージだったのだけど、数年前にたまたま目黒エリアに引っ越して来て、CLASKAが元々はこのホテルのリノベーションから始まったプロジェクトだということを知りました。

そんなHotel CLASKAが、2020年12月20日(日)の営業をもって閉館しました。

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竣工から51年が経過した建物の老朽化と、地権者との定期建物賃貸借契約のタイミングが重なり、閉館が決定されたとのこと。

まだ宿泊したことはなかったものの、僕はレストランで何度かお茶をしたことがあって、突然の閉館の発表に驚きました。
何より、見慣れた目黒通りの景色からCLASKAが無くなってしまうなんて、いまだに信じられません。


そこで、僕は宿泊の予約を取り、Hotel CLASKAを記憶と写真に残し、そして言葉で残すことにしました。

物を壊すのは簡単です。
建物が取り壊され、また新しいビルが建てば、そこにCLASKAがあったことを、きっとみんなすぐに忘れてしまう。

僕は言葉を書くことしか取り柄がないけれど、自分ができる一番の形で、好きだったものを形に残したいと思いました。
いつかみんなが、僕ですらHotel CLASKAを忘れてしまう日が来ても、必ず思い出せるように。僕の言葉で、誰かが必ず思い出してくれるように。


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エントランスを抜けると、趣のあるフロントがお出迎え。
振り返れば、CLASKA Restaurant "kiokuh" (キオク)の広々とした開放的な空間が広がっています。

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チェックインで渡されたのは、カードキーが主流の今では珍しい、シリンダー錠のルームキー。
革のストラップに、これまで同じ部屋に宿泊した人たちの手の温もりが残されているかのようです。

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時代を感じるエレベーターで上階へ昇ると、金のランプが柔らかに照らす絨毯の廊下が。
まるでモノクロの洋画の登場人物になったような気分。

CLASKAの客室は、日本を代表する建築家・アーティストたちが手掛けた20の部屋で構成されており、「Modern」「Tatami」「Contemporary」「Story」の4つのテーマでデザインされています。
僕はその中で、最もCLASKAらしさを感じる「Modern」の部屋を選びました。

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ルームキーでドアを開ければ、そこは日当たりの良い東向き。
木の温もりを感じられるシングルルームです。
窓際のバスルームをガラス張りで区切るという、シンプルながらも大胆な間取り。

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バスルームいっぱいの大きな窓からは、目黒と中目黒の街並みが一望でき、その向こうには新宿や東京タワーも垣間見えます。
夜はどんな景色を見せてくれるのでしょう。

バスアメニティはMarks&Webで統一されていて、シャワータイムはアロマの香りに包まれます。
もちろんブラインドを閉めることもでき、プライバシーは安心。

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では、このビルの最も魅力的な見所である屋上に登ってみましょう。

シングルルームに宿泊したこの日はあいにくの曇天でしたが、別日に訪れたときは雲ひとつない秋晴れに恵まれました。

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空気の澄んだ早朝の時間だったので、東を向けば東京タワーが、西には富士山が頭を覗かせていました。

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この屋上の景色も、もう見納め。
家の近所で、富士山が見える建物をまた探さなくちゃ。


そして、1階のレストラン "kiokuh"でのフルコースディナー。
本場フランスで学んだシェフ 湯澤秀充氏による、旬の食材を使いながらも、一口食べるまでどんな味が広がるのかわからない、創意工夫が為された創作フレンチを頂きました。

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このフランス料理が、近年訪れたレストランの中でもダントツの美味しさ。
湯澤シェフはHotel CLASKAの閉館後、独立して新たなお店を出す予定とのこと。
開店したら、すぐにディナーの予約を取るつもり。


さて、陽が沈み、建物が夜の趣を見せる頃、客室に戻ってみると。

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昼間は景色に溶け込んで、目を凝らさないとわからなかった東京タワーがオレンジ色に輝いて、夜景の真ん中にすっくりとたたずんでいました。

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決して華やかではないけれど「こんな夜景が見える部屋に住みたいな」と思わせる、穏やかな夜の街。
窓際に立って、ビルの瞬きを眺めているだけで、時間を忘れてしまいそう。

バスタブに浸かりながら東京タワーが見られるのが、この部屋の一番のポイント。
立ち上がるときはシャワーカーテンを閉めるのを忘れずに。

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すっかり温まった体でベッドに横たわり、ふと窓の向こうを見れば、そこにも東京タワーが。
午前0時、東京タワーの消灯を見届けた後、部屋の明かりを消して、僕も就寝。

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翌朝、ブラインドを閉めなかった窓がだんだんと明るくなり、夜明けと共に目が覚めました。

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何気ない一日の始まり。
けれど、こんなどこにでもあるような朝の風景でも、Hotel CLASKAが無くなってしまえば二度と見ることはできないのだと思うと、少し胸が苦しくなりました。

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朝食は、再び1階のレストラン "kiokuh"へ。
フレンチトーストと、温かい和紅茶を頂きました。

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さて、家から歩いて行ける距離にあるホテルで過ごしたショートステイも、終わりの時間。
オープン10周年を迎えた際に、フランス人アーティストのフィリップ・ワイズベッカー氏が描いたというイラストのポストカードを購入しました。


こうしてHotel CLASKAは、その歴史にひっそりと幕を下ろしました。

この文章を閉館前に公開し、たくさんの人に訪れてもらおうとも思ったのだけど、あえて閉館後の公開としました。
「行ってみたかった!」という思いと共に、大切な時間や景色が、気づいたときにはもうそこに無いかもしれないということを、みなさんにも感じてほしかったから。


実は、2019年に出版した歌集『愛を歌え』の中に、「ホテル・クラスカ」という連作を収録しました。

これは数年前、まだレストラン "kiokuh"でお茶を飲んだことしかなかった頃に書いた短歌です。
真夜中を過ぎる頃、一杯ずつのお茶を飲み終えて、本当は部屋に泊まりたいと言えないまま、静かにお互いの家へと帰った夜のこと。

Hotel CLASKAは、もうそこには無いけれど、僕の本の中に、そして僕の記憶の中に確かに刻まれています。
そして僕の言葉によって、みなさんの記憶の中にも、行ったことの無いはずのHotel CLASKAの景色が刻まれたなら、とても嬉しく思います。

ホテル・クラスカ  鈴掛真

夏だって浮かれてる間に死んじゃった蛍みたいな約束だった

真夜中のホテルロビーはそれぞれの眠りたくない訳を抱えて

さっきからあなたがひとつ嘘をつく度に積まれていく角砂糖

本当の気持ちが見えなかったのは胸ポケットのあるシャツだから

ため息をうるさいサーキュレーターが循環させている熱帯夜

身体から知り合ったなら今更に何を話せば良いのだろうか

シャンプーが耳を塞いだからそれは聞こえなかったことにしておく

あなたにはもう会わないとバスタブの栓抜きながらなぜか思った

遠くから手を振る代わりにウインカー点して去ったBMW

自分にはせめて優しくなりたくて弱酸性のビオレで洗う


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