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トマトの先にあるもの。

真夏の太陽がギラギラ照りつけるなか、
父は家庭菜園で野菜の収穫をしていた。
茄子、胡瓜、枝豆。
色も種類も多彩な野菜たちだ。


「なんで今?
何もこんなに暑い時間に
やらなくてもいいでしょう」

父の答えは、ひまだったから。
まめで綺麗好き。
趣味は整備整頓。
と、みずから言い放つ父は、
こちらの心配もどこ吹く風である。
茄子のヘタの少し上の茎を
鋏でパチンと切っては、
手もとの青いザルに入れてゆく。
ひとつ、またひとつ。
パチン。パチン。

「お願いだからお水でも飲みながら、
休み休みにして」

私がそう言っても
頑固な父は自分の意志を曲げないのだった。
今日取るべき野菜は、今日のうちに取る。


「あのな、秘密兵器を買ったんだよ」
父が被っていたキャップをこちらへ寄越した。
なんと、つばのところに
ミニ扇風機がついているではないか。
しかも頭頂部には
太陽光発電のミニパネルまでついていて、
扇風機の動力はすべて
それで賄えるということだった。
昔から、ちょっと変わったものや
奇抜なアイデアが生かされた品を
愛していた父は、
嬉しそうな笑みを顔いっぱいに浮かべて
得意げだった。

「どうだ、すごいだろう。
これがあれば夏場だって
草取りやら野菜の収穫やらを
涼しくできるんだよ」

これがあるから大丈夫。
そんなわけない!

嬉々として庭仕事をする父を、
私は室内から監視していた。
扇風機付きキャップを自慢した手前、
父は無理をして外にいるのではないか。
などと疑う心が芽生える。
なんとかして部屋の中に誘い込む作戦を
考えなくては。

そうだ。
父の夏の好物といえばアイスモナカだ。
これを餌に呼んでみよう。
私は近くのコンビニでアイスモナカを買い、
父に声をかけた。

「アイスモナカ、食べようよ!」

ガマの油のごとく汗をだらだらと滴らせた父は、
火照った赤い顔をほころばせてにっこりした。

「おう、そりゃいいな」

ようやく父を涼しい部屋の中に
取り込むことに成功した。



自宅への帰り道、
スーパーマーケットでトマトを買った。
目の前にあるつややかな赤いトマト。
ぱん、と張った皮は弾力があり、
その実にたっぷりとした夏の旨みを蓄えている。
夏の野菜は
人の体の熱を鎮めてくれる作用がある。
野菜たちに助けられるようにできている自然の摂理に、深く感謝する。


これを収穫してくれた人は、
元気にしているだろうか。
熱中症になって体調を崩したり
していないといいのだけれど。 

夏場に野菜や果物の手入れ、収穫を行うのは
大変な作業だと思う。
屋外はもちろん、
ビニールハウスの中の気温はさらに高く、
四十五度くらいになることもあるのだと聞く。
農作業を担う人の中には高齢の方も多い。
広い農地での作業中、
具合が悪くなっても
なかなか助けを呼べないこともあるだろう。
夏の最高気温はどんどん上がり、
酷暑が普通、になりつつあることに
恐れを感じる。
そんななかでの作業が、
誰かの健康や命を削ることに
なってはいないのか。

トマトを植える人。
収穫する人。
運ぶ人。
運ぶためのエネルギーを繋げてくれる人。
店先に並べる人。
私の元にトマトがやってくるまでに、
どれほどの人の手を渡ってきたのだろうか。
この仕組みは愛とさえ呼べそうなものだ。
それが仕事なのだから当たり前だろう
などと思わずにいたい。


父が持たせてくれた野菜たちと、
スーパーで買ってきたプロ野菜たちが、
私の夕餉の食卓を彩る。
夏の匂いがする料理。
私の暮らしは
誰かの頑張りのおかげで成り立っている。
いつもありがとう。
あなたの暮らしも
健康で豊かで穏やかなものであるように、
私は願っている。

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