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メイク・ユー・ハッピー

口紅が減らない。
マスク生活が板についてから、
口紅をあまりつけなくなってしまった。
マスクの内側に
口紅が色移りするのが厭で、
唇にのせるのは
淡いリップクリームばかりになった。

コスメ売り場の中で
口紅のある場所が好きだった。
少しずつ違う色のグラデーションが
お行儀よく並んでいるのを
眺めているのが好きだった。
今の季節なら
秋の木の実みたいな
こっくりとした赤。
ベージュのニュアンスのある
絹地の更紗のようなピンク色。
この色が好きだなと思って買って帰ると、
結局似たような色の口紅ばかりが
家の抽斗の中に揃っていることに気づく。
しょうがないな。

子供の頃
母親の化粧台からこっそり口紅を拝借して
塗ってみたことがある。
赤い色をひとつ顔の中に足しただけで、
自分の顔の印象がぐっと変わったのを
覚えている。
子供顔に
艶めかしいアンバランスさ。

病気で長く入院していた叔母がいた。
退院の目処が立たない病名だった。
ある時、
ボランティア団体の方から
メイクをしてもらうという
院内の催しに叔母は参加した。
唇には椿の花のような赤い口紅、
頬骨のあたりにほんのりとチーク、
爪には薄いさくら色のマニキュアを
塗ってもらった。
メイクが終わって
叔母は鏡の中の自分の顔を見た。
すると、
青白かった顔に赤みがさし、
笑顔がとても美しく輝いたのだった。
私は
この時の叔母の嬉しそうな表情が
忘れられない。
何度も鏡を見ては照れたように笑い、
感謝の言葉をくりかえしていた。
瞳には新しいひかりが灯っていた。

メイクには、時には
気持ちを明るく前向きにしたり
自分に自信を持たせてくれる
そんな力があるようだ。
メイクをしていく過程で
気合いが入っていくこともある。

私もきちんと口紅をひき、
大口をあけて
屈託無く
アッハッハ!
と、笑っていたいと思う。
マスクを外した生活は
しばらくないのだろうけれど、
自信を持って
自由に笑っていられる日々を
心待ちにしている。

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