見出し画像

ポガチャル、ログリッチ、そして「イネオス」――ツール総合優勝候補たちの「今」を確認する

3月の2つの重要なステージレース、パリ~ニースとティレーノ~アドリアティコを終え、今年のツール・ド・フランスの主役となりうる選手たちについての状況が、なんとなく明らかになりつつある。

ここで、一旦この2月~3月の走りを振り返りつつ、各チームの「最新状況」を確認していきたいと思う。

エースの調子はどうなのか、それを支えるアシストたちの状態は。

最後には今後のレースについても予習・確認していく。今年のツール・ド・フランスの行方を占う「今」を確認していこう。


圧倒的なポガチャルと、それを支える「進化する」チーム

まずはツール・ド・フランス2連覇中の、現役最強のグランツールライダー、タデイ・ポガチャルについて。

今年の彼も圧倒的に強い。2月のUAEツアーにおいては、直前の新型コロナウィルスに罹患したという報道もあり、万全の状態ではないのではないか、とも噂されていたが、蓋を開けてみればどうだ。

2つの山頂フィニッシュではいずれも勝利。文句なしの総合優勝となった。


とはいえ、「万全」ではない、との印象も確かにあった。

たとえば、第3ステージの個人タイムトライアル。確かに、TTスペシャリスト向けのド平坦&短距離という、彼にとっては決して有利とはいえない条件ではあったが、それでも昨年ツールの個人TT優勝者でもある彼にしてみれば、優勝者ビッセガーから18秒遅れの区間4位というのは「意外」だった。

さらに、第4ステージのジュベル・ジャイス山頂フィニッシュ。

万全のアシスト体制で残り距離を消化していき、残り2.9㎞のヤン・ヒルトのアタックに付いていったあとも、自ら仕掛けることはせず、ひたすらライバルのアタックの潰し役に徹し、アルメイダが牽く後続集団が追いつくのを待つ、という消極的な姿勢を取っていた。

結局、残り1.3㎞からは先頭ジョアン・アルメイダ、2番手ラファウ・マイカ、その後ろの3番手にポガチャルという超級トレインでフィニッシュまで突き進み、最後はエース同士のマッチスプリントで勝利をもぎ取るというチームとしての圧倒ぶりを見せつけた。

だが、本来であれば彼はもっと常に自ら仕掛け、そのまま勝ちきってしまうスタイルであったはずで、その意味でこの日もまた、「意外」だった。


そして最終日第7ステージのジュベルハフィート山頂フィニッシュもまた、同様だった。残り3.2㎞。最初に仕掛けたのはアダム・イェーツの方だった。

もちろん、結局彼は勝ってしまう。十分に強かった。しかし、ポガチャルにしては保守的であり、クレバーすぎる戦い方だったようにも思う。

そういう意味で、やはり彼は「万全」ではなかったのかもしれない。ステージ2勝&総合優勝&山岳賞という完璧すぎる成果でありながらも、彼にとってこれはシーズン初戦の「足慣らし」であったようだ。


だが、そんな彼の「シーズン2戦目」となる3/5のストラーデ・ビアンケは、実に「彼らしい」走りが存分に詰まったレースとなった。

昨年は7位。同年のリエージュ~バストーニュ~リエージュとイル・ロンバルディアを共に制し、世界最強のワンデーレーサーとしても君臨した彼ではあったが、1年前のこのストラーデ・ビアンケのときにはまだ、ジュリアン・アラフィリップやマチュー・ファンデルポールといった実力者たちを相手取りやや力負けしていた印象であった。


昨年は最後の勝負所「レ・トルフェ」にて、マチュー・ファンデルプールの強烈な一撃で突き放されてしまったポガチャル。

今年もまた、最終盤までいってしまえば、より爆発力のある純粋なパンチャーたちに対して後手を踏んでしまうかもしれない――で、あれば、もっと早めの位置からのアタックで得意の独走に持ち込んでしまえばいい。

そう、それは理論的には理解できる話ではあった。

それでも、まさか。

まさか、最初の勝負所である残り55㎞からの「モンテ・サンテ・マリエ」からいきなり「それ」を仕掛けるなんて、思うまい。


だが、彼について言えば、

「まさか」と呟いてしまったとき、それはすべて現実になってしまうのである。


残り50.2㎞。

下りでその日2回目のアタックを繰り出したポガチャルに、追随する選手は一人も現れなかった。

そしてその日彼の影を踏むことのできる選手もまた、一人もいなかった。


そしてティレーノ~アドリアティコである。

昨年も、「壁のステージ」である第5ステージで、残り18㎞からワウト・ファンアールトも突き放して独走を開始。

その時点で3分20秒先を独走していたマチュー・ファンデルプールを、最後はわずか10秒にまで追い詰めるという、異次元の走りを見せていた。


今年も、第4ステージの登りフィニッシュで軽々と勝利した上で、第6ステージ、マルコ・パンターニが練習場に使ったという超級山岳チッポ・ディ・カルペーニャ(登坂距離6.2㎞・平均勾配9.6%)を2回登るレイアウトで、その2つ目の登りの頂上まで3㎞、フィニッシュまで16㎞の位置から、彼はまたしても「飛び立った」。


あとはもう、誰も手をつけることなどできなかった。そこからの下りと平坦で、集団に1分以上のタイム差をつけて、ポガチャルは今年6回目の勝利を手に入れた。


「ツール・ド・フランスで勝ったときとそう変わらないコンディションを出せている」と総合優勝を決めた直後に語っていたポガチャル。たしかに、その強さは昨年のツール・ド・フランスでのあの圧勝ぶりを彷彿とさせるような、付け入る隙のない完璧なものだったように感じる。


だが、この2月~3月の彼の走りを見ていてより強く感じるのは、彼自身の走り「だけでなく」、その彼の完璧な勝利を脇で支え続けてきたUAEチーム・エミレーツの結束と強さの質が、今なお進化し続けてきているという事実である。

かつて、それこそわずか2年くらい前までは、このチームは「エースだけが強い」と言われてきたように思う。あるいは中東マネーを利用してネームバリューの高い選手をかき集めるが、それが有機的には結びついていない、というような――。

だが、それは着実に変化してきている。元々、ランプレ・メリダという、金はないがコンスタントに勝利を掴んできた「コストパフォーマンスの良いチーム」を運営していたスタッフ。その手腕が存分に発揮されたとき、強いチームができないわけがなかった。


2年前のツール・ド・フランスではあの奇跡の大逆転劇の舞台となった個人TTでのバイク交換の瞬間に見られたチーム力。

そして昨年のツール・ド・フランスでは、前半にポガチャルが自らの圧倒的なパワーでタイムを稼いだうえで、その前半では息を潜めていたアシストたちが、一気に後半、ポガチャルがさすがに体力を失いつつあるタイミングで存在感を示していったという、その戦略。


そう、このチームは決して「エースだけ」のチームではない。

そのエースを真に最強のグランツールライダーとして君臨させるべく、チームメートが、あるいはスタッフ全体に至るまでが、王者ポガチャルのために尽くす、そんな体制がしっかりと作られていた。

そしてそれは今年の走りでも同様だった。


まずは2月のUAEツアー。

第4ステージのジュベル・ジャイスの登りのラスト15㎞から、まずはTTスペシャリストのミッケル・ビョーグが、次いで新加入のジョージ・ベネットが、それぞれハイ・ペースで集団を牽いて一気に絞り込んでいった。

そのうえで残り8.5㎞からはラファウ・マイカにアタックさせる陽動作戦。一時レイン・ターラマエのアタックに反応して形成された小集団の中にもマイカが入り込んだことによって、メイン集団の牽引をイネオス・グレナディアーズに行わせることにも成功していた。

その上でフィニッシュではそのマイカとアルメイダによる強烈なトレインが支配したというのはすでに書いたとおりである。

第7ステージのジュベルハフィートでも、引き続きジョージ・ベネット、ラファウ・マイカ、そしてジョアン・アルメイダが、それぞれひたすらハイ・ペースで牽引して集団の混乱を抑制し、最終的にポガチャルが安心して勝利を収められるシチュエーションを形成していった。


そして3月のティレーノ~アドリアティコでは、ポガチャルが勝利した2つのステージのいずれにおいても、新加入マルク・ソレルが最終アシストとして存在感を示した。

第4ステージではロマン・バルデのアタックに反応しこれを潰し、第6ステージでは2回目のカルペーニャの登りの先頭を牽引。いずれも、その前段のマイカと共に、そのあとのポガチャルの鮮烈なる勝利のお膳立てをきっちりとこなしてみせた。


今年のツール・ド・フランスではこのソレルと、マイカと、ベネットと、そしてパリ~ニースでも大逃げ勝利を決めるなどこちらも絶好調のブランドン・マクナルティが今のところ出場予定。

そのいずれもが、この2月~3月に文句のない走りを見せているメンバーである。ポガチャルだけでなく、彼らアシスト勢もまた、ツール・ド・フランスを見据え、最高のコンディションを整えつつあるようだ。


もちろん。

「言っても、まだ3月。今からツール・ド・フランス並の高コンディションをあることは、逆に不安要素なのではないか」

という意見もあるだろう。

普通に考えれば、このタイミングで最高峰の強さを見せていた選手が、まさか、そのあとの7月までこれを保つなんて、そんなことが?


だが、思い出してほしい。

タデイ・ポガチャルという男は、「いや、そんな、まさか」と思ったとき、その「まさか」を常に実現させてしまう男なのだ。

そんな彼だからこそ、7月のツール・ド・フランスどころか、今週末のミラノ~サンレモ、あるいは2週間後のロンド・ファン・フラーンデレンですら、「まさか」がありうるかもしれない。


常に歴史を創り続ける男、タデイ・ポガチャルと、そんな彼を支える「進化し続けるチーム」UAEチーム・エミレーツの活躍に、引き続き注目していきたい。


ログリッチの「苦しい勝利」とユンボ・ヴィズマの戦略

それでは、そんなポガチャルの「最大のライバル」であるところのプリモシュ・ログリッチの状態はいかがだろうか。

ここから先は

8,204字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?