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オンループ・ヘットニュースブラッド2021

「北のクラシック」の開幕を告げる伝統的なセミクラシック。2018年からはかつてのロンド・ファン・フラーンデレンの終盤、すなわちカペルミュールからボスベルクまでの伝説の道程を再現。毎年熱い展開が繰り広げられてきている。

↓過去のレースの展開や見所はこちらから↓

今年もまた、一筋縄ではいかない展開と、そして熱い戦略が繰り広げられることに。

この先の「北のクラシック」の行方を占う重要な一戦を振り返っていこう。


逃げは5名。

エフゲニー・フェドロフ(アスタナ・プレミアテック)
ライアン・ギボンス(UAEチーム・エミレーツ)
ケニー・デケテレ(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ベルト・デバッケル(B&Bホテルス・p/b KTM)
マティス・ルーヴェル(チーム・アルケア・サムシック)

最大で8分以上のタイム差を許された彼らだが、勝負所が近づくにつれ集団もペースアップ。セップ・ファンマルクやグレッグ・ファンアーヴェルマート、マーカス・ブルグハートなどが落車に巻き込まれつつも、残り40㎞手前に用意された勝負所「モレンベルク(登坂距離600m・平均勾配5.6%)」でレースが動き始める。

2019年に17名の精鋭集団が抜け出したこの場所で、今年はプロトンから抜け出した強豪選手たちが先頭の5名と合流し、以下の17名の先頭集団が形成されることに(一部実はいない選手も含まれているかもしれないが)。

ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ダヴィデ・バッレリーニ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
グレッグ・ファンアーヴェルマート(AG2Rシトロエン・チーム)
エフゲニー・フェドロフ(アスタナ・プレミアテック)
クリストフ・ラポルト(コフィディス・ソルシオンクレディ)
トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
セップ・ファンマルク(イスラエル・スタートアップネーション)
ヨハン・ヤコブス(モビスター・チーム)
ミカエル・ゴグル(チーム・キュベカ・アソス)
ライアン・ギボンス(UAEチーム・エミレーツ)
オラフ・クーイ(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)
アリエン・リヴィンズ(ビンゴール・ワロニーブリュッセル)
ケニー・デケテレ(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ベルト・デバッケル(B&Bホテルス・p/b KTM)
マティス・ルーヴェル(チーム・アルケア・サムシック)

ドゥクーニンク・クイックステップが3枚も含ませることに成功したこの先頭集団。

しかし当然、他チームとしてはただでさえ優勝候補のチームがこれだけ万全な状態で集団の中にいるのであれば、それを手助けする必要などない。

結果として、最も有利な状況に置かれているはずのドゥクーニンク・クイックステップ「だけ」が、前を牽かざるを得ないという状況に。


で、あれば、無理してこの集団内にいる理由もない。

終始積極的にこの集団の先頭を牽引していた世界王者ジュリアン・アラフィリップが、残り32㎞で自ら単独でアタックを繰り出した。

残された集団はお見合い状態。やはりドゥクーニンク・クイックステップの選手がまだ2名集団の中にいる以上、足を使って無理に追いかけようとする者はすぐには現れなかった。

逆にここで臆せず前を牽いたのがこの2月にイネオス入りを果たした英国シクロクロス王者トム・ピドコック

昨年のロンド・ファン・フラーンデレンでも不運さえなければ優勝しても活かしくなかった走りを見せていたアラフィリップが、追走集団とのタイム差を20秒以上にまで広げ独走を続けていった。

これを追いかける集団もまたバッレリーニ、スティバル、ファンアーヴェルマート、フェドロフ、ラポルト、ゲニッツ、ピドコック、ファンマルク、ゴグル、トレンティン、リヴィンズの11名だけに。

やはりドゥクーニンクはスプリンターのバッレリーニと2019年覇者スティバルとが残っており、あらゆる展開において勝利できる万全の態勢。

と、思った次の瞬間。集団の中でハスったのが突如として落車するスティバル。

3人いたドゥクーニンクが2名に減り、それもある意味で最も優勝候補であったスティバルが脱落したことで、ドゥクーニンク・クイックステップの戦略はまず1回目の崩壊を迎える。


残り20㎞。間もなく、このレース最大の勝負所であるカペルミュールが登場する。独走中のアラフィリップと追走集団とのタイム差は16秒程度で、このままではカペルミュールの登りで追い付かれるのは必至。

であれば、アラフィリップも無理をする必要はない。一度足を緩め、残り18㎞から始まる「カペルミュール(登坂距離1km・平均勾配7.7%)」の登り口で追走集団に追い付かれる。

さらにはメイン集団もそのすぐ背後に迫っていたため、この象徴的な登りにて集団は一旦一つに。戦いを振出しに戻しつつ、カウンターで飛び出したのがイネオス・グレナディアーズのジャンニ・モスコンであった。

モスコンの背後からは今年イスラエル・スタートアップネーションに移籍したクラシックスペシャリストのセップ・ファンマルククリストフ・ラポルト、そしてモビスターに移籍した元バーレーンのイバン・ガルシアなどが食らいついていく。

だがモスコンは独走を継続。逆にこれを追走していた上記メンバーは集団に吸収され、オリバー・ナーセンやカスパー・アスグリーンも一度抜け出して追走を仕掛けるも、これもすぐに吸収されてしまった。

先頭を独走するジャンニ・モスコン。そしてこれを追いかける集団は2~30名ほど。

カペルミュールを越えた直後のオンループ・ヘットニュースブラッドとしてはありえないほどの大規模集団となっていた。


残り13㎞の最後の登り「ボスベルグ(登坂距離1.4km・平均勾配4.6%)」でモスコンは吸収。

集団の数はさらに膨らみ最低でも3~40名ほど残っているなか、局面はこのレースとしてはかなり珍しい「集団スプリント」へと突入していくことに。


この、誰もが想像していなかったような状況に、すぐさま適応してみせたのがほかでもない、ドゥクーニンク・クイックステップだった。

先ほどの少数精鋭抜け出し戦略においても最も数を揃え積極的な動きを見せていた彼らの、その中でも最もアグレッシブに動き続けていた世界王者ジュリアン・アラフィリップが、迷うことなく集団の先頭を牽引。

イヴ・ランパールト——本来であればこのレースのエース候補の1人である彼――やデンマーク王者のカスパー・アスグリーンらと先頭交代を繰り返しつつ、発射台のフロリアン・セネシャルとエーススプリンターに抜擢されたダヴィデ・バッレリーニとを守り切る戦略に切り替える。

ラスト10㎞。他のチームの手助けは最初から当てにせず、この3名だけでひたすらこの残り距離を踏破するつもりで全力牽引。人数が多いとはいえ、これだけの完全「スプリントトレイン」を形成できるのはこの局面ではドゥクーニンク・クイックステップくらいであり、集団を完全に支配していた。

さすがに残り3㎞を切ってジュリアン・アラフィリップが脱落してしまうと、集団の先頭はシュテファン・キュングなど他チームの精鋭たちも前に出てきて混沌状態に。

それでも残り1㎞を通過すると最終発射台のフロリアン・セネシャルがしっかりとバッレリーニを導いて、フィニッシュライン目の前にまで迫っていく。

バッレリーニの背後にはセップ・ファンマルク。さらにその後ろにはフィリップ・ジルベール。強力なクラシックスペシャリストたちを背後に控えさせながら、セネシャルは残り150mの完璧なタイミングでバッレリーニを発射させた。

先日のツール・ド・ラ・プロヴァンスで衝撃の区間2勝を記録して見せたまさに急成長中の超有望スプリンター、ダヴィデ・バッレリーニ。

世界王者、デンマーク王者、元ベルギー王者、そして先日のクラシカ・ドゥ・アルメリアでも2位を記録している男らが皆、彼が勝つことを確信してそのすべてを託したのである。

そしてその期待に見事応えることがまた、この「銀河系軍団」のエースとして戦っていける条件でもある。

やはりこの男もこの「最強チーム」の一員である。

9.オンループ・ヘットニュースブラッド


恐るべきはドゥクーニンク・クイックステップのその柔軟性。

とくに世界王者アラフィリップ自身のアグレッシブさが終始、光った。

残り40㎞のモレンベルクからの3名を乗せた逃げ。アラフィリップ自らアタックし、チームメート2名を集団に残した中での独走開始。

そこから優勝候補スティバルを落車で失った後、集団スプリントに状況が切り替わると、今度はアラフィリップを中心に集団牽引をこなし、最後はセネシャルのリードアウトから完璧な「集団スプリント」を制してみせた。


世界王者すらも迷いなくチームの歯車の一つとしてその力のすべてを使い尽くし、かと思えば急遽エースを任された若き新参者のためにその最強チームメートたちがすべて彼のための走りを迷いなくやってのける。

一人はみんなのために、みんなは一人のために。

One for All, All for One. フィリップ・ジルベールがこのチームに遺してきた「ウルフパック」の精神を、見事継承してきたことを証明するレースであった。


今年もやはりこのチームは「最強」なのか。

これからも彼らの走りには注目し続けていこう。

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