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ミラノ~サンレモ2021

シーズン最初のモニュメント。春の訪れを告げる「ラ・プリマヴェーラ」。

300㎞弱の長距離レースながらその勝負所はラスト10㎞に凝縮されており、シンプルな構成にも関わらず毎年白熱の展開を生み出す名レース。

今年もストラーデビアンケやティレーノ~アドリアティコで大暴れしたワウト・ファンアールトやマチュー・ファンデルプール、ジュリアン・アラフィリップなどの強豪たちが集う中、誰もが想像していなかった結末を迎えることになる。

見所や過去のレースの振り返りはこちらから


逃げは8名。

フィリッポ・タグリアーニ(アンドローニジョカトリ・シデルメク)
マッティア・ヴィエル(アンドローニジョカトリ・シデルメク)
アレッサンドロ・トネッリ(バルディアーニCSF・ファイザネ)
タコ・ファンデルホールン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
マティアス・ノルスガード(モビスター・チーム)
アンドレア・ペロン(チーム・ノヴォノルディスク)
シャルル・プラネ(チーム・ノヴォノルディスク)
ニコラ・コンチ(トレック・セガフレード)

メイン集団はひたすらユンボ・ヴィスマのポール・マルテンス、ドゥクーニンク・クイックステップのティム・デクレルク、アルペシン・フェニックスのセネ・レイセンが牽引し、ワウト・ファンアールト、ジュリアン・アラフィリップ、マチュー・ファンデルプールの3名がこの日の最大の優勝候補であることは誰もが理解していた。


勝負が動き出したのはいつも通り、残り27.2kmから始まる「チプレッサ」の登りから。

先頭で入ったのはユンボ・ヴィスマのティモ・ローセン。やがて登りが本格化してからは、チーム・サンウェブから移籍してきた若きクライマー、サム・オーメンが牽引を始める。

ダンシングでひたすらハイ・ペースで刻んでいくオーメン。集団は縦に長く伸び、プロトンの前の方には登りに強い選手たちばかりが集まってくる状況に、例年終盤に良い走りをしているEFエデュケーション・NIPPOのアルベルト・ベッティオルや、かつてはこの大会の最大の優勝候補の1人でもあったUAEチーム・エミレーツのフェルナンド・ガビリアなどが力なく落ちていく。

結果、誰一人ここでアタックすることができるものはおらず。ワウト・ファンアールトはここですべてのアシストを失う結果にはなったものの、イレギュラーな状況が巻き起こることは防ぐことはできた。


チプレッサの頂上を越え、オーメンも仕事を終えた後、集団の先頭を支配したのはイネオス・グレナディアーズ。

チプレッサの厳しい登坂ペースを耐えきったルーク・ロウを先頭に、ディラン・ファンバーレ、トム・ピドコック、ミハウ・クフィアトコフスキの順番で隊列を作り、さらなるペースアップを仕掛けていく。

このオーメンのガン牽き、そこからのロウのガン牽きで、集団は30名程度に絞り込まれることに。アルノー・デマール、マイケル・マシューズ、マテイ・モホリッチ、グレッグ・ファンアーヴェルマート、オリバー・ナーセン、マッテオ・トレンティン、ジュリアン・アラフィリップ、マチュー・ファンデルプールなどの精鋭集団はしっかりと残っている。

残り13㎞で分裂していた50名程度の第2集団が合流。

そしていよいよ、最後の勝負所ポッジョ・ディ・サンレモが近づいてくる。


残り12㎞。ルーク・ロウが仕事を終え、ファンバーレが先頭に。

右からはベルギーチャンピオンジャージのドリース・デボントが残る力をすべて振り絞ってマチュー・ファンデルプールを牽き上げてくる。

残り10.7㎞でデボントが仕事を終え、集団の先頭はボーラ・ハンスグローエのマーカス・ブルグハートトとマキシミリアン・シャフマン。

そしてロット・スーダルのティム・ウェレンスもカレブ・ユアンを率いながら前の方に上がってきた。


そして残り9.4km。ポッジョ・ディ・サンレモへの登りに突入。

ここでフィリッポ・ガンナがどこかしらから先頭に舞い戻り一気にペースアップ。

集団が縦に長く伸びる。アタックを許さないハイ・ペース。

カレブ・ユアンが先頭から4番手に。ワウト・ファンアールトは8番手。マチュー・ファンデルプールは25番手くらいの後方。


残り8.3㎞。ガンナがひたすら牽引。その後ろにはティム・ウェレンス。

エリア・ヴィヴィアーニはここで脱落。


残り8.1㎞。ウェレンスが終了。

ガンナ、ファンバーレ、ユアン、ピドコック、クフィアトコフスキの後ろにアラフィリップ、ファンアールト、ファンアーヴェルマート、シャフマン・・・ファンデルプールは少しずつポジションを上げてきてはいるが、まだ優勝候補たちのところにまでは上がってこれていない。


残り7.2㎞。ガンナが終了。ファンバーレが先頭に。その後ろにはユアン。


そして残り6.6㎞。

頂上まで1㎞。

最大勾配8%の、「毎年の勝負所」に到達する。


今年もここでまず動いたのが、ジュリアン・アラフィリップ! ファンアールトがすぐさまその後輪につける。

少し離れてシャフマン、セーアン・クラーウアナスン。

その背後からファンデルプールが一気にペースを上げて、シャフマンとクラーウアナスンと共に先頭のアラフィリップとファンアールトに追い付く。

マシューズ、トレンティン、ピドコック、ヤスパー・ストゥイヴェン、ファンアーヴェルマートなども追いついてくる。


もう一度ペースアップするファンアールト。

ファンアールトが先頭のまま頂上を越えるが、この時点でこの先頭集団は11名+少し遅れてついてくる1名。

人数が多すぎて、ファンアールトも牽制でペースを落としているため、これは千切れたメイン集団も追いついてくるか?


しかし残り4.4㎞。

下りの終盤でピドコックが一番前に出てペースを上げ、再び先頭が活性化。

先頭はピドコック、ファンアールト、ユアン、ファンデルプール、アラフィリップの5名に。

少し離れてシャフマン、クラーウアナスン、ストゥイヴェン、マシューズ、アランブル、ファンアーヴェルマート、トレンティンなどが合流。


そして残り3㎞。

いよいよ最終局面の牽制状態に陥った先頭集団から、勇気あるアタックを仕掛けたのが、ヤスパー・ストゥイヴェンだった。

レイトアタック巧者。しかし決してこのミラノ~サンレモの優勝候補とは見られていなかった彼の一撃に、ファンアールトもアラフィリップも反応せず。

ストゥイヴェンにとっても、最後のスプリントで彼らに張り合うのは難しいだけに、ここで行くしかなかったものの、しかし残り3㎞はまだ距離があり過ぎるようにも感じていた。


だが集団もここで全員が結託して追いかけられれば問題なかったが、やはり人数が多すぎてそうもいかない。

残り2㎞でマキシミリアン・シャフマンがアタック。マイケル・マシューズがこれに食らいつく。

すると集団からはさらにグレッグ・ファンアーヴェルマートもブリッジを仕掛けてきたことで、やはりここで一旦集団先頭が停滞。


残り1.5㎞で昨年ツール2勝のセーアン・クラーウアナスンがアタック。

彼もまた、このメンバーの中では決して優勝候補とは言えない男。ゆえに、先ほどのシャフマンたちのアタックに反応して一息ついていた集団はこれを見逃す。

唯一トム・ピドコックだけがブリッジを仕掛けようと飛び出すが、彼はあまりにも危険過ぎたためにワウト・ファンアールトがすぐさま引き戻した。


先頭はストゥイヴェン。追いかけるクラーウアナスン。集団もすぐその後方。

逃げ切るにはストゥイヴェンも限界だった。残り1㎞ゲートを前にして後ろを振り向き、クラーウアナスンとの合流を選択する。

そこから400mはストゥイヴェンが先頭を牽いて集団とのギャップを開きにかかる。

集団の先頭はファンアールトに。昨年の世界選手権のときのように、誰もがファンアールトに責任を押し付けて、大牽制状態に。


残り600mでクラーウアナスンが先頭に立つ。ストゥイヴェンはここでしっかりとその後輪を捉え、最終局面に備える。

あとはもう、我慢大会だった。

後方からは迫りくる大集団。

目の前のクラーウアナスンを出し抜くための、最適の距離まで待ち続けることはできるのか。


早すぎても届かないし、遅すぎても追いつかれる。

そのギリギリを狙って、プロ8年目の勝負師はその一瞬の選択に全てを賭ける。


残り250m・・・残り200m・・・


そして、残り150m。

完璧なタイミングで、自身初のモニュメント勝利を掴み取った。

9.ミラノ~サンレモ


「僕はただチャレンジする以外に方法はないと分かっていた。スプリントに賭けて5位か10位になるくらいだったら、すべてを失うほうが良い。これまでも勝負に出て何も得られないことの方が多かったけれど、ときどきそこで何か大きなものを拾うことがある。今日はものすごく大きなものを手に入れることができた。信じられないよ。自分が何をしたのか、まだ理解できていない。信じられないくらい、とても幸せな気分だ」


大牽制状態に陥っていた集団から最初に勝負を仕掛けたのはマチュー・ファンデルプールだった。

ストゥイヴェンが残り150mでスプリントを開始したと同時に、その50m後方から彼はアクセルを踏んだ。

しかし、伸び切らなかった。300㎞弱の道のりは、さしもの「怪物」の足も大きく失わせることとなった。

やがて加速したカレブ・ユアン、ワウト・ファンアールト、ペテル・サガンにも抜かれ、彼は5位に沈んだ。


常に「最強」が勝つわけではないのがロードレースだ。同時に、ただ運だけで勝てるほど甘くないのも、とくにこのモニュメントと呼ばれるレースたちの最大の特徴だ。

ストゥイヴェンは自らの立場をよく理解していた。優勝候補ではなく、最後のスプリントでは絶対に勝てないからこそ、あの距離からのアタックを繰り出した。

そしてラスト1㎞でクラーウアナスンを待ち、最初の数百メートルを自ら牽きつつ、最も重要な局面で彼を前に立たせ、冷静に自分の勝負所で仕掛けたその選択。


そのすべてが、彼に勝利をもたらした。

「誰も無敵なんかじゃない。それが正しい考えだと思っている」



いよいよ、北のクラシックが本格的に開幕していく。

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