「橋の上の岩男」#4

噂に違わず男は、昨日見たのと同じ場所に、同じように背筋を伸ばして座っていた。
若殿は川沿いの柳の根方に腰掛け、その様子をつぶさに観察することにした。

往来の人々にとっては男がそこにいるのはもはや当たり前の光景のようで、その正体を訝しむ者はいても、存在自体に驚く者はほとんど見られなかった。
時折、男に声をかける者があり、二言、三言、言葉を交わす。相手が大人であろうが子供であろうが、また自分に対して好意的であろうがそうでなかろうが、男は表情や口振りを変えることなく応じているようだ。もちろん座ったまま、姿勢を崩すことはない。

暫くはそんな調子で、男の佇まいにさえ慣れてしまえば退屈と言ってもいい時間が流れた。物の怪の正体を見極める、と気負っていた若殿も、庭木に止まった鶯でも眺めるような長閑な心持ちになりはじめた頃。

一人の媼が、男に声を掛けた。
身綺麗にしてはいるものの、あちこちにつぎのあたった着物や窶れた表情からは彼女の暮らし向きが見てとれる。
初め、やや遠巻きにおずおずといった調子で声をかけた媼に、男は例の如く淡々と言葉を返した。すると媼は、突然男の前に跪き、拝むようにして男の手に何か握らせた。
さしもの岩男もこれには動揺したか、立て膝になって媼の手を取り、再び地に伏そうとするのを肩を抱くようにして押しとどめる。そのまま媼の顔を覗き込んで言葉をかけ、媼の話に耳を傾けては親身に頷いているようだ。どれくらいそうしていただろうか、落ち着きを取り戻した媼が頭を下げて男の元を辞そうとすると、男は先程渡された包みをそっと媼に返して破顔した。渾名通りに岩のようないかめしい顔が、途端に人懐こく綻ぶ。

媼がもう一度深々と頭をさげて来た道を戻ると、男は何事もなかったかのように姿勢よく座り、また元の通りの岩男に戻った。一部始終を見ていた若殿は、立ち上がりゆっくりと歩を進める。その目はしかと男をとらえ、好奇心の光を宿していた。

「そこな御仁」

橋を歩みながら男に何と声をかけたものかと思案していた若殿の口から出たのは、格式ある武家の人間が物乞いにかける言葉としてはおよそ似つかわしくない丁重な呼びかけであった。男は軽く伏せていた視線をついと上げ、声の主をみとめると静かな声で答える。

「何ぞ、御用で?」
凪いだ湖面の如き、深く穏やかな眸。心の底まで見通されそうなその目を見返し、若殿は率直に問う。

「貴殿のことが知りたい。何者で、何故ここに居られるのか」

「何者、と仰せになられても、ご覧の通りの乞食にござりまする。ここに居れば心ある方々の温情に縋り糊口をしのぐことが出来る故、こうして座しておりまする。お武家様にはお目障りかと存じまするが、何卒御容赦下され」

唐突な問いかけにも関わらず、男は眉ひとつ動かさず幾度も言い回した口上を述べるように滔々と答えた。
何かを隠している、と若殿は直感する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?