ショートショート「ぐるぐると」
ぐるぐると回る洗濯機の中身を見ていた。コインランドリー内には、私の他に人の姿はなかった。先ほどから、天井に備え付けられた蛍光灯がパチパチと点滅している。
洗濯機には残り25分と表示されている。私はいつものように待合スペースにあるベンチで待っていようかと思った。
「うわ」
ベンチに腰掛けようとすると、先客がいた。虫である。
虫が苦手な私は、仕方なく外へ出ることにした。
商店街をとぼとぼ歩いていく。ここの商店街は半数以上がシャッターを閉めてしまっている。時折開かれているスナックからは常連客であろうバカ笑いが聞こえてきた。
蒸し暑い夜だ。空は雲ひとつなく涼しげなのに、私の頬には汗が伝っていた。それでも、目的地もなく歩き続けた。
普段はコンビニの夜勤で、休みの日はこうしてコインランドリーに赴く。変化のない日常。かといって変化を求めているわけでもない。ただ、日常を淡々と過ごしていく。それでも、一抹の寂しさを感じるのは、なぜなのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、私の前に立ちはだかった男がいた。その男は宇宙船が描かれた特徴的なTシャツを着ていた。
「すみません。今日は西暦何年の何月何日ですか?」
宇宙船の男は焦った様子でそんなことを聞いてきた。彼の頬からは大量の汗が流れ、その汗の粒が地面のアスファルトにポツリポツリと落ちていた。
「はい?」
私が戸惑いを隠せないでいると、宇宙船の男は足早に去っていった。去り際に彼のポケットから、一枚のカードが落ちた。
「え?」
それは身分証のようなものだった。そこには、彼の顔写真と生年月日が記されていた。
「何だ、この生年月日は」
私はそこに記されていた信じられない数字に目を疑った。しばらくして、顔を上げると、すでに宇宙船の男の姿は見えなくなっていた。
「仕方ない」
考えるよりも先に身体が動いていた。私は宇宙船の男を追いかけて、商店街を駆け抜けた。右手にはしっかりと一枚のカードが握られている。目に映る景色が目まぐるしく移り変わっていった。
やがて宇宙船の男の姿を捉えた。彼は路地裏に入っていく。刹那、辺りは眩い光に包まれた。
「待って」
私は無我夢中で彼の背中を追いかけた。
そのとき、ぐるぐると回っていた洗濯機の中身がぴたりと止まった。
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