見出し画像

音楽で飯を食わなくてもいい。toe山嵜と考えるアーティストとお金の関係

toeは僕が世界一リスペクトするバンドといっても過言じゃない。CDを全部所有しているアーティストは指で数えられるぐらいだけど、toeはその一つ。音楽が最高なのはもちろん、アーティストのあり方としても頭が上がらない。

結成以来、メンバー全員がそれぞれ本業(インテリアデザイナー、アパレル経営、レコーディングエンジニア、プロドラマー)を持ち、バンド活動は生活の糧にしない。レーベルも事務所も自主運営で、バンド公式のSNSアカウントはない。バンドにボーカルがいないインストロックバンド。ほぼノープロモーションで活動して20年。こんなやり方で熱狂的なファンが世界中に存在する。

僕はtoeと浅からぬ縁がある。実は海外ツアーマネージャー兼前座アクトとして、toeにとって最初となるヨーロッパとアメリカツアーを、それぞれ2回ずつ回った。ロンドン、パリ、モスクワ、ニューヨーク、ロサンゼルス…。世界のいたるところに彼らのファンはいる。200~1,000人規模の会場が地元の音楽ヘッズによって即日完売。感極まって泣いているファンがどこの都市にもいた。

画像1

僕はアメリカでライブをする日本人アーティストのライブを何回も見てきたけど、toeはすごい。レコード会社や事務所のスポンサーなどの尽力でがっつりプロモーションできるアーティストよりも、はるかに集客力があるし、しかも、現地人がほとんど。本当にレアなのだ。

最近では「MUSIC UNITES AGAINST COVID-19」を立ち上げた。東京事変、安藤裕子、Aco、BACK DROP BOMB、the HIATUS、LITTLE TEMPO、渋さ知らズ、mabanua、DATS…ジャンルを超えたさまざまなアーティストが協力し、全国のライブハウスを支援している。普段は、音楽活動以外で表に出てこないのに、みんなが困っているときには、急にパッと現れて影響力を発揮する姿に圧倒された。

彼らの活動は、2つのことを証明したと考えている。

1. 「音楽一本でやらないと成功はできない」の嘘(他の仕事で稼ぎながら音楽を続けることのメリット)

2. お金をかけてプロモーションしなくても、音楽自体に「引き」があれば、コアファンが世界中にできる

ほぼ20年、友達としてすぐ近くから見てきた彼らの活動は、僕にも大きな影響を与えている。これからのインディーズアーティストの活動として、ロールモデルになる可能性も秘めていると思う。彼らはどんなことを考えながら活動しているのだろうか。メンバーの山㟢廣和さんに聞いてみた。

取材、文:starRo、構成:葛原信太郎、写真:Takuya Nagamine

画像2

なんでtoeは本業と音楽を掛け持ちしているの?

──toeが結成された2000年といえば、80年代、90年代の名残は残っていた時期でしょ?動員50人ぐらいのバンドでもメジャー契約して給料をもらうのがあり得た時代だよね。どうして本業と音楽活動を両立しているの?

単純に人気がなかったんだよ(笑)。バンドで収入を得て生活している友達はいたけど、またそれは別の話で。そもそも自分がやっている音楽が生活できるほどの収入を得られるとは思えなかった。

──多くの人は、売れてる方向に流れてしまうものだと思うけど。

音楽ってすごく「個人的なもの」だと思っていて。自分が「これがいい」と思うから作る。バンドメンバー4人の中だけでも各々好みが違うんだから、みんなが気に入る音楽なんてつくれないよね。

──そんなスタンスのtoeだからこそ、世界中でライブができて、そのチケットが完売するぐらいファンベースができたんだろうね。

喜ばしいことだよね。知らない土地に住んでいる知らない人が、俺たちの音楽を「超いい~!」って聞いてくれてる。海外でツアーを回るとそれを実際に体感する。バンドをやっていて、これ以上の幸せはないよ。ある意味、テクノロジーとインターネットのおかげだとも言えるのだけど。

──今、ライブができない状況だけど、バンドにとって、あるいはアーティスト山嵜として一大事じゃない?

感染拡大は特効薬が見つかって、根本的な解決方法がない限り、何年も続くかもしれないし、ライブやフェスが長期間に渡り、全くまったくできない可能性はあると思っている。

最近感じているのは「ライブ」の代わりはないってこと。オンラインライブがいろいろ試されているけど、フィジカルなライブの代替にはならない。お客さんと演者が同じ空間にいるのが、ライブなんだよね。ライブがない世界なんて、正直、考えたくない。

でも「ライブがどうなっていくのか」は、アーティストが考えることではないとも思っている。レコード→CD→ストリーミングと変遷した音楽メディアの変化は、アーティストが決めたことではなく、環境が勝手に変わっただけ。ライブだって、ライブの代替えをアーティストが考えても仕方ない気がする。不確実な未来を考えて、新しい何かをやろうとするよりも、今は「自分のやるべきこと・やろうとしていたこと」を磨いて、精度をあげることに専念したい。

「売れる・売れない」が評価軸になりすぎている

こんなふうに言えるのは、僕のメインの収入が音楽じゃないからでもある。日々の糧であるインテリアデザインの仕事に関していえば、これから起こるリスクを想定しながら準備するし、生活費を稼ぐためには先手を打つのは当然だよね。

──僕はここ数年、音楽だけで生計を立ててきたから、経済的に苦しい。そんな状況で、音楽にこだわってお金を工面するのは大変だから、音楽以外で生計を立てることを受け入れるようにした。僕にとって音楽がとても大事な存在だからこそ、持続的可能な形を考えないといけないと思っているよ。

Double Famousの坂口さんが以前、「“ライスワーク(RICE WORK)”と”ライフワーク(LIFE WORK)”を分ける」って云っていて。なるほどなぁと思ったんだけど。音楽だけで生計を立てていても、ライスワークの音楽ではクライアントの意図のままにエゴを出さないとか、ライフワークの音楽は自分のやりたいことをやるとか、意識を分けることでそれぞれの純度が高まると思う。

画像3

──音楽の質をキープすることと、音楽で生計を立てることは、別の努力が必要だよね。

そうだね。それはいろんな仕事でも言えることかも。仕事のクライアントはお客さん。お客さんの求めるものを理解して形にするスキルとか、業者さんを動かすスキルが大事だからね。一方、表現活動のクライアントは自分だから。

──とはいえ、音楽をライスワークにするのがゴール、という考え方は根強いと思う。

変わってきたとはいえ、依然として日本で大多数の人の音楽評価軸が、「売れてるか・売れてないか」になっちゃうからね。テレビに出てたり、スタジアムやドームを埋められるような人でないと音楽好き以外の人には認知すらされない。欧米はもうちょいグラデーションがあるイメージあるよね。

「お金稼ぐこと=唯一絶対の善」というような価値観はしぶとくて。稼いでいる有名な人だけじゃなくて、稼いでいなくても才能ある人や文化的に優れた人にも、一般社会からのリスペクトが集まるようになれば、バランスが良いんだけどなぁと思う。

忘れちゃいけないのは「そもそも自分はなぜ音楽をやりたいのか」という根本的な自問。「なぜ」と「どうなりたい、やっていきたい」のかが明確になれば、自ずと手段も見えてくると思う。その手段や目的がそれぞれ違うのは良いことだと思う。

──音楽やアートが浸透しないのも、アーティストの生き方の単一的なのも、教育から政治の仕組み、環境問題の取り組みの遅さまで、あらゆることが「価値観が資本主義に偏り過ぎていること」につながってくると思う。日本の変化のスピードは穏やかだからあまり変化を感じないけど、世界はものすごい速さで変わっている。

人の弱さを前提に

そういった新しい価値観にスポットが当たらないのは、年功序列が根強いというのも理由の一つではあると思う

──逆に、若い世代が年齢だけを理由に「年齢が上の人たちは感性が鈍い」と決めつけてしまうこともある。年齢がフィルターになってるんだよね。アメリカだったら年齢は全然関係ないんだけど。

もはや教育の問題だと思うんだけど…。この現状を踏まえてなにか変化を起こしていくなら、上の世代が納得できるような結果を出すしかないのかなって。無理に説得するんじゃなくて、ある意味コミットせずに納得せざるをえない結果や現象のみを見せるというような。

──そうだね。でも、今の評価軸とはぜんぜん違うところで、好き勝手やって、それがだんだん大きくなって、上の世代が認めざるを得なくなっていくというアプローチもあるのでは?

そういうこともあると思うんだけど、他方でジレンマも感じる。例えば、ストリートアートは若者が好き勝手に始めた「アンチアカデミック」であったはずなのに、MOMA(ニューヨーク近代美術館)のような権威にピックアップされると、稼げるようになる。そうすると、だんだんそっちに比重が傾いてしまうというような。結局メインストリームに取り込まれることが「成功した」ことになるのか、、、っていうか。「そもそも」がどこかに行ってしまうような感じっていうか。。僕の認識違いかもしれないけど。

画像4

──それは、僕もグラミーの候補になったことで痛感する(笑)。権威なんかクソ喰らえと思っていても、フックアップされると否定はできないのよ(笑)「今まで権威にアンチだったのは自分がそこにいなかったからだ。分からなかっただけ」って考えるようになっちゃったり。実際、いい面もあると思うんだよね。ストリートアート自体が評価されるようになったり、いろんな人に話が通じやすくなったり。

問題なのは、その環境に慣れてしまうこと。僕も感覚が狂った時期がある。SoundCloudも最終的には感覚が狂って経営判断を誤ってしまったよね。

何かをきっかけに急に名が知れ渡ることはあり得るし、成長のプロセスとして必要だと思う。でも、持続的にうまくやってる人たちは、引き下がることもできるんだよね。たくさんの人に知ってもらってラッキーくらいで、また素の自分に戻る。ちゃんと名が知れ渡った分、自分の底上げになっているからね。結局は、積み重ねていくことで成長していくんじゃないかなぁ。

──人って弱い生き物なんだよね。何かを達成したい、実現させたいときは、リスクになるような人間の弱点を回避したり制御できるように仕組みをつくりながら、成長していかなきゃいけない。

だからtoeの音楽で稼がない姿勢は、今後のアーティストのあり方のひとつのモデルになると思う。これからは「音楽活動にもいろんな目的やモチベーションがあって、それに応じた関わり方がある」って考え方が日本でも浸透してくといいな。今日は話を聞かせてくれてありがとう。

画像5

今回のまとめ by starRo

お金を儲ける手段として考えると、音楽は確率も額も低すぎる。逆に音楽でお金を儲けようとせず、好きな曲を作り続けられて、熱狂的なファンが世界中にいて、最高のライブが続けられれば、アーティストとしてそれ以上望むことがあるだろうか。

幸せなアーティストライフを末永く続けていくためには、できるだけ自分のままでいられる環境を作ることが大事。音楽以外にも仕事をしてお金の心配を減らすとか、過剰な期待は初めからしないといった、環境づくりがもっと重要と言えるかもしれない。

toe 
2000年、山嵜廣和(ギター)美濃隆章(ギター)山根敏史(ベース)柏倉隆史(ドラム)の4人編成で結成。主にインストゥルメンタルの楽曲でありながら、聴くもの観るものを高揚、魅了させる音源、ライブパフォーマンスは絶大な支持を受ける。

海外での評価も高く、07年から年一回ペースでのアジアツアー、‘12年の欧州ツアー、‘13年、‘15年の北米ツアーをほぼ全ての会場でSOLDOUTするなど、成功をおさめる。海外レーベルとはWhitenoise Records(香港)、Topshelf Records(米)、Big Scary Monsters recording(英)とサイン。

’15年7月には5年半ぶりのフルレングス・アルバム「HEAR YOU」をリリース、
通算4度目のFUJIROCK FESTIVAL出演など精力的に活動を続ける。2018年1月にはtoe結成以来、単独音源以外で制作されたCM、リミックスやコンピ盤参加テイク、提供楽曲、更にtoeとゆかりの深いアーティストによるリミックストラック4曲を収録したコンプリートディスコグラフィ ” But That’s Another Story ”をリリース。2018年1月に初となる南米ツアーを行う。2018年8月には3年ぶりとなる新作EP「OUR LATEST NUMBER」もリリースし、USツアー(18年、19年)、アジアツアー(19年に2回)を行い、国内、国外問わず精力的にライブ活動を展開している。

https://www.toe.st/


SustAimの活動の応援をしてくださる方々、いつもありがとうございます!