見出し画像

久々にログインしたらきもすぎて笑った。

2年前、晴れて第三志望くらいの大学に入学したはいいもののコロナで完全オンライン非対面授業。ひたすら画面を眺めて知らんおっさん(教授)の顔を眺める日々。

友達はおろか、知り合いすらも一人もできずうつうつとする毎日。時間は腐るほどある。オードリー若林著の``社会人大学人見知り学部卒業見込‘‘に「ネガティヴを潰すのはポジティブではない。没頭だ。」と書いてあった。


友達もいない、バイトもしていないから金もない、あとホームシックヤバイ地元に帰りたいのないないまみれの癖に時間だけはある。このままだと自分がネガティブに潰される!!!!と思った私は前から憧れていたnote投稿を始めることにした。

本が好きなこともあって、読書感想文を週一投稿しよう!と意気込んだものの、素晴らしい三日坊主。

私だけでしょうか。読書ってめちゃくちゃ疲れませんか。考えたり、ときめいたり、自分に置き換えてみたりして。めちゃくちゃ疲れる。

それプラス、本を読んで感じた言葉にできない感動や驚きを文にする。そんなん週一でできひんやん普通…。これには大迫もびっくり。(そういえばこのネタ一時期めちゃくちゃ流行ったけど何でやったん。)


大学生活にも慣れ、バイトも始めたり専門科目やキャンパス移動もあったりで気づいたら2年たってた。時間って経つの早すぎる。

で、この連休中はずーーーーーっとPodcastを聞いてたんですよ。(ゆとりっこ達の戯言めっちゃおすすめなのでこれ読んでるひとおるか知らんけど聞いてみてください♪)で、ラジオの中でパーソナリティーが「noteも書かなきゃ~」と。

あぁ自分もそういえばnote一瞬書いてたなぁログインしてみるかぁと思いだし、大学で使っているパソコンを開きnoteのサイトにログイン。記事を読んでみる。

うぉぉぉぉぉぉ!!!!きもい!!!!!


きもすぎる。なんだこのうっきうきの文。よく言えば初々しいんでしょうけどたった2年前の自分ってこんなキモイ文書いてたの??と動揺。書いていた本はほぼ江國香織さんの小説。もちろん今も大好きな小説家さん。今も絶賛泳ぐのに安全でも適切でもありませんを読んでいる。

読んだことある人はわかってくれるかもしれないんですけど、江國香織さんって文章がきれいなんですよね。綺麗って、本来ならば視覚的なものに対して使うかもしれないんですけど、自分にとって江國香織さんの文章を表すならこの言葉一択。この江國さんの小説を読んで、心に残った、感じたキラキラというかいい本を読んだ後に感じるほお~~という気持ちをどこかに発散したかったんでしょうね。だからnoteを2年前の自分は始めたと。

てか読み返したらこのnoteの最初に暇で始めたって書いてあった。どっちやねん。この時点で文章書く能力一ミリもないのがばれる。ふほほほほほほ。

Twitterにでも書いとけ。まだそっちの方が黒歴史感なかった。

急いでnoteを削除した。あーきもかった。何よりきもいのは、n記事の最後に必ず自己流の締めの言葉が書いてあること。なにとぞ、なにとぞ…って。

いわゆるユーチューバーが最後にバイバーイ!っていうやつですね。

なにとぞってなに。まじでなんなん。


この記事を書いている時刻は深夜0時54分。2年前に己が残した読書感想文を削除し、反省文を書いている。深夜テンションの勢いで。

これも明日の朝には黒歴史の文になっているんでしょう。けど瞬間瞬間の気持ちを記録するって大事じゃないですかね。え?じゃあなんで記事を消した?そんなん決まっている。恥ずかしいからですよ

黒歴史なんて中学生で終わると思っていた。自分が好きな漫画に自己投影したオリキャラを脳内で登場させたり、今でいう二次創作を描いたりと。

黒歴史って大学生になっても、作れるんだ。ある意味感動。そしてきっとこれも黒歴史のひとつとなり、私の伝記のページに追加されるでしょう。


あのさもうこの伝記とかが既に黒歴史だろ。現在進行形で。けれども、この記事をしっかり投稿する。歴史は残さなければならない。1週間後くらいにまた読み直して、きめぇ~と一人酒のつまみにするために…。

メチャクチャなひどい文章を最後まで読んでくださりありがとうございました。大学三年にもなってこんな文章力かなりやばいと思ったそこのあなた。間違いない。レポートなんてWikipediaのコピペだから。今はさすがにしてませんけど。

文章の終わらせ方がわからない。無理やりここで終わらせることとします。粗削りな記事でもだれかの暇つぶしになったらいいな。

今後とも、なにとぞ、なにとぞ…


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?