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1,900円のランニングシューズで学べる、33,000円のシューズでは学べないこと。

突然ですが、皆さんに質問です。

この数年間のロードレースやトラックで好記録が続出していますが、果たして、

「アスリート達は本当に速く、強くなっているのでしょうか?」

アスリートの能力自体は昔と同じか、平均的にはそれよりも衰えている(だろう)

アスリートのパフォーマンスは年々向上していますが、私の考えではアスリートの能力自体は昔と同じか、平均的にはそれよりも衰えていると考えています。

ただ、アスリートが高いパフォーマンスを出すために、以下の要因が昔と比べて格段と進歩したといえるのでは考えています。

【陸上中長距離の場合】
① 体型のビッグバン(競技に特化した体型への変化)
② 作為的な競技選別(エリートプログラムの興隆)
③ ギアの進化(シューズ、ウェア、サングラス...etc)
④ 路面の進化(ロードの舗装技術の向上、全天候トラックの普及、クロカンコースの普及...etc)
⑤ ペーサーのクオリティ向上(ペースマネジメント)
⑥ ドラフティング技術の向上(例:INEOS 1:59)
⑦ 給水・補給戦略の多様化(科学的知見の導入・製品開発)
など

これらは挙げればキリがないですし、1つ1つ説明していきたいのですが、それはまた別の機会に。

(詳細は以下のデイビッド・エプスタインのTEDをご覧ください:必見!)


そのようなことを考えると、私が考える日本歴代で最強の長距離選手は中山竹通さんです。当時の中山さんのレースの動画はYouTubeにいくらか残っているので、そちらを参考にしていただけると理解が深まるかもしれません。

・1987年7月:10000m27:35.33 ヘルシンキワールドゲームズ3位(動画
※2001年に高岡寿成さんに塗り替えられるまで14年間残った日本記録

・1987年12月:マラソン2:08:18 福岡国際マラソン優勝(動画
※12月の雨の悪いコンディションの中、ペーサー無しのレースで最初の5km14:30秒台、ハーフ通過61分台。後半は冷たい雨に打たれてペースダウン(たらればはキリがないとしても、晴れで、ペーサーがいて、アルファフライがあったら、一体どれぐらいで走れていたのか??2:03-04分台?)

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1つの事実として、中山さんが1987年に記録した10000mの27:35.33という記録は、ヴェイパーフライ全盛期(新しいスパイクも含む)の今でも日本歴代4位として君臨しています(33年前の記録)。

果たして、33年前の日本に(中山さんの場合はもっと前から)、人工的に作られた良いクロカンコースや良いギアや良い低酸素ルームや良いエリートプロジェクトは一体いくつあったのでしょうか。

特にギアの進化というのは、現在のトラックレースよりも、ロードレースのほうにより強い好記録のバイアスがかかっているのをみれば明らかです。中山さんの頃にはそのような傾向は見られなかったのですが、現在のトラックの10000mで中山さんクラスの選手がなかなか出てこないのは、

今回の記事テーマ、

「アスリート達は本当に速く、強くなっているのだろうか?」

に通じる部分かもしれません。

ただ、数々のマラソンで優勝を収めてきた中山さんや瀬古利彦さん、ポーラ・ラドクリフでさえ、メダルが取れなかった「五輪のマラソン」はある意味特殊な存在であります。

そのため、誰が日本最強の長距離選手だったかどうか、には議論の余地があります(最強と最速は別?)。

私は五輪のマラソンに出場したことはありませんが、おそらく普段のレースの何倍ものプレッシャーがかかるうえに、ペーサーがいないので、より戦略的なレースになること、夏のレースであることなど、五輪のマラソンは特殊なレースとして位置付けて考える必要があると思います(メンタル面、暑熱順化、クーリング、ペース戦略、給水戦略など、普段のレースよりも戦略を練らないといけない部分が多い)。

1つ言えるのは、五輪のマラソンを勝つ選手というのは、その日に1番強い選手であるということ。特徴としては他の種目に比べて持ちタイム順に勝負が決まらないということです(勿論、そうなることはあったとしてもラドクリフ五輪のマラソンで入賞すらできなかった)。一方、短距離の五輪や世界選手権では、おおよそ持ちタイム順に決勝でも順位が決まることが大半です。


「速く走れば、もっと速く走れるようになるだろう」という罠

前置きが長くなりましたが、今回は1,900円のシューズで練習を積んでみて感じたことを書いていきます。

「自分は本当に速く、強くなっているのだろうか?」

そう思ったのは、私がワークマンの1,900円シューズを買う数ヶ月前に、カーボンプレート入りの厚底シューズを履いて練習をしていた時でした。

数年前よりも明らかに太った私は、ギアの進化という追い風に乗って練習を消化していきます。同じようなタイムでも明らかに最近のシューズのほうが努力感が少ないのです。

「これは“まやかし”ではないのか?」

ヴェイパーフライネクスト%、エンドルフィンプロ(サッカニー)、メタレーサー(アシックス)、ウェーブデュエルネオ(ミズノ)、中国の厚底シューズ×2足など色々と新製品を履いて、比較して、自分なりに分析して練習を積みました。

自分は元々、スパイクを履いてガツガツ叩いていくのが好きで(昔は5000-10000mの選手でしたけど)、でも、今は体重が重いのと、基礎体力と基礎筋力が養えるまではスパイクを履く気はありません。

そして、大前提として今は競技で成績を残すことがメインではないので、最近でもネクスト%はほとんど履いていません。製品比較のために所有しているという程度です。

最近自分の中で見出した原理の仮説としては、

「速く走れば、もっと速く走れるようになるだろう」という罠にかられるあまり(特にインターバル信者の人は)、良いシューズに飛びつく。

しかし、特に長距離でもっと重視されるべきは、

“長く”速く走れるような基礎構築があってこその、高強度練習ではないか、ということ。

ここの長くとはジョグやロングランでもあり、ロングインターバルでもあるしファルトレクでもあります。つまり、VO2Maxインターバルではないし、15分も継続できない強度の持久運動ではない、ということです。

勿論、実業団選手や学生などの多くの競技選手は、長い時間をかけて基礎を構築しているわけですから、高強度練習に取り組む必要があるといえます。

ですが、市民ランナーレベルでは、今年はレースがあまりないこと(高強度練習の頻度が減っていること)が影響して、どうやら高強度練習にフォーカスするあまり(高いシューズに手を伸ばす)、基礎構築をおざなりにしている人が増えているのではないかと考えています(これからさらに暑くなるし...)。

そのようなことをこの数ヶ月で、ワークマンのシューズを買って基礎構築に時間をかけたことで自分自身の体の適応をみながら感じていました。

もちろん、この見解は過去の自分と今の自分を照らし合わせています。

単純に昔よりも記録が伸びた、練習の達成率が高まった、努力度が低くなったことを経験して自分が強くなったと思うのかもしれません。しかし、

今はもうほとんどの選手のタイムが伸びているので「相対的な順位の変動で自分の伸び」を判断した方がいいのではないでしょうか

例えば、あるひとの2018年と2019年の公認大会でのマラソンのタイムが同じぐらいなら、タイムは同じなのにその人の2019年の全日本マラソンランキングの順位は落ちているでしょう。


タイムを求めずに基本に忠実に

コロナ渦ではレースがなくなり、モチベーションがなくなって走らなくなった人、一方では私のように自宅にいる時間が増えてジョギングを始めた人、対照的ではありますが、どちらの人も一定数いるのでしょう。

特に、これまで多くのレースに出ながらコンディショニングをしてきた人にとっては、厳しい状況が続いていますが、これを機に「練習や試合でのタイムを求めずに基本に忠実にやり直す」というのもいいかもしれません。

ホクレンディスタンスチャレンジでは好記録が続出しましたが、その要因の1つに、(どちらかというと身体面の)リフレッシュの期間が設けられたのと、基礎構築に時間が取れたことではないでしょうか。

緊急事態宣言が出た期間に実業団選手や大学生がどういう練習をしていたかは分かりませんが、集団練習が問題視されていたことを考えると、おそらくジョグといった低強度の練習が中心だったのではないかと思います。

勿論そこから、チーム練習や2人以上での練習が再開していき、実業団選手は菅平などでの調整合宿を行っていたわけですが、基礎構築ではジョグだけでなく、これまでに時間が取れなかったことに時間がさけるなどプラスの面も必ずあります(例えば、休養、勉強、練習計画の再考、これまでのフィードバックなど)。

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トップ選手に関してはそのような状況で好記録に繋げていったのではないかと思いますが、私がジョグやロングランという基礎構築を始めて、かつ33,000円のシューズではなく、1,900円のシューズを手に入れたことによって学んだことは以下になります。

① アップをしっかりする
② タイムを見ない
③ タイムを追わない

④ ジョグを大切にする、基本を大切にする
⑤ ケアをしっかりする
⑥ 路面を使い分ける

これらのいろんな基礎を学び直すことができました。

① アップをしっかりする

夏に気温が高い時は除いて、パフォーマンスを上げるためにアップはしっかりしたほうがいいです。今まで私は厚底シューズを履いていれば、アップにそれほど時間をかけなくても「走れる」と思っていました。

さて、あなたがワークマンで3000mT.Tをやってください?と言われたら、諦めるか、何か頑張ろうとするか、どっちでしょうか。私なら後者です。私が行ったのはいつもよりも入念にアップをすることでした。

約10分軽めにジョグ → 動的ストレッチ、ドリル、チューブで特定の筋群に刺激を入れる → バウンディングなどのジャンプ → 5-6分の速めのジョグ → 流しを数本。その後、3000mT.T。これら全て同じシューズ(ワークマン)でやっています。

実業団選手や競技選手であればこのようなことはほとんどの人がやっていることで目新しくないことでしょう。ただ、「フォアフット走法をやってみよう」とか「アルファフライを履いてみよう」と短絡的に考える人は、基礎を無くして応用は得られませんから、その考えはあまり良い結果を導かないのかもしれません。

このウォーミングアップで意識したことが、どこの筋肉を使ってどのように走るかをアップ前にイメージしておくことです。アップで中臀筋に刺激を入れて、ジャンプでバネを高めておく。中間走ではその意識が働いていて、3000mT.Tのラストの300mではまた別の筋肉(腸腰筋やら肩周りやら)を意識して動かすので、そういったイメージを走る前に持っておくことは重要だと思います。

(特に私のように1人でT.Tをやる場合は)

もし、私が33,000円のシューズを毎回の練習で履いていたら、このようなことを考えてウェイトトレーニングをしたり、アップをしたりしていないでしょう。1,900円のシューズしかない極限の状態に追い込むことで、閃きやアイデアはいくらでも出てくるのです。


② タイムを見ない

これは“感覚を重視する”ということです。

T.Tや試合でタイムを全く見ないということは、レースマネジメントの“確認”を怠るのですが、はっきり言ってレースは生物ですので(ペーサー有の展開が事前に予想しやすいレースを除いて)やってみないとわからないことの方が多いです。

その時に頼りになるのが鋭い感覚。この感覚は普段から養っておかないと、いざというときに使えません。“センス”という言い方もできると思いますが、これは練習でも養うことができます。時計をつけて走らないか、ファルトレクのような練習を重視することで感覚は養えます。

推論ですが、ケニア人が鋭い走りの感覚を磨いてこれているのは、ほとんどの人が大人になるまで時計を持って走ったことがないからでしょう。これは日本人であっても、子供ならみんなが持っているピュアな感覚です。そのピュアな感覚を大人が子供に対して「理詰め」で殺さないようにするのが大切だと思います。

ランニングでは走動作においてリラックスできていることが重要であるので、運動中に頭であれこれ考えるよりも、自分の養ってきた(もともと持っていた)、動物本来の感覚みたいなものが重要ではないかと思います。


③ タイムを追わない

これがこの記事の本質的なところだと思います。「タイムが速ければ速く走れるようになる」という考えではいつか故障するでしょう。強大なベースがあってこその高強度練習です。時計を外して(もしくは1度も時計を見ずに)感覚で走ってみてください。


④ ジョグを大切にする、基本を大切にする

高強度練習をクリアするシューズにお金をかけることも大切ですが、長期的には良いジョグやロングランを積み重ねていくシューズに投資した方がいいと思います。

ミズノのウェーブデュエルネオ、アシックスのメタレーサー、アディダスのアディゼロプロなんかは汎用性が高く、速めのジョグやロングランにはちょうどいいと思います。

また、ワークマンやHOKAの元祖厚底シリーズ(クリフトン、ボンダイなど)、ゲルカヤノ、最近だとノヴァブラスト(アシックス)、ウェーブライダー、ウェーブシャドウ(ミズノ)、ペガサス、ボメロ(ナイキ)、キンバラ(サッカニー)、ゴースト(ブルックス)あたりも結構いいジョグシューズだと思います。


⑤ ケアをしっかりする

これは歳をとってきてからみんな気付き始めるのですが(^^;)、若いうちからやっておかなければならないことだと思います。特にネクスト%を履いていると、私の場合は下腿三頭筋があまり張らないので、それはプラスのようにも思えますが、逆にそこが張るようなシューズを履くとケアの重要性に気づかせてくれます。

故障自体はデメリットですが、故障や痛みのサインから学ぶことはとても多く、治療に行く以外でも自分でリカバリー(栄養、睡眠、ケアなど)の質を上げるのは、トレーニングの質と同等に重要視すべきことです。


三村さんの教え

⑥ 路面を使い分ける

シューズの履きわけと同じぐらいに、路面の使い分けは非常に大切だと感じています。アフリカの選手が、なぜあそこまでクロカンが強いのか(トラックもロードもですが)を真剣に考えたことはあるでしょうか。

欧米の選手やアフリカの選手がクロカンシーズンのワークアウトで身につける走技術は、残念ながら日本のシーンにはほとんどないと思っています。その代わりに、どちらかと言うと日本人選手はハーフやマラソンに特化した走技術を大学時代に身につけている印象を受けます。

それは立川ハーフや箱根予選会の成績や、学生がサブテンを出している現状を見れば明らかでしょう。

このように、特異性の原理に基づいて、駅伝シーズンにロード練習を重視している日本と、その時期にゆっくり走り込むことから始め、クロカンや室内競技を経て、いわゆる“トラックでのスピード能力”を高めるのではまるで違います。

では、駅伝という避けては通れない競技を目の前にしている私たちができることはなんでしょうか。

それは路面の使い分けです。

最近ではクロカンコースを自前で作っている学校も多いですが、どちらかというと人工的に作られた不整地ではなく、集中しないと足を痛める可能性のあるような凸凹したような不整地で、ある程度の走り込みやファルトレクのような動きを作っていくのが重要だと思っています(ケニアがまさにそんな感じの環境です)。

これは、三村さんがいっていたようにシューズで「鍛えなアカンねん!」という話ですが、それをシューズで調整するのか、路面で調整するのか、そのどちらかで調整するのか、はこの記事を読んでいるあなたが、これから決めることです。

ちなみに私は今、砧公園のクロカンであればペガサスターボを履いたりするでしょうが、野球場の芝生でファルトレクをする時はストリーク6で、凸凹のあるようなやや硬めの不整地であればボメロ14、アスファルトなら速めのジョグ以外はワークマンを履いています。

このように路面に対してもシューズの履きわけは重要ですし、それは強いては故障の予防に繋がります。

また、ネクスト%が普及してから、ランナーの疲労度そのもの減ってきているものの、その選手が弱点としている部分(筋力が低いところなど)には負荷がよりかかっていることが確認されていますので、以前よりもよりフィジカルトレーニングの比重が増しているといえるでしょう。

だから、三村さんの薄いシューズでガンガンに「鍛えなアカンねん!」の話はある意味では合っています。しかし、今はトレーニングのシューズとパフォーマンスを高めるシューズは同じではないということで、この話は長くなるのでまた別の記事でしたいと思います。

今回の記事のテーマはあくまで、

「アスリート達は本当に速く、強くなっているのだろうか?」

です。

6年間もマラソンサブスリーを達成していない、なんの説得力もない私の戯事を長々とお読みいただきありがとうございました。

(来年にはマラソンを2:30-2:35ぐらいで走って、カムバックしたいと思います)


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