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リディアードシステムとメルボルントラッククラブのニック・ビドゥのトレーニングシステム

(トップ写真:2020年ゴールドコーストハーフで豪華な日本勢を抑えて優勝するジャック・ライナー)※コーチ:ニック・ビドゥ

昨今の中長距離走の様々なトレーニングシステムの中でも、それらを紐解いていくと、行き着くトレーニングの原理原則とは結局リディアードシステムであったりする。

それは“期分け”という戦略1つとってもそうであるし、基礎構築期にスタミナの養成から始めるのもそう。中村清監督、小出義雄監督、原晋監督のトレーニングシステム、結局行き着く先はリディアードである

とはいえ、日本が比較的コンスタントにサブテン選手を輩出しているマラソンという種目だけではなく、リディアード門下生の中距離選手が五輪の中距離種目で多くのメダルを獲得したことは注目に値する。

そして、コロラド大のマーク・ウェットモアコーチ、メルボルントラッククラブ(MTC)のニック・ビドゥコーチが指導する(した)中距離選手がこれまでに世界大会で優秀な成績を納めていることを考えると、走り込みが強調されることが多いリディアードシステムは中距離選手の育成法としても有効であることがうかがえる

そこで、現在も長く活躍しているMTCのニック・ビドゥコーチを例に取り、彼のトレーニングで重要なポイントについて考察する。

ニック・ビドゥのプロフィール

ビドゥコーチのインスタグラム(MTC)

ニック・ビドゥは1996年にメルボルントラッククラブを、オーストラリアのメルボルンで設立し、10年間陸上競技のジャーナリストとして務めていたヘラルド・サン紙を退社。

その頃ビドゥコーチは1996年アトランタ五輪で銀メダルを獲得した女子400mのキャシー・フリーマンを指導し、彼女と恋愛関係にあったが、その後、2人の間で金銭的トラブルが起こり法廷で争うこととなった。

(彼女はその後コーチを変えて世界選手権連覇、そして地元オーストラリアのシドニー五輪で金メダルを獲得)

ビドゥコーチはその後、アイルランドのスター選手である1995年イエテボリ世界選手権女子5000m金メダリストのソニア・オサリバンと結婚。1999年7月に長女シアラを出産したオサリバンは、翌年の2000年シドニー五輪女子5000mで見事に銀メダルを獲得。

また、ビドゥコーチとオサリバンの間に2001年には次女のソフィーが誕生した(彼女は2018年のU18欧州選手権女子800mで銀メダルを獲得している)。

その後、ビドゥコーチはMTCでの指導で男子のクレイグ・モットラム、女子のベニータ・ジョンソンという現在も残る男女の豪州記録保持者を同時に輩出する。

モットラムは5000m12分台を2回記録しているが、これは非アフリカ勢の選手では彼とクリス・ソリンスキーのみが達成している金字塔である。そして、モットラムは2005年ヘルシンキ世界選手権5000mで前回王者キプチョゲに競り勝ち銅メダルを獲得。これ以来、世界大会の男子5000mで非アフリカ系のメダリストはいないことから、この銅メダルの価値の高さがわかる。

モットラムは1マイル(3:48.98)、2000m(4:50.76)、3000m(7:32.19)、室内3000m(7:34.50)、5000m(12:55)、2マイル、5kmロードの豪州記録を持っている。

※3000mは2020年9月にメルボルントラッククラブのS.マクスウェインが更新した(7:28.02)

一方、ベニータ・ジョンソンは2003年世界ハーフ銅メダル、2004年の世界クロカンロング個人で金メダル獲得。2000m、3000m(8:38.06)、5000m(14:47.60)、10000m(30:37.68)、マラソン(2:22:36)、ロード5、8、10kmの豪州記録を持っている。

※3000/5000mは2020年8月にJ.ハルが更新した(8:36.03 / 14:43.80)

【現役のMTCの男女主要選手一覧】※要拡大 / 2020年8月時点

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現役選手ではMTCの選手は男子が全てオーストラリアの選手、女子は国際色豊かなメンバーが出入りしている(資生堂の岩水コーチは昔MTCに研修に行っていたり、同チームの木村友香が最近メルボルン修行をしたり、メリッサ・ダンカンが資生堂に2019年に加入したり)。

また、男子のスチュワート・マクスウェインがオーストラリアの選手としては初の1500mのサブ3:30、そしてモットラムのみが達成した5000m12分台に手が届きそうな勢いである(彼は10000mの豪州記録 27:23.80を持っているが、タスマニアでの高校時代は5000m14分台後半だった)。

そんな素晴らしい選手たちを、オーストラリアで輩出してきた無双状態のビドゥコーチであるが、実は陸上競技出身の選手ではなく、若い頃はオーストラリアンフットボールのプレーヤーだった。

その後、彼は陸上競技の記者・ジャーナリストとなり、MTCを設立したという流れだ。ちなみに、陸上中長距離の世界大会のメダリストのコーチには陸上未経験者も珍しくない。

最近ではインゲブリクトセン兄弟のコーチ(父親)や、男子800m世界記録保持者のデイビッド・ルディシャのコーチのブラザーコルム(器械体操出身)、ドーハ世界選手権を圧勝した男子1500mの世界チャンピオンのティモシー・チェリヨットのコーチのバーナード・オウマ(柔道出身)などが当てはまる。

ビドゥコーチは現在もMTCの選手を指導する傍ら、自身でAR(世界陸連公認代理人)資格を保有。世界大会やダイヤモンドリーグで活躍する選手を日常的にサポートし、来年には東京五輪での活躍を目指している。


ニック・ビドゥのトレーニングシステムのヒント

MTCの練習内容はあまり公開されていないが、普段はメルボルンを拠点にして豊富なメンバーの間でトレーニングを行っているが、たまにオーストラリアの高地のフォールスクリークで合宿を行う。

練習の写真を見ると、フォールスクリークであっても、メルボルンのコーフィールド競馬場であっても、ワトルパークであっても不整地での練習を重視している。そして、オーストラリアにいないDLのシーズンでもリディアードの原則に従い、週末に不整地でのロングランをコンスタントに行っている。

結局のところ、彼のトレーニングシステムは不整地練習や起伏のあるところでのロングラン、高地合宿を重視しており、トレーニングのエフェクトや期分けをきちんと意識している。

また、コロナ渦でMTCはメルボルンのTan TrackでT.Tを行っている。そして、オーストラリアは現在、冬季であるがコロナ渦でロードレースが小規模の大会しか開催されておらず、MTCの選手たちは出る大会が無いようなので、7月下旬に各選手が3000mTTを行っている。

以下からは、ニック・ビドゥのトレーニングシステムで重要となるポイントを考察していく。

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